4話 ハティ、早速火花を散らす
夜、久々にアズの夢を見た。
夢の内容こそ覚えてはいなかったが、夢の中で微笑んでくれていたアズの顔に、俺はあらためて試練へと向かう勇気と活力を貰えた。
「……よし、それじゃ行ってくるよ。アズ」
昨晩のうちに整えておいた装備と荷物を持って家を出ると、そこには既に支度を整えていた妹のユメリアが立っていた。
「どうした、これでも顔は洗ってきたんだが……何か変か?」
「いえお兄様、朝からとてもいい顔をしていると思いまして、何か良い夢でも見られたのではないかと」
ユメリアの表情から、俺が一体どんな夢を見たのかを見透かされている気がして、プイと顔を逸らして笑顔を浮かべるユメリアとすれ違い、先を歩いていく。
「……あ、兄を揶揄うんじゃない。それよりも先を急ぐぞ」
「ああ、もう……冗談ですよお兄様」
そんなやり取りをしながら柵で囲ってある集落の出入り口へと向かうと。
あちらもちょうど出立するつもりだったのだろう、リュードラとその護衛とバッタリと遭遇してしまったのだ。
「リュードラ、お前……こんなに朝早くに起きてこれたんだな、いや驚いたぞ」
「はあ?……お、オレを馬鹿にしてるのか、それともその台詞は挑発か?ハティ……」
「馬鹿にする、とは心外だな。俺は正直な感想を言ってのけただけだが?……それを悪口に捉えるのだとしたら、日頃のお前がどれだけ怠惰なのかという話なんだが」
集落の朝は早い。
アズ湖に漁に向かう男たちや、砂漠でも育つ農作物を育てる男や老人ら、そして女性たちが朝食の準備を始めることで建物からは窯からの白煙が昇る。
だが、その誰もが朝からリュードラが漁に参加した姿も、砂畑で農作業をする姿も見たことがなかった。
「何だと貴様あっ!こ、このオレは族長アストスの跡取りリュードラだぞっっ!」
この通り、元々族長が世襲制だということもあり部族の生活維持に必要な労働の一切を拒否してきたのだ。
そりゃ、皆んなから嫌われるのは当然だろう。
「それを少し若い連中に祭り上げられてるくらいで調子に乗りやがって、この……親無しがっっ!」
「…………おいリュードラ。今、何て言った?」
「聞こえなかったのか?ああ?……父親も母親も死んだ親無しだ、って言ったんだが」
リュードラの挑発に乗せられてしまった俺は声を荒らげて、今にもリュードラの胸倉を掴んでしまいそうになる。
「おやめ下さい、お兄様」
それを制止してくれたのは、隣に控えていてくれた妹ユメリアだった。
そして向こう側の護衛らしき大男もリュードラをこちらから引き離してくれていた。
リュードラは漁にも農作業にも参加していないので、身体つきは部族の男たちに比べると相当貧弱で滅多に日の下に出ないためか白っぽい肌をしている。
当然ながら剣や弓矢の鍛錬などもしている筈もないので、危険な砂漠竜に遭遇する今回の試練では誰を同行させるかが気になっていたのだが。
……あれはどう見ても、部族の人間じゃない。
「危ねえ危ねえ、大切な試練の前に攻撃を仕掛けてきやがるとは……やっぱり族長に相応しくねぇ人間は乱暴でいけねえなあリュードラ様あ?」
その大男が、先にリュードラが俺の両親を侮辱した発言を棚に置いて、下卑た笑いを浮かべながら俺への挑発を続けていた。
だが、俺の両親への侮辱とは即ち。
妹であるユメリアへの侮辱でもある。
「……ふふふ、そうですわねリュードラ様」
そして。
ユメリアは俺などよりも遥かに意地が悪く、知恵も働く……有り体に言えば、一番敵に回したくない種類の人間だったりする。
案の定、ユメリアは懐から何か一枚の羊皮紙と何かが詰まった皮袋を取り出して、リュードラにこれ見よがしに突き付けると。
「つい先日ですが、私宛てに届いた手紙とそれに付随していた贈り物です。届けた人間にお聞きしたところ、快く答えてくれましたわ……リュードラ様、私、これで八度目です……あなたの求愛をお断りしたのは」
そう言って封がされた羊皮紙と皮袋をリュードラの足元へと投げつけていく。すると皮袋の口が解けて中身であった太陽貨が地面に散らばっていく。
その太陽貨を慌てて拾い上げていくリュードラ。
「あらあら……女を金で買うつもりでしたか?それでこそ、皆から世襲を否とされた族長アストスの一人息子ですねえ……ふふふ」
金貨を拾うために地面にしゃがみ込むリュードラを、まるで汚物を見るような視線で見下していくユメリア。
「……て、テメェ……お、女の癖にっ!」
「きゃあああっ?」
一連の様子を呆気に取られ黙って見ているしかなかった護衛の大男だったが。どうやら我に返ったらしく、その片腕を乱暴に伸ばしてユメリアに掴みかかろうとする。
大男の行動に、わざとらしく悲鳴を上げてみせながら俺に片目を閉じてその意図を送ってくるユメリア。
俺はあまりによく出来た妹の悪知恵に、一つ溜め息を吐きながら、その様子を見守っていく。
自分の身体に掴み掛かろうとする不届きな腕、その開いた手のひらを握り返していくのはユメリアの細腕だった。
大男の片腕とがっちりと組み合う力比べの体勢となるユメリアだったが。
「オレ様と力比べしようってのかよお嬢さん……はっ、面白え!何を隠そうこのバルガス様はなぁ、シルバニア武闘祭で決勝に残る腕前なんだぜ!力じゃ誰にも負けやしねえんだ────よおっ?」
勝負は一瞬で決着した。
ユメリアの細い腕に完全に力負けした護衛の大男の身体は、そのまま地面に引き倒されてしまう。
何が起きたのか分からず、地面に倒れたまま呆けている大男の頭を踏み抜く勢いで、ユメリアが持ち上げた脚を下ろしていく。
「……ひ、ひいいいいいいいいっ⁉︎」
「随分と頼りない護衛ですねリュードラ様?……それとも、もしかしてご親切にも族長の座をお兄様へと譲って下さる決心がついた、とかですか?」
ユメリアが下ろした脚は、大男の耳元ギリギリを掠めるように踏み抜いていた。
顔面を踏まれると覚悟していた大男は、無事であったにもかかわらず身体を震わせ、すぐに起き上がってはこなかった。
大男との立ち回りを見ていた部族の人間たちは全員がユメリアの勇姿に拍手を送っていた。
そんな拍手に片手を上げて応えていたユメリアは再び、護衛の大男をあしらわれて言葉の出ないリュードラへと向けてあの冷たい視線を送りながら、挑発を込めた辛辣な言葉を吐き捨てていく。
「さあ、行きましょうかお兄様っ」
「まったく……俺の妹ながら、将来が恐ろしくなってくるな」
こうして集落を出発し、砂漠竜を見つけだす試練へと向かう俺とユメリアだったが。
その背後から恨みがましい声で「覚えていろ」だの「族長はオレだ」などと聞こえてくるたびに、こんな相手と族長候補を争っている事実に憂鬱とした気分にさせられるのであった。
バルガスとは誰?
はい、多分ここまで読み進めてくれている読者さんは忘れていると思いますので説明をば。
一章でシェーラにちょっかいをかけアズリアに二度ボコボコにされたランベルン伯子飼いの大男です。




