145話 魔王、金色に輝き放つ
魔王が両腕に溜めていた魔力を、魔法名を叫ぶと同時に一度天へと解放していくと。
自然ではあり得ない程の太い雷霆が、周囲一帯をつんざくような雷鳴が響き、魔王リュカオーンの身体へと、そしてその周囲へと無数の雷撃が槍のように降り注ぐ。
『……わざわざ完成を待つわけがなかろう馬鹿め!これでも喰らえ────堕ちた英雄の槍・五閃!』
切断されなかったもう片方の腕を雷撃を浴びている最中の魔王へと突き出し、瘴気で形成した黒い槍を五本の指からそれぞれ一本ずつ射出していくが。
魔王の周囲に降り注ぐ無数の落雷が、黒い槍が中心部分で大きな雷霆を取り込んでいる最中の彼に到達する前に、まるで落雷の一つ一つが意志を持つかのように迎撃し槍へ直撃すると。
五本の黒い槍は、瘴気となり霧散していく。
『──な、何だと!我が瘴気を纏った槍が、雷ごときを貫けない……だとお?』
「はっ!バルムートの三重の壁を突破出来なかった癖に大層な驚きようだなぁ!……いいか!この雷はただの雷じゃねえ……俺様の持てる限りの魔力を残らず突っ込んだ特別製の雷霆だからなっ!」
黒い槍を阻止されてもなお、苦し紛れに何度も黒い槍を発動させ魔王へと撃ち込み「雷獣戦態」が完成するのを邪魔しようとする勇者だったが。
やはり先程と同じように、周囲に降り注ぐ雷撃によって黒い槍は迎撃、霧散させられていく。
そして魔王に落下した一つの大きな雷霆と周囲に降り注ぐ雷撃が魔王へと集い、もの凄い量と密度の雷属性の魔力がリュカオーンの身体へと吸収され始めていき。
「コレが真のっ────雷獣戦態だあああ‼︎」
魔力を完全に吸収し終えたリュカオーンの全身や、逆立つ髪の毛、そして瞳も全てが辺り一面を照らす程の金色に輝き出し。
魔王の咆哮と共に、先程まで辺りに渦巻いていた膨大な魔力がその身体へ収縮された影響で、超広範囲の空気が震え出す。
「……す、スゴいやお兄ちゃんはやっぱり……」
「ああ……さすがは魔王の名を冠するだけはあると認めざるを得んな、あんなモノを見せられてはな」
震える空気の振動が、まさに魔王が万全の態勢を整えた何よりの証明である。
魔王から伝わってくる魔力の密度や大きさに身体を震わせ額には汗を浮かべながらも、ユーノやバルムートは勝利を確信したような笑みを無意識に浮かべてしまう。
「……ありがとなユーノ、それにバルムート。俺様の頼みを聞いて時間を稼いでくれたこと、感謝するぜ」
「「────?」」
すると二人の視線の先から突然魔王の姿が消え。
その直後、ユーノとモーゼス、そしてバルムートの背後から聞こえたのは、先程まで視線の先にいた金色の魔王の声であった。
瞬きをした僅かな間に二体に分身し、さらに十歩以上離れた距離を一息で詰めてきたのだ。
モーゼスのみは冷静を保っていたが、バルムートやユーノは自分の目に魔王の脚の動きが全く察知出来なかったことに驚きの表情を浮かべる。
「モーゼス爺もありがとな。おかげでユーノは大事にならずに済んだ」
「何、大した事はしとらんよ……それで魔王様、ワシらは手を貸したほうがよいかのう?」
「いや……爺は歳だし、ユーノもバルムートも先の勇者との戦いで無事じゃあないだろ。三人はレオニールに声を掛けてやってくれ」
勇者の黒い片腕を斬り落とし、寸手のところでユーノを救ってくれた老魔族へ感謝の言葉をかける魔王。
そして、すっかり変貌した黒の勇者へと歩み寄っていく魔王に合わせ。
