閑話① 魔族ら、初めて都市を建造する
これは、アズリアがコーデリア島を立ち去ってからしばらく経過した後の話となります。
「都市を建てるっスよ、魔王様」
事の始まりは、帝都で人間たちと交渉しているレオニールがバルムートの結婚式以来、久しぶりに魔王領に帰還してきた際の一言だった。
「……ど、どうしたレオニール、顔を見せるなり、街を作ろうとか提案してきやがって」
「『街』じゃないっス、『都市』っス!……私、人間たちと交渉していて、我々魔族が今まで見落としてきていた重大な事に気が付いてしまったんスよ……」
「な、何だよそりゃあ……?」
突然、深刻な表情て語り始めたレオニールに困惑しながらも。
彼女が見つけた「重大な事実」とやらへの興味が湧いてしまい、生唾を飲み込んでその答えを今か今かと待ち侘びる魔王リュカオーン。
「それは────人間たちのほうが立派な建物に住んでいるってだけで、魔族って実は人間より下等な生き物なんじゃないか?と思われてたんスよ!ずっと!」
太古の昔に魔族らが神々と人間によってこのコーデリア島に放逐された際には、魔族らも人間と同様に城や都市を建築し、生活していたのだ。
今は唯一この魔王城を残すのみだが、島の各地を探せば、崩れ落ちた都市の廃墟や跡地が見つかることだろう。
何故それが今のような、まるで妖精族を思わせるように自然に溶け込んだような生活様式になったのには理由があった。
それが新しくこの島の住人となった獣人族の存在である。
頑丈な居住区にしなくても外敵はおらず、また身体能力の高さから野生動物への注意も然程必要としなかったためか。
石に囲まれた都市部を好まなかった獣人族らが、島の各地に木を切り倒して簡易的な住居を作り住む生活様式を好むようになり、先代魔王が獣人族と魔族の半血種から選ばれたことでその勢いは加速していったのである。
だが、レオニールの言葉には一抹の真実が含まれていたのは確かだった。
帝国の連中は当時、10年の歳月をかけて建造した帝都ネビュラスを見て思ったのだ。
魔族が獣人族と同じ原始的な生活様式ならば。
たとえ能力は優れていても下等な生物に違いないのだ、と。
「……そこでもう一度言うっスが、人間に負けない都市を建造して見せれば、帝国領の人間が我々を見る目も変わってくるんじゃないかと思ったんスよ!」
「なるほどな……まあ事情は俺様にも大体理解出来た。が、レオニールよ……唐突に都市を建てたい、なんて思いつきで言ってみても、俺らで都市なんて本当に建てられるのか?」
人間への魔族という種の認識を改めさせる意味でも都市の建設は必要なのだと、リュカオーンはレオニールの提案自体には理解を示したが。
一方で、今まで一度も都市の建設など行わず、城の損壊も修繕せず放置していた自分らに、果たしてそのような大きな計画が実行出来るのか、その疑問をレオニールへとぶつけてみると。
「ふっふっふ……その点、抜かりはないっスよ。入って下さい、二人ともっ!」
何故か自慢げな必要で腕を組んでみせるレオニールが、二人だけしかいない討議の間に二人の人物を呼び寄せたのだ。
そして、部屋へと入ってきたのは。
何故かいつも以上にしっかりとした雰囲気を纏わせていたアステロペと。
初めて見る、褐色の肌に波打つ麗しい金髪の女性であった。
「さて。まずはどんな都市を建築するか、っスが。やっぱりこういう時に頼りになるのは、魔王陣営の知恵袋アステロペ様しかいないな、と思ったんス」
「レオニールが何度も頭を下げてきたので、どこまでリュカオーン様のお力添えになれるかは分かりませんが……まずは、コレを御覧下さい」
と言いながら、十数枚の束ねた草紙を討議の間に置かれた黒曜石の卓に広げていくアステロペ。
「お、おい……アステロペ、これはっ────」
その草紙には、今まで魔族らが生活していた集落とは全く別物の。
まるで帝都の……いや、帝都の規模を超えた都市の設計図がそこには詳細に記されていたのだ。
規模を超えている、というのは都市の範囲という意味ではなく、整然と並ぶ建物の配置や、何より特徴的だったのは都市を取り囲む壁の存在であった。
「さすがはアステロペ様っ、ここまで事細かに設計図を作って下さって……本当に感謝っスよ!」
「……こ、こんなモノは別に、私にとって大した仕事ではない……だから、あまり大袈裟に言われても、その……困る」
