43話 アズリア、馬鹿息子に罪の数を教える
戦闘時の緊張が解けた途端に、風の刃によって斬り刻まれた脚の傷が痛み出し、地面に足を着いている感覚が徐々に失われていた。
「痛ッ!……って、うわぁ……地下は暗かったからよく見えなかったけど、こりゃ酷い傷だわー……」
傷の具合を確認すると、防具を装着してなかった右脚は数箇所斬られた傷を負っており、中でも傷の一つはかなり深く斬られたようだった。
深傷は幸いにも傷は骨までは到達していなかったが、アタシは慌てて、いまだ血が流れ落ちる傷口に布を巻いていく……が。
傷口からの出血は止まる様子はない。
「ち……仕方ないねぇ、アタシは治癒魔法なんて大層なモノを使えないからね」
教会に属する修道女などの聖職者や、住人らの病気や怪我の治療を生業としている治療院の人間を連れてきていれば、彼らの使う治癒魔法で傷口を塞いで貰えるのだが。
残念ながらアタシの知った顔にそんな便利な魔法を使える人間はいないし。当然ながら、アタシは治癒魔法なんて使えない。
この場で出来るとりあえずの応急処置は終え、まだ痛む右脚を引きずりながら。
アタシは一階のホールにある階段を登り、二階を目に付く場所から片っ端に探索していく。
「この足の怪我じゃ……事が済んでも、衛兵が来たら逃げられないねぇ。はぁ、そこは……なるようにしかならないだろうけどさ」
アタシは今後のことを考えてみることにした。
まかりなりにも貴族の屋敷に殴り込み大暴れし、アタシを確実に殺そうとしたとはいえ、隠密や1等冒険者をこの手で斬り殺したのだ。
当然ながらランベルン伯爵も貴族とはいえ誘拐、地下室への監禁、殺人など余罪はまだあるだろう、無罪では済まされないだろうが。
ただの旅人であり何の後ろ盾も持たないアタシは貴族への反逆行為で拘束、投獄は免れないだろう。
最悪……この国の貴族連中が腐りきっていたとするならば、同じ貴族階級のランベルン伯爵を庇い、伯爵の余罪をこちらやランドルに押し付けてくる可能性だって捨て切れないのだ。
「は……この国のお偉いさんがそこまで馬鹿じゃないと信じたいけどねぇ……あんな馬鹿息子が野放しになってるのを見たら、そこまで楽観的にも思えないんだよねぇ……」
だから、アタシは連中が今回の一件に関してのみは言い逃れが出来ないように大きな傷跡を残しておかなきゃいけない。
二度と同じ計画を実行しないように。
「……ん?何だ、今の音?」
すると突然、二階の閉まった扉が立ち並ぶ廊下で、とある扉の向こう側から物音が聞こえた。
屋敷の部屋の配置から誰かの寝室か何かだろう。
とりあえず、警戒しながら扉を開ける。
アタシは地下で1等冒険者の風刃を防御した時のように大剣を盾代わりに前方へ構えていたのだが、その刀身に何か鋭いモノが当たる金属音が響いた。
足元には十字弩に使う短矢が転がっていた。
「う……嘘だろ?この距離で十字弩撃って……何で、何で死なないんだよ!お、お前は一体何なんだよっ!」
薄灯りで照らされた部屋の奥には、十字弩を発射した構えのままアタシを見て怯える馬鹿息子と。
部屋の端にあるベットに寝かされているシェーラの姿を見つける。後ろ手で縛られているようだが、外傷もなく襲われた形跡もない。
どうやら女性としての最悪の事態だけは避けられたことに、アタシはホッと胸を撫で下ろした。
「おいっ、バルガスはどうした!……え、エボン!侵入者だ急いで排除しろっ!……それにベルドフリッツ!別途に報酬を出すからこの女を斬れ!」
事情を飲み込めていない馬鹿息子はアタシに憎しみの視線を放ちながら、撃ち終わったクロスボウを投げ捨て腹心の護衛の名前を呼び続けていた。
滑稽だね、そいつらはもう二度とアンタの呼び掛けには応じないってのに。
「ど……どうした?……な、何故誰も返事をしない?早くこの無礼な侵入者をこ、ここ、殺せっ!」
