159話 アズリア、変わりゆく帝国を眺める
今回は、多分に説明的でございます。
さて。
巫女やら皇帝に円卓の老人など、重要人物が軒並み消えてしまった神聖帝国の現状は、というと。
唯一生き残っていた円卓の一員……そう、アタシに殴り飛ばされ気を失っていたために、アディーナに殺害されずに済んだバウエスという名の老人が、セドリック教の大司教の座に着き。
円卓、という多人数の合議制は残すこととなった。
神聖帝国という国の構造を一旦廃し、あくまで魔王領の中で人間による自治が認められた一都市、という扱いに落ち着いた。
その辺は、魔王様から帝国領の管理や交渉を任されたレオニールと、バウエス大司教が存外上手くやっているようだ。
「いや……それにしても、都市の落ち着きようが信じられないねぇ……以前来た時にゃ、住人らが集まって魔王領側まで攻め込んできそうな雰囲気だったのにさ」
一方で、あれだけ帝国の住民らが熱狂的に信奉していたセドリック信仰だったが。
再びアタシが帝都へと足を運ぶと、巫女の死に興奮収まる様子のなかった住人らが嘘のように大人しく鎮静化していた。
もちろん、国の重鎮であった巫女が死んだのだ。
その事自体を忘れていたわけではなかったが。
円卓の老人バウエスが皇帝の死を公表したのと同時に、巫女の死因をセドリック神の声を過剰に聞き過ぎた事による、と住人らに説明したからだが。
……どうもそれだけが原因ではないようだ。
これは、アタシの推測だが。
人の感情を高揚させ、信仰を熱狂的にする何らかの手段が使われていたのではないか、と考えたのだ。
それが巫女によるものなのか。
それとも、セドリックを名乗った黒いバケモノの仕業なのかは、もはや知る術はないが。
帝都ネビュラスの街並みを一通り歩き、住人らの様子を見て回っていると。
まだ数は少ないが、物々交換に訪れていた比較的人間の姿に近しい魔族を見かける。どうやらレオニールは頑張っているみたいだ。
「これで、帝都も見納めだねぇ……それじゃ散歩はこのくらいにしておいて早速港に行くとしますかね。アタシを、船が、待っているッ!」
かくいうアタシはこの数日の間に、帝都で海を渡るに足りる構造の船を探して回っていた。
魔王領にある船、いや舟というのは切り倒した木をくり抜き何とか一人か二人が乗れる程度のモノを指す。
海に漕ぎ出し、浅瀬で釣りや海中の獲物を探すには充分かもしれないが、さすがにその構造では大陸まで帰り着く前に、波に飲まれるか、もしくは海流に流され海の藻屑になるのが目に見えていた。
神聖帝国の住人らがこの島に流れ着いたのは、それなりの規模の木製の船を有していたからと探し回り、ようやく見つけたのだ。
とはいえ、帝国としても大陸とは交流を持っていなかったので定期船が出ているわけではなく、あくまで数人で操船する小型の帆船を用意して貰えたわけだが。
ちなみに、船を購入するための代金はバウエス大司教が快く出費してくれた。
出会い頭に殴り飛ばしたとはいえ、そのお陰でアディーナに殺されずに済んだのだから、アタシの顔を見て机の下へ隠れる程に怯えなくてもよいとは思うのだが。
神聖帝国で出回っている通貨などアタシは持ち合わせていなかったので、そこで断られでもしたらまた殴ってやろう……と思っていたのは内緒である。
何にせよ、この島から出る手配は出来る限りレオニールに気取られず、アタシが独自で行う必要があったが。
何とか無事に、船を確保することが出来た。
帝都の街並みを離れ、アタシは海岸に設置されてある石を積み上げて作られた港へと到着する。
「へえ……コレがアタシが購入した船なんだねぇ、いや、さすがは海を渡れる頑丈さを持った船だけあって随分と立派なモノじゃないか」
港に浮かんでいたのは、大きな都市には必ずある二階建ての宿屋ほどの全長を誇る、帆柱に大きな帆が一枚張ってある木製の立派な帆船であった。
アタシはてっきり、少し豪華な造りの馬車と馬を繋いだ程度の大きさの手漕ぎ船を想定していたのだが。
「おう、姉ちゃんがこの船を受け渡す相手なんだってな、バウエス大司教様が『最優先で頼む』なんて言ってやがったからどんな怖い魔族かと思ったけど、俺らとさして変わらねぇなあ?」
「あっはは、確かにアタシは帝国の人間じゃないけど、れっきとした人間だよ……ほれッ?」
いくら何でも、数日でこの規模の船を建造するのは無理がある。使われる機会がなく放置されていた船を、帝都にいた船大工が整備し直してくれたのだ。
そんな船大工の男に魔族かと疑われたアタシは、腰に巻いた布や大きな胸を隠す布地を少し指で除けて見せていく。
「……おおっ……おおおおっ……おおおおお!」
両乳房の谷間を見せると、興奮した声をあげる船大工らだった。
まあ……魔族も人間もさして身体の構造は変わらないので、アタシの行為は何の証明にもならないのだが。
だが船大工らは我に返ると、周囲の目を気になり出したのか一つ咳払いをして。
「……こほん……にしてもだ。姉ちゃん、さすがにこの船が小型だからって、一人で動かすには限度があるぞ?何なら……船乗りを何人か手配してやってもいいんだが」
「いや……あはは、この船購入するだけで精一杯で、船乗りを雇えるだけの手持ちなんてアタシは持っちゃいないさ、悪いねぇ」
確かに小型ではあるが帆を持つ船だ、一人で海原へと漕ぎ出すのは至難の業なのだが。
アタシは島を去る人間だ。
この島に住まう人間も魔族も獣人族も、これから交流して島を発展させるために一人でも無駄には出来ない。
そんな旅に下手に付き合わせるわけにもいかないし、大陸までの航路上で何か遭ったとしてもアタシが面倒を見れるわけじゃない。
船大工からの提案を丁重にお断りして、アタシは海に浮かぶ船に乗り込んでいく。
櫂を漕いで先へと進む小さな舟とは、全然違う帆を持つ大きな船の操縦方法を、船大工の男から簡単に説明され、手解きを受けていく。
「そりゃまあ……不安じゃないか、って言われりゃ不安だけどね、船を操縦するなんて生まれて初めてのコトなんだし」
7年もの間、大陸を一人で旅して回っていたアタシは川や湖を渡るための櫂で漕ぐ舟は何度か乗ったことがあるが、海を越える船に乗るのも操船も、実はこれが初めての経験だったりする。
経験もなければ、大陸のあるおおよその方角しか知る由もない。
だが、アタシが大陸に帰り着くにはこの船を操縦して、何処かへと辿り着くしかないのだ。
「さあ────出航だよッ!……って、この船に乗ってるのはアタシ一人なんだけどねぇ」
アタシは、船を港へと固定するための麻縄を解いていくと、張った帆が海風を受けて船が海へと進んでいく。
次回、五章最終話となります。




