148話 魔王、神を貫く雷爪を放つ
軍神の加護の魔術文字を重ね掛けして作り出した「魔を喰らう鎖」を引き千切ろうと必死に足掻き、もがく黒い勇者。
いや……勇者ルーの身体を侵蝕し、自分の器とした「セドリック」という存在。
「……残念だったねぇ、セドリック。この魔術文字の鎖は宝珠の魔力すら逃さない特別製さ、アンタ程度の力じゃ傷一つ付かないよ」
暴れ悶えるセドリックに、冷酷な現実を突き付けていくアタシ。
そんな鎖を引っ張るアタシの背後では、大見得を切った魔王様が分身体を一度戻して。
アタシとの対決にも見せた、実体を持った三体に分身する「三重閃影」を発動する準備のために魔力を身体の内側へと溜めていた。
「はっ!……惚れた女に背中を叩かれちまったからなあ、出し惜しみは無しでいかせてもらう────ぜえぇぇっっ!」
魔王が、天に向けて咆哮を一声。
そして、身体に溜めていた魔力を一気に解放していき巻き起こる衝撃波に、吠え声による二重の衝撃波が、魔王の立っている場所を中心に辺り一面に広がっていく。
至近距離でその衝撃波がまともに直撃したものの、何とか腰を落として脚を踏ん張ることで身体が吹き飛ばされるのは堪えたが。
鎖で両腕を使えなくなっているアタシの現状では、音による衝撃波の影響を咄嗟に避けることが出来ず。
先程から耳の奥で激しく耳鳴りが続き、しばらくは使い物にならなくなってしまう。
その衝撃波が。
遥か後ろでレオニールの治療をまだ続けていたアステロペらの元へと迫る。
「いけないッッ?────バルムートッッ!アタシは手が離せないッ……皆んなを守ってく……」
アタシがバルムートを名指ししたのは、単純に一番身体が大きく、いざとなればその巨躯を盾にして皆を衝撃波から防いでもらおうと思ったからであったが。
「わかっておるアズリア殿!……こちらは俺に任せて、貴殿は引き続き魔王の援護をお願いするぞ!」
そう返答をしたバルムートは、アタシが声を掛ける前から、全員を衝撃波から防護する位置にあらかじめ土壁を建てていたのだった。
さすがは四天将の名を冠するだけはあった。
その様子を確認したアタシは、後ろはバルムートを信頼し任せておくことにし。
再び視線を、衝撃波を巻き起こしたその主に向けると。
「────ふぅぅぅぅぅぅぅぅ…………っ」
金色に輝く魔王様の姿が三体……ではなく、余計にもう一体。合計四体に分身を果たし。
その四人全員が、身体に纏っているアタシの時以上の凄まじい威力を思わせる雷撃を、両手の爪に集中していくと。
鎖で胴体と片腕を拘束され、身動きが取れずにいる黒いバケモノとうち一体の……おそらくは本体である魔王様の視線が交錯する。
『……何だ、その眼は。まさか魔王よ、貴様……この私よりも「強い」と勘違いしているのか?……今ならば「勝利出来る」などと……』
「……勘違いじゃねえし、手前ェが勇者だろうが神だろうがバケモノだろうが関係ねぇ……手前ェを倒して、神聖帝国との馬鹿げた戦いを終わりにする……それだけだ」
ただ一度ずつの言葉の交わし合いだったが。
そんな僅かな時間でも、今の魔王様には充分過ぎる時間であった。
気が付けば他三体の分身体は、今まで会話をしていた本体である魔王の傍をいつの間にか離れて、黒いバケモノの左右、そして背後へと同じだけの間合いを保った位置に移動していた。
直後、黒いバケモノの前後左右にそれぞれ立つ魔王様の身体を、天からの一閃の落雷が貫いていく。
────いや、逆だ。
魔王様の身体から迸る雷属性の魔力が際限なく膨れ上がっていき、収束した雷が地上から空へ撃ち上げるカタチで放出されたため、そう見えたのだ。
『ま、待て……聡明なる魔王よ。わかった、わ、私の敗北を認める、帝国の人間どもには二度とお前たち魔族に手を出させないと約束しよう。だから……これ以上、神を傷つける真似はよせ、な?』
これから自分に向けられる攻撃の威力を想像して恐れをなしたのか、途端に弱気になりだし、攻撃する体勢を整える魔王様へ降伏の意志を示していくが。
当の魔王様というと、黒いバケモノの降伏に全く耳を傾ける素振りを見せずに、眼前で四人同時に爪に雷撃を纏わせていく。
「……アズリアの手を借りて、少々卑怯だったかもしれねぇが……もし、手前ェが本当に『神』だって言うなら、この戦いが終わった後でいくらでも俺様を神殺しの罪で裁いてくれ」
それは、命乞いを拒否する明確な意志と殺意。
それに、まだアタシは魔王様に話してはいないが。
アタシの懐には、神聖帝国の実質的な政治を司る重鎮連中の指印が押された、停戦を受け入れる旨が記された書状がある。
帝国がまだまともに国家として機能しているなら、巫女が魔王に殺されたと暴発していた住人らも騎士や聖職者どもが必死に制止している頃だろう。
寧ろ、魔王様ら魔族陣営と帝国の人間との関係の改善には、今ここでセドリックという存在に消えてもらうのが必須な条件なのだ。
アタシは、魔王がいつ攻撃を繰り出すのか、その一挙一動を注意深く観察しておく必要があった。
魔王様が、動く。
脚に纏わせた雷撃で立っていた地面を吹き飛ばしながら、凄まじい速度で四方から拘束された黒いバケモノへと両の爪を振り上げ、迫る。
接敵するその踏み込みの速度は、目を凝らして注視し、魔力の流れを視る「魔視」を使っていてようやく動きの軌道を察知するくらいは可能、という程の、速さ。
「────今だッッ!」
それでも何とか、アタシは魔王様の爪が黒いバケモノへと届く前に、重ね掛けの魔術文字で作成した黒い鎖を解除していく。
それは……今まで内側からの黒いバケモノの魔力による外側への干渉を封じていた「魔を喰らう鎖」だったが。
もしこの鎖が、外側から内側への魔力の干渉も防いでしまうとしたら、魔王様の攻撃が鎖によって無効化されてしまう可能性を考え。
黒いバケモノの抵抗を防ぐために、魔王の攻撃ギリギリまで拘束を解かずにおき、魔術文字を解除する瞬間を見極めるため、魔王様の動きを見ていたのだ。
凄まじき雷撃の魔力を一気に開放し。
振り抜いた五本の爪の形に目の前の空間が裂けていき、裂けた空間が黒いバケモノへと襲い掛かる。
それが、それぞれの魔王の目の前に十撃。
合計40もの空間の断裂、そしてその空間に満たされていたのは、最初に魔王がこの攻撃のために開放した膨大な雷撃。
どれ程の量なのかは、この攻撃を放った後の魔王の姿からは金色の輝きが失われている、と言えば理解して貰えるであろう。
身体に纏っていた「荒れ狂え雷神槍・激」の全魔力を注ぎ込んだ、必殺の一撃。
「俺様は……っ、この島の連中のためにも負けられねえんだよおおお────轟雷虎爪撃・八重殺おおお‼︎」