レオニールが手放しで設計図の出来を褒め称えるのに、アステロペは少しばかり困惑し彼女から目線を逸らしながらも。
その頬は少し赤らみ、あながち褒められるのを嫌っている様には見えなかった。
だが、そのアステロペがチラッと視線を送る、本来ならば彼女が一番称賛の声を聞きたかった魔王は、設計図を前に難しい顔を浮かべたままであった。
「……確かにこの設計図は良く出来ていると、俺様も思う」
「でスよねっ?……それなら────」
「問題はこの規模だ。こんな大規模な建築を実行するにゃ一年や二年じゃ足りないなんてのは……俺様だって分かるぞ、レオニール?」
設計図を見た印象だけだが。
まずこんな大規模な都市作りに使う石を何処から調達してくるか……それだけでも、石を建材として利用していない魔族にとっては、建築に耐え得る強度の石を見つけるという一からの作業となる。
「ふっふっふ……もちろんその疑問にお答え出来る準備は出来ているっスよ!……ノウム様っ、お願いするっス!」
だが、レオニールは不敵な笑顔を浮かべながら、今度はアステロペの横に並んで部屋へと入ってきたもう一人の女性を紹介してきたのであった。
「はーいっ、お久しぶりね魔王さまっ……んー、この姿でお目に掛かるのは初めてになるのかしらぁ?」
「いや、俺様はお前を知らないのだが……な」
魔王リュカオーンは思わず緊張を高め、身構えてしまう。それは、レオニールが紹介してきた金髪褐色の女性からは魔族でもあり得ない濃密な魔力をその身体に纏っていたからだ。
「いやん、ノウムよノウム……私、鍛治師ノウムよー?……あれ、以前お婆ちゃんの姿で会ったことがあるじゃない魔王さま?」
「…………は?……って、ノウムって……あの婆さんだろ?それが……どうして?」
結局アズリアと帝都から転移魔法で工房へと帰還してきたノウムは、アズリアには同行せずに鍛治場へと残ったのだった。
帝国との終戦処理の混乱と、バルムートらの結婚の準備に伴う仮集落の建造で、ノウムが魔族らと顔を合わせる機会が全くなかったのだ。
レオニールとアステロペの二名を除いて。
「原因はアレよぅ、アレ。お城の地下にあった大地の宝珠のお陰なのよぅ」
「……いや、全く話が読めないんだが。それが婆さんだった姿だってのと何の関係が……」
そもそももし彼女の発言が本当で、目の前の女性が鍛治師の婆さんだったとして。
何故、婆さんの姿から金髪褐色の美女へ変貌したのか……そして何より、何故ノウムがこの城の地下にある「大地の宝珠」の存在を知っているのか。
魔王には気掛かりな点が多数あったのだが。
「大アリよぅ、お婆ちゃんだった時には黙ってたけど……私、大地の精霊なんだからぁ」
ノウムの衝撃の告白に。
魔王の頭の中の、疑問の全てが吹き飛んだ。
口を開けたまま放心状態の魔王を畳み掛けるように、レオニールが会話へと割り込んでいき。
「そうなんでス、魔王様っ!だから大地の精霊であるノウム様の力を借りれば、石材を用意して貰えるくらいの事はっ……」
「そんな小さな話をしないで頂戴?……んー、このくらいの石壁なら、わざわざ魔王さまたちが石を積み上げるまでもないわね?」
「おお!本当でスか?……さすがはノウム様っス!」
「……ふむ、ならば建築に取り掛かるのは早いほうがよいな。都市がないというだけで、人間どもに下に見られていたなどとは、気分の良い話ではないからな」
さらにはアステロペまで加わり、女性三人で都市の建設についての詳細を詰める、という名目でわいのわいの盛り上がっていく。
放心状態の魔王を置いてきぼりにしながら。
何故、大地の精霊が魔王陣営に色々と尽力するようになったのか。
それはアズリアが魔王領を船で出て行く前日に、ノウムの鍛冶場を訪れて一つお願いを残していっていたのだ。
「──なあノウム。もし、アタシに恩義を感じてくれてるならさ……魔王サマたちがアンタを頼りにしてきた時に、三回だけ。三回だけ、頼み事を聞いてやってはくれないかねぇ?」
恩義、というのは。
アズリアが魔王城の地下で、大地の宝珠の魔力を封じ込めていた魔術文字を解放した事である。
魔力が解放され、このコーデリア島には濃い大地の魔力が浸透していき、魔力の供給が絶たれ老婆の姿になっていたノウムも本来の姿を取り戻すことが出来たからだ。
────だから、これは。
精霊の恩人との、大事な大事な約束なのだ。




