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136話 魔王、女勇者を偽物と呼ぶ

 立ち上がった女勇者はゆっくりとした動作で、身体に付着した土を払いのける。

 白い肌や流れる長い金髪の先端に焦げが残っているものの、先程の雷撃を込めた爪撃による影響はあまり残っていない様子だった。


『──やれやれ。本来ならばもう少し体力の回復に時間が欲しかったところではあるが、な。だが……』


 女勇者が、いつでも攻撃が放てる態勢を取り続けている魔王、ではなく。その周囲を見渡してみると、魔王と戦う前に一度は撃ち倒したバルムートやユーノがいつの間に息を吹き返していた。


 ユーノは速度を上回りはしたが、樹の幹に吹き飛ばしただけだ。

 だが、バルムートはその胸板を深く斬り裂いた筈であり、あの傷は魔族ごときにそう簡単に治癒出来るものではない……それこそ、巫女(ネレイア)様が行使する治癒魔法でないと。

 

 だが、現実として。

 女勇者ルーの視界の先には、胸に傷痕を残しながらも立ち上がっているバルムートの姿があった。


『……やはりな。魔王、貴様が生きている限り……魔族と獣人族(ビースト)という人間に害を及ぼす全ての存在、異端の希望になり得るというわけ、か』


 その現実を見せつけられた女勇者は、魔王という存在の危険性をあらためて感じ取り、決意を新たにして長槍(ロングスピア)を構えると。


 その場にいた五人のうちの、魔女(アステロペ)と目が合い。

 向けられた視線に込められた殺意に、背筋が凍るような悪寒を感じ身体が萎縮するアステロペ。


『実に目障りだ。ならば、確実に一人ずつ息の根を止める必要があるということだ、な────』


 そう呟いた次の瞬間、その場にいた女勇者の姿が立っていた場所に砂埃を残して消え。

 瞬時にユーノが吹き飛ばされた樹にまで距離を詰め、気付いた時にはアステロペの真後ろに立っていた女勇者ルーは、握っていた長槍(ロングスピア)を彼女の首筋目掛けて放っていた。

 

 その刃を止めたのは。

 間に割り込んだ魔王リュカオーンの爪撃だった。


()らせるかよ……女勇者、手前(てめ)ぇの相手は俺様一人のハズだろうが……何、他の連中に手を出しやがる……っ?」

『何を驚く、魔王よ?……どうせ貴様が撃ち倒されれば異端は全て人間の手によって殲滅するの、だ。遅いか早いかの違いでしかないのだ、ぞ』


 アステロペに向けられた槍先を爪で押さえ込みながら、相手の呼吸音が聞こえるまでに接近した魔王と女勇者。

 この連中がいつも口にする「異端」という言葉。

 その言葉を心の拠り所としながら、人間は魔族と獣人族(ビースト)をこのコーデリア島に押し込めただけでなく、唯一の居場所すら踏み荒らしてくる手前勝手な主張と所業に。

 魔王は目の前の女勇者に怒りを(あら)わにする。


「だから殺しても構わない、か……はっ?ふざけるんじゃねぇぞ似非(エセ)勇者がっ!」


 感情を吐き出したことにより一時的に増大した魔王の腕力と魔力に押し切られる体勢(カタチ)で、長槍(ロングスピア)を構えたまま、先程立っていた場所にまで弾き飛ばされる女勇者の身体。


 再びアステロペを狙われないように、彼女の前に立ち塞がったままの魔王だったが。

 弾き飛ばされていった女勇者の真横から、鋭い加速で突進してくるもう一人の魔王(・・・・・・・)


 だが、さすがに今度は真横から襲ってくる魔王の突撃を察知して、長槍(ロングスピア)を両手で構えて繰り出される魔王の爪撃を逸らし、あるいはいなしていく。


『まさか魔王が身体を分かつ事が出来るとは、な……最初は何が起きたのか不可解だったが、その謎さえ解ければ対応するのは容易いこと、だ』

「はっ、俺様一人だけならばなあ?」

 

