150話 アズリア、魔力が枯渇する
アタシはふと、背後を振り向く。
その視線の先には、血塗れになって倒れている女性、あれがレオニールなのだろう……へと必死で治癒魔法を掛け続けているアステロペら。
だが、彼女の厳しい表情を見るに治療が上手く進んでいないのが伝わってくる。
「お姉ちゃあああああんっ!」
こちらの戦闘に決着がついたことで、ユーノが両手を広げてアタシへと凄い勢いで駆け寄ってくる。
また抱きついてくるのか、と思っていたが。
アタシの近くにまで接近してきても、ユーノが迫る速度は減退するどころか、逆に加速しているように見え。
次の瞬間、突進してユーノの頭がアタシの腹へと突き刺さり、その勢いでアタシはユーノを懐に抱えた体勢のまま後ろへといとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
脚に力を込めて踏ん張った、にもかかわらず。
「……ぐはあああっ?」
「お姉ちゃんっ……ボクを置いてどこ行ってたのさっ!ボク……心配したんだからねっ!」
ユーノに押し倒されるカタチで仰向けに倒れていたアタシの胸をポカポカと叩きながら、目に涙を浮かべて置いてきぼりにされた不満を溢すユーノ。
「そっか……いや、心配かけちまって悪いねぇユーノ」
まあ、確かに……抜け出したきっかけは鍛治師に大剣の修繕を依頼する目的だっただけに、ユーノを一度置き去りにしたのは事実なので。
責められても仕方がないと、ユーノの頭を撫でてやりながら、気が済むまでアタシの胸を叩かせてやるつもりだったが。
その背後から遅れて駆けつけてきたバルムートに襟を掴まれたユーノが、アタシの身体の上から軽々と持ち上げられていく。
「ちょ、ちょっとバルちゃん離してよぉぉぉっ?」
「ユーノよ、言いたいことはあるだろうが今はレオニールの治療が最優先だ」
頬を膨らませて不満を口にするユーノを一旦地面へと下ろした後、バルムートはあらたまってアタシへと膝を突き頭を下げてくる。
「アズリア殿、レオニールが俺らを裏切ったのは承知の上で頼む。あ奴を……レオニールを貴殿の治癒魔法で治療してやって欲しい……」
彼が律儀な性格なのは、少しばかりではあるが行動を共にした事で理解はしているのだが。
何もこんな非常事態にまで他人行儀にされてしまうと、何とも悲しくなるではないか。
アタシは地べたに尻を突いている体勢で、目の前で頭を下げているバルムートの鼻先を指で弾いてみせると。
驚いたように頭を上げた彼は、鼻を押さえて突然何をするのか、と言いた気な表情をしていたが。
アタシは構わず。
「今さら何言ってんだい、アタシは魔王サマ配下の四天将でアンタらの仲間なんだろ?……それともアンタは仲間の生命を助けるのに、一々頭を下げるのかい?」
そう言葉を掛けると、バルムートは後頭部を棍棒で殴られたような顔をした後に、目を閉じて首を横に振ると。
「ああ……確かにそうだな。それではアズリア殿、レオニールを頼む」
「それじゃ早速…………あ、あれ?脚に、力が……」
ユーノに押し倒された身体を起き上がらせるため、脚や腕に力を込めて立ち上がろうとする。
そこでようやくアタシは自分の身体の異変に気がつく……身体に力が入らないのだ。
それでも何度となく歯を食い縛りながら、腕や脚に力を込めて立ち上がろうと試みるが、その度に姿勢を崩して地面に倒れてしまう。
先程、ユーノの突進に踏ん張ったものの簡単に押し倒されたのも、この異変が原因だったのだ。
そして、何故アタシの身体にこのような異変が起きているのか、即座に気付くことが出来た。
「ど、どうしたのお姉ちゃんっ?」
「も、もしくは……先程の戦いでどこか負傷していたとかではないのか?……アズリア殿っ?」
立ち上がろうとした腕や脚が震え、一向に立ち上がってこないアタシを変に思い、ユーノやバルムートが心配そうに声を掛けてくれる。
だが、アタシが抱えていた原因は、戦闘時の負傷よりも余程厄介な状態だったのだ。
「……魔力が。魔力が枯渇しかけてるんだ」
考えてみれば。
大剣の修繕のために大地の精霊の鍛冶場に訪れてから帝都へ向かい。
帝都では「魔眼」バロールや黒いバケモノに憑依されたアディーナとの連戦、そして再び誰か……おそらくはルーという人物に憑依したセドリックとの決戦まで、魔力を回復するための休息を挟まずこの場所にいるのだ。
寧ろ、よく魔力が保ったほうだとアタシは自分自身を褒めてやりたいところだ。
すると、アタシの身体がふわりと宙に浮く感覚。
背中と膝に何者かの腕が差し込まれ、アタシは身体を持ち上げられているのだ、と気付いた時には。
アタシの眼前には、魔王様の顔があった。
「……ったく、俺様を殴ったのが最後の力だったとはなあ、アズリアらしいぜ」
「ちょ、ちょっとお!……は、恥ずかしいだろこんな格好、お、下ろしてくれよッ?せめて肩ッ、肩を支える程度でイイからさッ、な?な?」
肩を貸してくれる、ではなく。
魔王様に身体を抱きかかえられた状態にアタシがいることに気付くと、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら下ろすよう訴えるが。
「その頼み事は却下だ。立ち上がれないくらい消耗してるんだろ、魔力が。だったら……アステロペが何とか出来るかもしれねえ、行くぞっ!」
「な、なな……何でアステロペがッ?」
「思い出してみろよ、俺様と一騎討ちした後にお前が飲んだ霊癒薬の事を」
「────…………ああッ!」
魔王様にそう言われて記憶を遡っていくと。
一騎討ちが終わった後に現れたアステロペが、魔王様へと差し出した霊癒薬を半分飲ませてもらい、負傷だけでなくある程度の魔力も即座に回復した事を。
そして、その霊癒薬が彼女が製作した事を思い出したのだ。
「……アステロペは、あいつは俺様に何かあった時のために必ず一本は霊癒薬を持っていると聞いたことがある」
その話が本当ならば、何とか生命と豊穣の魔術文字を重ね掛け出来るだけの魔力が回復出来る、かもしれない。
「あの薬がレオニールの大怪我の治療には役に立たなかったとしても、お前の魔力を回復することが出来れば……」
「ああ、それでも……アタシの治癒魔法でレオニールが回復出来るか、あまり期待されても困るよ」
アタシは一度、帝都で自分自身に重ね掛けた生命と豊穣の魔術文字を発動してみたが。
確かに、バロールの魔法で貫通された肩と脚の傷が塞がり、魔眼による重圧での体調への悪影響も回復出来たことを考えると、単発で発動した時に比べて回復能力は格段に上昇していた。
それでも、アステロペとアタシの知らない下半身が触手の女性の二人掛かりで回復しているのに、結果が芳しくない以上。
アタシが加わったとしても事態が好転するか、と聞かれれば首を傾げるしかないのが正直な気持ちだ。
何にせよ、今のアタシの身体に残る魔力量では何一つ出来ない以上、今はアステロペが一本以上の霊癒薬を所持していることを願うしかなかった。
「……アタシは信じてるよ。アステロペの事を、ねぇ」
もう少しだけお付き合い下さい。
魔力が回復したら、重ね掛けの魔術文字を使って「ハイ、治った」という結末にはしないので。
どうなるのかは、お楽しみに。