いい加減黙ってもらいたいので、シェーラに何か悪さをしないように馬鹿息子と彼女の間に右脚を引きずりながら移動し。
馬鹿息子の顔面に一発拳を叩き込む。
「────ぶべえええええええええええっ?」
身体を浮かせて盛大に吹き飛んでいく馬鹿息子。
殴られた頬が大きく腫れ上がり、何本か歯が折れたようで床には口から血と一緒に吐き出された歯の残骸が転がっていた。
「残念だけど、エボンも神速サマもその他護衛は全員まとめて……下で永遠にぐっすり眠ってもらってるよ。もうアンタを守る人間は誰もこの屋敷には残っちゃいないさ」
「ううう、嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だあっ!」
だが、戦利品として拾っていたエボンの短剣やベルトフリッツの持っていた聖銀の長剣、その折れた先端を馬鹿息子の眼前に見せつけてやると。
驚愕した表情のまま、顔色を蒼白に変える。
「しっかし……アンタもイイ趣味してるねぇ。この騒ぎで駆けつけた衛兵があの地下室の惨状を見たらどういった反応するか楽しみだねぇ?」
「し、ししし知らないっ!ち、ちち地下室などボクはっ……」
あくまでまだシラを切る馬鹿息子の目の前で、先程顔面に放った拳をアタシはもう一度握ってみせる。
さて、さっきの一撃はシェーラの分だ。
だから、シラを切り続ける馬鹿息子の脚のつま先に、ベルドフリッツの持ち物だった聖銀剣の折れた切っ先を突き刺してやる。
「ぎゃあぁぁあ!痛い痛い痛いぃぃ!」
「拳が飛んでくると思ったかい?……これはウェスタの分だよ」
「……はぁ?だ、誰だよウェスタなんて名前ボクは知らな──ぎゃあああああ!」
さすがは貴族サマだ。
まさか自分が酷いメに遭わせた人間の名前を憶えていないなんてね。
憤慨したアタシは、つま先に刺した剣の破片を踏み付けて深くねじ込んでいった。
「……自分が殺した相手の名前くらい覚えておけよ……このクソ野郎がッ」
「ややや、やめろおおお!おごおぉぉ死ぬ死んじゃう!パパああ!助けてパパあああっっ?」
絶叫しながらなんとか折れた刃を踏むアタシの脚をどかそうと必死になって抵抗するが、馬鹿息子ごときの筋力でアタシは当然微動だにしない。
「た……たしゅけてぇ……お、おねがいします……な、なんでもしますぅ……お金ならパパに言えば……だ、だから生命だけはぁぁ……生命だけはぁぁぁ……」
「泣いても誰も助けに来ないっていったろ?……それじゃアンタとは永遠にサヨナラだ」
大剣を振り上げたその時。
……その右腕を優しく包む温もりを感じた。
「そこまでよアズリア」
その声の主がこんなところにいる筈がない。
そう思いながら声のするほうを見ると、空を浮きながら右腕に抱きつくその姿は紛れも無くあの精霊樹の主、ドリアードだった。
「……し、師匠⁉︎で、でもどうして……?」
「もう駄目じゃない、こんな無茶な戦い方して……あとあんな手紙一枚で済ませようだなんて薄情ねー」
ドリアードが右脚の傷を見かねて魔法を唱えると、緑色の光に包まれた右脚の傷が瞬く間に塞がっていく。
「どうして、じゃないわよ。あの子供達にアズリアからの手紙を貰ってから散々探し回ったんだからね!まったくもうこの娘ったら!」
「い、いや……あの、それは……」
実はアズリア、ドリアードはあの精霊樹の周囲にしか存在出来ないものだと勝手に勘違いしていた、なんて今さら言える状況ではない。
「……後でゆっくり事情は聞くとして、まずはそこにいるシェーラとかいう子供を連れて行きましょう。この貴族とやらには後でキッチリとお仕置きしておくから」
多分、次の話でシルバニア王国編は終了する予定です。
アズリアの次の行き先をどうするか?
ちょっと考える時間が欲しいので、更新ペースが落ちるかもしれません。
ごめんなさい。




