44話 アズリア、一連の誘拐騒ぎの結末は
救出したシェーラを連れて、最早こちらに手を出す人間がいなくなったランベルン伯爵邸を後にしようとするアズリアと大樹の精霊。
一階の玄関から屋敷の外へと出ると、そこには数名の王国騎士に護衛された二人の高貴そうな服装に身を包んだ男が待っていたのだ。
「き、貴様っ!……息子を、ルドガーをどうした?無事なのか!それとも──」
その内の一人──年齢は四十代ほどの神経質そうな男性は血相を変え、明らかに冷静さを欠いた様子で出会ったばかりのアタシに向かって、乱暴な口調でこちらを非難してきた。
言葉の内容からおそらくは、その男がランベルン伯爵当人なのだろう。
あの馬鹿息子にここまで大掛かりな計画が実行出来るわけがない。
どうせシェーラの誘拐やエボンやベルトフリッツといった護衛を動かし、裏で糸を引いていたのはこの父親なのだろう。
「と、とにかくだっ!……我が王都の別邸を荒らす不逞の輩め!……貴様にまだ王国貴族に逆らうことへの罪の意識があるならば……大人しく騎士らに捕まるがいい!」
その癖、さも被害者であるかのように振る舞う態度に、アタシは苛立ちを覚えずにはいられなかった。
一度深く息を吐くと、背負っていたシェーラを一度下ろして大樹の精霊へと受け止めてもらう。
「なぁ、師匠……さっきは止めてくれて礼を言うけど、さすがにアタシも我慢の限界ってヤツだよ……ッ」
アタシらの位置と伯爵の立つ位置、その距離を見極め、護衛の騎士らに邪魔されないようにそっと飛び掛かる体勢を整えていく。
先程、シェーラに乱暴を働いた馬鹿息子へと振り下ろそうとした剣を制止してくれた大樹の精霊も、今回は腕を腰に当てて傍観する気満々の様子だ。
「ええ、私もさすがに腹が立ったわ。アズリア、後始末はやってあげるから、好きに暴れちゃいなさい」
「……へへ、ありがとな。師匠」
だが、アタシが意を決して騎士らに喚き散らすランベルン伯爵へと突進しようとした矢先。
「──しばし待て、ランベルン伯よ」
もう一人の、高齢の白髪の老人が伯爵と騎士を制して、一歩前に歩み出してきたのだ。
まさか、自分の屋敷で狼藉を働いたアタシを捕らえるのを止められると思っていなかった伯爵は驚いてはいたが。
それでも伯爵は渋々ながら騎士らを引かせる。
二人のやり取りを見ていたアタシは、きっとこの白髪の老人はランベルン伯よりも爵位が上なのだろうと理解する。
「女戦士よ……その装備に使われている金属は鉄ではないな。おそらくその素材、北の軍事大国で最近開発されたと言われているクロイツ鋼、だとすれば──」
「……おっと、見る人間が見りゃ意外とわかるモンなんかね」
そう。
アタシの大剣だけでなく、身体の左半身に装備している部分鎧の素材も、生まれ故郷であるドライゼル帝国で開発された強靭な金属・クロイツ鋼で出来ている。
このクロイツ鋼、どういう理屈なのかはアタシは知らないが、実は金属の表面には木を両断した断面のような特徴的な紋様が浮かんでいるのだ。
決して、鉄製の武具では見ることのない特徴に目の前に立つ老齢の王国貴族は目敏く気付いたのかもしれない。
だがアタシは、これだけは言っておかなければという主張を口にする。
「けど……勘違いするなよ、アタシゃ別に帝国から派遣されてきた刺客でもなきゃ、帝国にゃ何の縁もないただの傭兵なんでねぇ」
「ならば、何故ランベルン伯爵の別邸を襲撃するような真似をした?」
「は、それは……楽しい楽しい夜会の場からシェーラを無理やり屋敷へ連れ去った、隣の伯爵サマに聞いてみたほうがイイんじゃないかい?」
この時点ではてっきりアタシは、伯爵とこの老貴族は裏で繋がっており。当然ながらシェーラを拉致して馬鹿息子に与える企みを知っているモノだと思っていた。
だが意外にも、アタシの口から「シェーラを無理やり拉致した」と聞かされた老貴族は驚きの表情を浮かべ。
続いて隣のランベルン伯爵を睨みつけ、叱責を始める始末であった。
「やれやれ……それじゃアタシらは帰らせてもらうよ」
貴族同士の醜い茶番にこれ以上は付き合っていられない。
シェーラの帰りを今か今かと待ち焦がれているであろう、ランドルやマリアンヌ夫人の事が気にかかる。
再び師匠からシェーラを受け取り、今度は正面で抱きかかえると。敢えて貴族らが立つ正面からではなく、アタシが屋敷の敷地内に侵入した際に無理やりこじ開けた場所へと移動する。
「ま、待てっ!そ、それでも王国内でこのような暴挙をしてのけたのだ、無罪放免というわけには──」
そんなアタシらを呼び止める老貴族の声。
だが、それを煩わしく感じたアタシは顔だけを背後の貴族二人と騎士らへと向けると、眼光鋭く睨みつけていき。
「なら────力ずくで止めてみな」
と吐き捨てるような言葉と一緒に、殺意を放つ。
同じく、隣にいた師匠も貴族や騎士らに向かって厳しい視線を向けていく。
『ひ……ひぃっ?』
腰の剣に手を伸ばしてはいた騎士らだったが、アタシらの殺意に気圧され、その場から一歩も足を前に踏み出すことが出来ずにいた。
当のランベルン伯爵は軽く悲鳴を上げたかと思うと、背後に倒れてしまいその場に尻を突いてしまっていた。
追撃が来ないことを確認すると、アタシも師匠も二度と貴族らとランベルン邸を振り返ることはしなかった。
────後日談となるが。
ランベルン伯爵邸が何者かに襲われ屋敷は半壊、護衛連中の被害は多数。執事長のエボンと1等冒険者のベルドフリッツが殺害されたという情報は、王国の諜報部によって隠蔽された。
というのも、屋敷の地下から見つかった遺体や書類などからランベルン伯爵が犯罪行為に関与した疑惑が出てきたからだった。
伯爵は「全部息子のルドガーが勝手にやったこと」早々に責任を息子と死人に押し付け尻尾切りし、爵位の剥奪までは免れたが、王都を追放されることとなってしまった。
ルドガーの罪状は表沙汰には出来なかったので法で裁かれることはなかったものの、この日よりルドガーの姿を見たものは誰もいなかったという。
ランベルン伯爵エドワードは領地の没収は免れたが、今では王都の屋敷跡を売り払い自領内に引きこもってしまったようだ。
だが、隠蔽されていた犯罪を白日の元に晒した功績を差し引いても。
さすがに貴族の屋敷を強襲し壊滅状態に追い込んだ能力を王国議会と諜報部は問題視した。
昼間の乱闘騒ぎやアードグレイ男爵家所有の鉱山から黄金蜥蜴を討伐した話、そして数々の目撃情報からアズリアの身元はすぐに判明し。
────アズリアは王国から指名手配を受けた。




