135話 魔王、女勇者ルーを撃ち倒す
剣と爪を打ち合わせる程の至近距離で、女勇者ルーの手から解き放たれた光り輝く槍。
躱せるわけがないと、勝利を確信した笑みを浮かべるその顔を見て、魔王は雄叫ぶ。
「魔王の名を……舐めるんじゃねえええええっ‼︎」
その声は、女勇者が「英雄の光槍」の目標にした目の前の魔王からではなく、背後から聞こえてきた。
瞬時に振り向くルーの眼前には、吼えながら雷撃を纏った爪を既に振るっていた魔王リュカオーンの姿だった。
『──な、何だと貴様、魔王?……馬鹿な、貴様は先程まで私の目の前にいたはずで、は?』
いつの間に光の槍を躱し、背後に回ったのかともう一度チラッと目線を、先程まで魔王が立っていた場所へと向ける。
すると、そこにも魔王の姿があったのだ。
『……ま、魔王が二体いるだ、と?わ、私の目がおかしくなったというの、か────っっ』
先程まで刃を交えていた魔王、そして背後から奇襲を仕掛けてきた魔王、同じ姿をした魔王リュカオーンが二体いることに困惑したまま。
女勇者の身体に、魔王の爪撃が喰い込んでいく。
……だけでは済まず、魔王の身体に纏わせた雷撃が爪を伝い、女勇者ルーの身体を雷撃が駆け巡り、露出していた肌がみるみるうちに焼け焦げていき。
少し遅れて、雷が地面に落ちた時のような爆音が周囲に鳴り響き、爪撃を受けて一度宙に舞った女勇者の身体が地面へと叩きつけられていった。
「はっ……勝ち誇ってたみたいだがな、女勇者。お前が戦っていたのは二重閃影で生み出したもう一人の俺様なんだよ」
魔王は、アステロペに向けられた光の槍を掴む前から、既に二重閃影で二人へと身体と意識を分割していたのだ。
もちろん、二体に分身していなくても光の槍を防御することは出来ていた。
それが証拠に、もう一人の槍を放たれたはずの魔王は身体に纏った雷撃を操り、狙われた胴体部に雷の魔力を収束することで、光の槍が身体を貫くのを阻止していたからだ。
強敵であった女勇者を、魔王がその力を奮って返り討ちにする瞬間を。
木に激突した衝撃で頭を打ち、失神していたユーノは駆け寄ったアステロペによって目を醒まし、二人で魔王の勇姿を見ていた。
「……むう。やっぱりまだボクはお兄ちゃんには全然叶わないなあ……」
「それはそうでしょうユーノ様。何せあのお方……リュカオーン様は我らを統べる『魔王』なのですから」
その後に続けて、小声で「そして私が愛した人」と呟いていくのを、獣耳をピンと立てて一字一句逃すことなく聞いていたユーノは。
「……アステロペちゃん、お兄ちゃんが好きなの?」
「え?……あ……いえいえいえめ、めめめ滅相もないです!そんな私ごときがリュカオーン様をっ……」
自分の小声が聞かれていた気恥ずかしさと、自分が胸に秘めていた想いが知られてしまったという気まずさで、耳まで顔を真っ赤にして問い詰めるユーノから顔を逸らしていく。
自分たちの力が通用しなかった女勇者ルーが倒れた安堵感なのか、先程まで生命のやり取りをしていたとは思えない緊張感のない会話を交わすユーノとアステロペ。
と、その一方で。
胸を大きく斬られ起き上がれなかったバルムートに治癒魔法を施したのはアステロペではなく、この場に姿を見せた海魔族の長、海の女王であった。
「起きよ!……目を醒まさぬかバルムートよ!……お主はその程度の傷ごときでくたばるような輩ではなかろうっっ────生命の水」
バルムートの不在を知って駆け付けたネイリージュが、血塗れになり重傷を負った旧友を見て絶叫し、彼の身体に寄り添いながらその傷を癒すために水魔法を発動していく。
「……う、うおォォっ⁉︎……はぁっ、はぁっ、お、俺は確か、女騎士の剣で……」
胸を斬り裂いた傷が癒えたことで、ようやく目を開けるバルムートの傍に、今にも泣き出しそうに目尻に涙を溜めていたネイリージュの姿が映る。
「……お、おお、ネイではないか、どうしてお主がこんな場所に──」
「おおネイではないか、ではないわっ!このたわけがっ!……心配させるでない……コピオスを失って、主までいなくなってしまったら、妾は……どうしたらよいのじゃ……馬鹿者ぉ……」
傷痕の残る胸板を避けバルムートの太い腕に、駄々っ子のように握り拳を何度も何度も振り下ろしていくネイリージュ。
そこには海魔族の長である海の女王としての威厳は全く見えなかった。
そんな彼女の姿と、傷を癒やされた不甲斐なさに言い訳することもなく、気が済むまでネイに腕を叩かれてやるのだった。
こうして、すっかり女勇者ルーを撃ち倒し勝利した雰囲気に酔いしれる四天将らとアステロペだったが。
魔王リュカオーン当人は、いまだに雷獣戦態を解除せず、二体に分身したままで地面に倒れている女勇者に向けて声を掛ける。
「どうしたの、お兄ちゃ……あ!……う、ううん、魔王サマっ?」
「……そろそろ起き上がってきたらどうだ?まだ立ち上がる余力を残してるのは気付いてるんだよ。それとも……寝てる間にもう一撃喰らいたいのかよ、あぁ?」
そう言うと、二体同時に両手の爪に雷撃を収束させて構えを取る。女勇者があと少し反応を示さなかったなら、問答無用で合計四発の攻撃が寝ている彼女へと放たれていただろう。
『────ふっ、今の攻撃は確かに効いた、ぞ。さすがは四天魔王と呼ばれるだけはある……咄嗟に光の魔力で防御してこの威力なのだから、な』
撃ち倒された、と思っていた女勇者の全身から放たれていく光の魔力。アステロペの虹彩の魔眼を用いなくても、誰の目にも見える程の濃い魔力を発しながら。
女勇者ルーは、魔王を打倒する目的を果たすために立ち上がるのだった。




