133話 アズリア、神ならざる者との対決
アタシは右眼の魔術文字へさらに魔力を流し込み、さらに大剣を握る力を増していく。
指に傷を作り、何時でも2文字目の魔術文字を発動出来る準備をした手で大剣を握り、両手でアタシの大剣を受け止めている二本の短剣を押し込んでいく。
『……ぐ、ぐぐっ……神の力を得た私が、異端の剣に押し切られる、だと……っ?』
こちら側が優勢になり、言葉から焦りの色を濃く滲ませる変貌したアディーナの短剣との刃の迫り合いの体勢を、大剣に込めた一度力を抜いて半歩ほど背後に退くことで、自分から崩していく。
『……うおおおっっ?……か、身体が、ま、前に崩れるっっ?』
今まで力一杯双方が押し込んでいた力の均衡が、突然アタシ側から崩されたのだ。押し込む対象を失ったアディーナは前のめりに体勢を崩され、無様に二本の短剣は空を切る。
「コレで……終わりだよッッ!」
この体勢からならば、防御は絶対に間に合わない。
アタシは無防備となったアディーナの頭部目掛けて、渾身の一振りを叩き下ろしていった。
────ガキイィィィィィィイン‼︎
だが、アタシが振り下ろした大剣は無防備の頭部に直撃していたにもかかわらず、まるで硬い金属を斬りつけたような衝突音とともに。
「……な、何だい、アタシの剣はまともにアンタの頭を捉えたハズだ……加減もしてないし、ギリギリで躊躇したわけでもないってのに……ッ?」
アディーナが被っていた女祭帽を斬り裂き肌の色と同じ漆黒の髪を露わにしただけで、彼女の頭部に刃が通っていなかったのだ。
驚くアタシを見て、ニンマリと不気味な笑顔を浮かべたアディーナは頭部に置かれた大剣を見ながら。
『……ふ、どうやら良い材質の剣のようだが、それでも所詮はただの金属だったか。惜しかったなぁ……これが聖銀や金剛鉱で作られた剣だったならば、あるいは私に傷を負わせることが出来たのかもしれんな』
「……ちッ、そういうコトかよ……ッ」
悔しいが攻撃が効いていないと分かり、一度大きく背後に跳び退いて体勢を立て直すアタシ。
確かにアディーナが言うように。この世界に存在する魔物の中には、鉄などの普通の金属で打たれた武器では傷一つ負わない連中というのが実在する。
その一つが「狼憑き」と呼ばれる病気の一種に罹った人間だ。この病気になると、全身が毛に覆われ、顔や手が狼のそれに徐々に変貌していく。
この病気の厄介な点は二つあり、一つは牙や爪で傷つけられると病気が感染る点ともう一つ。
普通の武器では傷つかなくなる点だ。
以前にアタシは、その狼憑きの集団と戦った事があったが、あの時はまだ右眼の魔術文字以外に、戦闘で使える魔術文字を持っていなかったため、泣く泣くヴァルナ教会に金を払って武器を祝福してもらった事を思い出す。
「……あの時は教会に、武器にちょっと祝福与えるくらいで金貨一枚も踏んだくられたんだよねぇ……思い出したら急に腹が立ってきたよ……ったく」
ホルハイムに滞在していた時に、旅に同行してくれていたイスマリア教会の修道女エルならば、王都アウルムに向かう最中に出没した吸血鬼を倒すために、確か……武器の祝福を与えていたはずだが。
残念ながら今、アタシの隣にはエルはいない。
だがその代わりに、アタシには今までの旅で出会ってきた色々な人たちのお陰で手にする事が出来た、この10の魔術文字がある。
「武器を祝福……か。もしかして、剣に魔力を送り込めば、この神モドキを斬れるのかもしれないねぇ……なら」
今のアタシが、エルが武器を祝福していたように大剣に魔力を送り込む方法は二つ。
灯せし灼炎を刻んで、剣を炎で纏うか。
もしくは、纏いし夜闇を刻んで、大剣に黒い闇を纏わせる……漆黒の魔剣を発動させるか。
確かに漆黒の魔剣の威力は、アタシが現状で放つことが可能な剣技の中では一番だろう。
だが、アタシが抱いている「セドリックが神ではなく暗黒神ならば」という疑念がもし的中しているならば、夜の闇という特性上何が起きるか分からない漆黒の魔剣は最後の手段にするべきだろう。
よし、心は決まった。
アタシはまだ血が止まってない指の傷で、大剣の刀身の腹へと「ken」の魔術文字を描いていき、力ある言葉を口にしながら魔力を送り込む。
「我、勇気と共にあり。その手に炎を────ken」
魔術文字の発動とともに、アタシが掲げていた大剣が紅蓮の炎に包まれ、その刀身がまるでノウムの鍛冶場にある炉に入れた時のように真っ赤に光り輝く。
『……ほう、炎の魔法でも使い、武器を燃やせば魔力が込められた魔剣や聖剣と同じ扱いにでもなると思ったか……浅はかな。ならばその炎、我が雨で貴様の希望ごと消してくれよう!』
アタシの燃える剣を見て、まるで見当違いな見解を語り始めると、両手を真上に掲げて詠唱をすることなく即座に魔法を解き放つ。
「消えろ、希望とともに────時を停止する雨」
次の瞬間、空から突然アタシを含む一帯に降り注いだのは、水魔法で生み出された冷たい雨。
雨の粒がアタシの肌に当たった途端に、表面が凍りついていき身体を冷やしていく。
足元に落ちた雨水も地面に氷を張っていき、アタシの脚と石畳を凍結した氷で縛ろうとする。
この魔法は、確か……アディーナと最初に対決した際に使ってきた水魔法だ。
しかも、あの時に比べて威力が増した冷たい雨は、その雨粒を浴び続けるアタシの身体を氷で包んでいった。
「……ちょ、ちょっとアズリアっ!……嘘っ……へ、返事をしなさいよっ、アズリアっ!アズリアっ!」
背後でアタシとアディーナとの戦闘に巻き込まれないように距離を取っていた大地の精霊が凍り付いていくアタシへと必死に声を掛け続けたが……返事は返ってこない。
『は、はははははは!……あの時は貴様の表面を少し凍らせただけだったが、今の私の魔法の威力はあの時とは違う。希望とともに、貴様の生命も消え────な、何だと……』
同様に、凍り付いていくアタシを見て勝利を確信したような高笑いを始めるアディーナだったが。とある一点を見て、その高笑いを止めて驚愕するのだった。
『────な、何故だ!何故炎が消えていないっ⁉︎』
何故なら。
凍り付いたアタシが握る大剣の炎は未だ消えるどころか。降り注ぐ冷たい魔法の雨の中でも、変わることなく燃え盛っていたのだから。
「……そんなの簡単だろ。アンタの魔法がアタシにゃ効いてないからだよ」




