137話 魔王、その背後に潜む影
女勇者が身体の自由を取り戻したその時には。
左右双方から、雷撃を帯びた両手の爪を自分へと放つ魔王リュカオーンとその分身体。
『……片側はどうにか防御出来ても、両方同時に防ぐには距離、時間……共に足りない、か────ならば!』
女勇者ルーが最初に思いついた作戦は、自分の身体に張り巡らせていた「英雄の威光」を片側に集中し、残る一方を長槍で受け流すつもりだったが。
魔王が先程放った膝蹴りには、この防御効果を打ち破る程の魔力が付加されており、おそらくこの攻撃にも防御結界は通用しないだろう。
だから女勇者は自分から「防御する」という選択肢を捨て、背水の陣を敷いてどちらか一方の魔王に狙いを定め、必殺の一撃を振るう決断をする。
幸いにも、女勇者の武器は爪よりも遥かに有効距離の長い長槍なのだ。
あわよくば、魔王の爪撃が女勇者の身体に到達するその前に魔王を討ち果たせる可能性、それに賭けることを選択した。
「はっ……防御は間に合わねぇと踏んで迎撃に出たか、だが……甘めええええんだよっっ!」
迫り来る片側の魔王の爪に背を向けて。
敢えて、もう片側の魔王だけに構えた長槍を向けるのに間に合った女勇者だったが。
白く輝く穂先を向けられた魔王リュカオーンは、その突進の脚を躊躇することなく、まるで女勇者がそう動くのを読んでいたかのごとくニヤリと笑みを浮かべ。
「爆ぜろお────三重閃影ぃぃっ‼︎」
槍を向けられた側の魔王の身体が再び二体へ分かれ、その際に女勇者ルーの左右へと移動した二人の魔王が先程までの動きを超える速度で、両手の爪に雷撃を纏い襲い掛かる。
背後の魔王も含めて、六撃の雷爪撃が放たれ。
この戦場には先程よりも一際大きな爆音が響き渡る。
『────っっっ⁉︎……ぎゃああああああああああああああああああああ‼︎‼︎』
女勇者ルーの「英雄の威光」の光の防御結界に六箇所の穴を開けていく。
六発すべての攻撃をまともに喰らい、今度こそ苦悶の表情を浮かべ、全身を駆け巡る雷撃に焼かれる激痛に絶叫をあげ、地面へと叩きつけられるルー。
だが、その叫び声は誰の耳にも入らなかった。
「……す、凄まじい威力だ……俺の戦斧などとは比べ物にならない程の……おかげで耳鳴りが先程から鳴り止まんわ……」
「うううう……うるさすぎてボクの耳、おかしくなっちゃったよおおおおっっ」
響き渡った爆音により、周囲で魔王と女勇者の戦闘を眺めていたバルムートやユーノは、一時的に聴覚を失ってしまったためだ。
……ちなみに、アステロペとネイリージュは凄まじい爆音で気絶してしまっていた。
先程よりも激しく女勇者ルーが叩きつけられた地面に亀裂が走り、砂埃を巻き上げながら陥没し、円状の窪地を作り上げていた。
そのすり鉢状の陥没の中心に、土砂に半分身体を埋めた女勇者は、先程とは違い指先をもピクリとすら動かさなかった。
「……今度こそ、キチッと終わったみたいだな」
女勇者を纏っていた光の魔力が完全に消失したのを確認し、これ以上の戦闘はないと判断した魔王リュカオーンは。
アズリアと決闘した時と同じく三体に分かれた分身体を、本体へと戻していく。
◇
魔王リュカオーンと「光輪」のルーが激突する戦況を、アステロペやバルムートらよりもさらに遠巻きに気配を殺し、観察していた一人の人物がいた。
そう、ユーノや魔王の五感を潜り抜けて。
その男とは、「魔弾」アルベーロ。
竜王ベオーグらが魔王城へ強襲を掛けた際に同行し、その戦況を逐一観察して魔王リュカオーンを討ち取る絶好の機会を伺っていた。
そして今回もまた、ルーに助力することなく、寧ろ彼女を囮に使い、その機会を待っていたのだ。
強敵であったルーを倒した今こそその機会。
魔王は今、完全に油断しきっている筈だ。
アルベーロは、身体や顔を覆い隠していた白い外套に手を入れると、懐から複雑な術式を表面にびっしりと刻み込んだ握り拳大の「石」を取り出す。
『ようやくだ……我ら人間の念願が今こそ叶う……魔弾よ、アレがお前が標的にするべき対象、魔王リュカオーンだ』
その仕草は、まるで握り拳大の石に語り掛けているようだった。
アルベーロが石に刻んである術式を指で触れていくと、刻み込まれた術式のいくつかが反応し、ほのかに光り輝いていく。
『────行け、魔弾』
その石を、無造作に放り投げるような軽い動作で投擲していくアルベーロ。
普通であれば、魔王へ命中するどころか足元に転がり落ちそうな、あまりにも力の入ってない勢いの石だったが。
石の表面に刻まれた術式の一つが起動すると、突然速度が増し、まるで意思を持つかのような軌道を描いて、魔王リュカオーンへと飛んでいく。
これこそが、アルベーロが巫女より授けられた祝福である、殺意無き魔弾。
刻み込まれた数々の術式により、一度決めた対象を地に落ちるまで追い続け、あらゆる防御結界を貫通し致命傷を与える、まさに「魔弾」と呼ぶに相応しい魔法の武器なのだ。
そして、魔王を倒すためのもう一つの能力。
それは石が勝手に追撃するために、魔弾による攻撃には殺意がない、ということだ。
だから、殺意や気配を察知して攻撃に対処する相手であればある程、この石による投擲を回避することは困難だと言える。
今はあれだけ苦戦した「光輪」相手に勝利し、安堵しきった状態だ。
ましてや、感覚の鋭敏な獣人族の血を引く魔王リュカオーンだ、気配のない攻撃への対処はどうしても遅れる筈。
アルベーロはこの狙撃に絶対の自信があった。