黒い勇者もまた、金色の魔王へと歩を進めていき互いの間合いを踏み越えてなお接近を続けていき。
やがて。
黒い勇者と、金色の魔王は互いの息を感じる程の至近距離で顔を見合わせる。
だが、息を感じる、とは言ったが。
魔王は呼吸をしているものの、勇者からはこれだけの距離に接近をしても息を感じられることはなかった。
『──配下を使って時間を稼ぎ、その隙に私に勝てるだけの態勢を準備するとはな……それが魔王、貴様の最後の切り札、というわけか』
「さあ、どうだろうな?……だが、一つだけ確実なことがあるぜ」
『ほう?……何だそれ────』
互いに言葉を交わす二人だったが、黒い勇者が何か口にしかけた途端に、金色に輝く拳が瘴気の壁を簡単に貫通し、勇者の頬へとめり込んでいく。
「それはな、勇者……手前ェの敗北だ」
ユーノの回転する鉄拳を何発受けても、体勢を怯ませるのが限界だった勇者の身体を、ただの拳の一撃で真後ろへと吹き飛ばしていった。
ただの拳、とは言ったが。
今魔王が纏っているのは、いつもの上級魔法ではなく、その数段上になる創作魔法だ。その効果で、魔王が振るった拳の速度はほぼ雷と同じ速度にまで上昇していたのだ。
攻撃の速度が増せば、攻撃の威力も上昇するのはある程度の経験を持った戦士ならば知っている話だ。
勇者の顔をぶん殴った魔王は、吹き飛んでいく相手に、ではなく何故か左側へと、宙を舞う勇者の速度以上の脚で回り込んでいくと。
「……その前にだ、手前ェに手酷くやられた連中の『痛み』ってやつをその身体に叩き込んでやるぜ!」
背後へと吹き飛んでいく黒い勇者のさらに後ろへと立っていたのは、あらかじめ分身していたもう一人の魔王。
飛んで来た勇者の身体へ雷速の蹴りを放つと。
脚が直撃した箇所の鎧が砕け散り、吹き飛んでいく方向を真横へと無理やり変えられていく。
そこに両腕の爪を構えて待ち受けていたのは、先程左側へと駆け抜けていった最初に顔を殴った魔王。
「まずは────バルムートの分だっっ!」
さらには蹴りを放った分身体も、同じく両腕の鋭い爪で挟み撃ちにする構えだ。
もちろん、変貌する前に女勇者ルーが自身の身体に張り巡らせていた光の防御結界と同じく、変貌した後にも瘴気による防御結界である「堕ちた英雄の瘴壁」を張ってはいたのだが。
老魔族や魔王は、防御結界を無効、破壊する攻撃を平然と繰り出してくる。
それが何を意味するのか……今の黒い勇者は魔王にとって、全くの無防備で立ち呆けているのと変わらないのだ。
吹き飛ばされた勢いで防御も回避も出来ず。
「喰らい────やがれ勇者あああァァァァァァ!」
その身体に、金色の魔王による雷撃を纏った前後それぞれ二発ずつ、合計四発の鋭い爪撃が放たれ。
『が!……はあっっっっ⁉︎』
モーゼスの剣閃のように、部位を切断するまでとはいかなかったが、勇者の胸には交差する二本の大きな裂傷を筆頭に、その身体に無数の深い傷を与えていった。
一呼吸終えるかどうか、の僅かばかりの時間で。
『……ま、まだだ……これくらいで、に、20年……20年もの間待ち続けようやく器を手に入れる悲願が叶ったのだ……そ、それを……こんなところで倒れるわけにはいかぬのだ……』
胸に大きな二本の交差した深い傷を負い。
肘から先が切断された右腕、と。
普通であれば、それだけで戦闘不能になる程の傷だったが、その深傷を受けてなお、傷口からは一滴の血も流れることはなく。
黒い勇者は再び立ち上がる素振りを見せる。