 魔王の言葉に、女勇者が戦慄を覚える。


 一対一ならば何度も槍と爪とを交え、魔王と女勇者の実力は拮抗している事は、互いに理解してはいたが。

 それが二対一ならばその均衡は簡単に崩れる。


 アステロペの前に立ち塞がっていた、もう一人の魔王が爪を構えると、魔王の双爪による連続攻撃を何とか防御して凌いでいた女勇者への攻撃に加わろうと接近してくる。

 しかも嫌らしい事に、最初に()り合っていた魔王と呼応して、右側と左側、前面と背後のように

、互いの立ち位置を必ず女勇者を挟み込むように動いていく。

 

『……くっ!敢えて一騎討ちを避けて有利な状況を作り出す能力とは、魔王を名乗る割には意外と卑怯な手口を使う、か』

「はっ!……人間の宿敵だ異端だと罵った相手に正々堂々を期待するとか、帝国の最後の希望サマってのは随分と緩い事を言うんだなぁ?────おらああああっっ!」


 女勇者が対応が遅れるように、挟み込む体勢から四本の腕で矢継ぎ早に繰り出される二体の魔王の攻撃に、最初こそ何とか防御や回避が間に合っていたものの。

 時間が経つと、徐々に防御の手が遅れてきて凌ぎ切れずに攻撃が身体を掠める回数が増えてきた。


 だが、その度に魔王の爪撃を弾いていたのは女勇者の身体に張り巡らせてあった光の魔力。


「……面白れえ、防御結界かよ」

『まさか防御結界ごときで「卑怯だ」などと言うつもりではあるまい、な』


 女勇者ルーが先程、二体に分身した魔王からの雷撃を纏わせた爪撃を、背後から直撃されたにもかかわらず、大した負傷もせずに立ち上がってこれたのは、魔王と遭遇する以前から発動していた「英雄の威光(アルゴ・クルセイド)」の効果であった。


 異端を撃ち払う「英雄の光槍(エル・ブリューナク)」。

 そして勇者の身体を覆う「英雄の威光(アルゴ・クルセイド)」。

 これこそが、神セドリックの巫女たるネレイアが20年もの寿命を代償として、勇者と定めた聖堂騎士(テンプルナイツ)ルーに授けた祝福(ちから)


 そんな防御結界に守られていた女勇者ルーだったが。

 ついに魔王が腕だけでなく脚を攻撃に加えるようになると、防御結界に対する信頼もあってか、女勇者が見せる隙が決定的となり。

 振り回していく長槍(ロングスピア)の懐に入られてしまい、完全に無防備となった女勇者の腹へと魔王の膝蹴りが叩き込まれる。


『────がは……っ⁉︎』


 しかも、その膝蹴りはあろうことか女勇者の光の魔力による障壁を破壊していたのだ。

 腹部を守る結界が消えたことで、魔王の膝がまともに女勇者の腹へとめり込み、(うめ)き声とともに苦悶の表情を浮かべて動きを止める。


 高速で動き回るこの二人、いや三人の戦いにとって一瞬でも足を止めたことは致命的な失策だ。

 二人の魔王は、動きが止まった女勇者を挟み込むようにして一度左右に分かれて距離を取り。

  

「おい勇者よ────雷爪撃、一本だけじゃ手前(てめ)ぇを倒すには不足だったようだなぁ……甘く見た詫びはするぜ」


 先程繰り出した雷撃を纏わせた爪撃を両手で準備して、腰を落として四足歩行を思わせるかのような極端に低い体勢を取ると。


「だが!……両手での、そして二体同時の雷爪撃を合計四発放ったなら────似非(エセ)勇者、手前(テメ)ェを沈めるには十分だろ!いくぜええええええ!」


 両手の爪に集めた雷撃が、バチバチと激しい放電音を立てながら、四足獣が獲物に襲い掛かるように魔王リュカオーンが左右同時に女勇者へと突撃していく。

 この戦いに終止符を打つ勢いで。

英雄の威光(アルゴ・クルセイド)

英雄の光槍(エル・ブリューナク)」を発動するために特別にルーの体内で生成した魔力に形を与えるのではなく、身体へと纏わせることで障壁を張り、まるで鎧を装着したような防御力と、筋力や瞬発力などの身体能力の上昇させる効果を併せ持つ。


どちらかと言えば、魔王リュカオーンやユーノが頻繁に使用している「戦闘戦態(バトルモーフィング)」とその構造が類似している。

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