128話 アズリア、円卓との交渉
本拠地へ殴り込んできた挙句に、連中の目の前で自分らの一人を殴り飛ばして見せたアタシの言葉をその場に膝を折り、深妙な顔をしながら聞いている円卓の老人ども。
ちなみに、最初に頬を殴り飛ばした老人は未だに壁に身体を上下逆さまにしてもたれかけた体勢のまま、まだ身体をピクピクとさせていた。
「……も、もちろんだ。わ、我らを見逃してくれるのなら、大概の要求は飲むつもりだが……」
「ま、魔族が我ら人間に何を望むつもりだ?」
「わ……我らの生命か?財産か?……それとも、支配者としての椅子か?」
今までに出会ってきたセドリックという神を信じていた帝国の人間とは違い、生命を奪われないのであれば他の全てをアタシらに提供するという連中の意地汚い戯言に。
こんな連中を守るために、セドリックを信じて魔族に剣を向け互いに血を流していたのか、とアタシは再び込み上げてくる怒りを抑えていた。
もし、魔王様がこの国の殲滅を目指していたのであれば、躊躇なく背中の大剣で目の前の老人どもの首を刎ねてやれるのに、と。
だが、この場で円卓を名乗る連中に要求するのはただ一つ。
「……アタシが要求するのは、アタシら魔族側との停戦だよ。バロールをアタシが討ち倒した今、アンタらにアタシを倒せる手駒はない……違うかい?」
アタシは神聖帝国側がまだ、ルーという存在が魔王様に強襲している可能性があり、その行為を楯に停戦の要求を突っ撥ねてくる反応も想定してはいたのだが。
「バロールが倒された……だと?」
「いや、あの連中が大聖堂を我が物顔で闊歩しているのに、奴が迎撃に出ていないのだ……ほぼ間違いないだろう」
「ならば……今さらルーが魔王の首を刎ねたところで、我らの生命は風前の灯火ではないか?」
「いや、まだ可能性はある……ここは何とか彼奴の要求を飲む振りをして時間を稼ぐのが得策かと……」
目の前の老人どもは自分の保身に夢中のようで、最初は小声で行っていた相談事の内容が熱を帯びてくると徐々に音量が上がり。
最早、アタシだけでなく横にいたノウムにすら丸聞こえな状態となっていた。
「ねぇアズリア……あの人間たち、どうやら貴女を言いくるめてこの場をやり過ごす気満々みたいねぇ……どうするの?」
するとノウムが、これ見よがしに大きな声でアタシへと老人らの処遇をどうするのか尋ねてくる。
最初は何故そんな大きな声を出すのか疑問に思ったが、少し遅れてアタシはノウムがそのような行動に出たのかの意図を読み取り。
ノウムに合わせるように、時間を稼ごうとする老人どもにワザと聞こえるようにノウムに返答していく。
「アタシには時間はないからね……もし、すぐに返事が貰えないようなら──」
と、背中に背負っていた新調したばかりの大剣に右手をかけて取り出すと、そのまま広間の石床に切先を勢いよく下ろしていく。
鍛治師ノウムが修繕してくれたその刀身は、いとも簡単に堅い石床に突き刺さる。
そして、一度怯えている老人らに殺気を込めた視線を放つと、ノウムに視線を戻して。
「……見せしめに、あの中から一人を選んで犠牲になってもらうしかないねぇ」
空いている左手の指を揃えて、舌を出しながら首を刎ねる仕草をしていくアタシ。
そして、もう一度チラリと老人どもの様子を見てみると、先程まで互いに戯言を並べて時間稼ぎを相談していた口を閉ざし、首を項垂れて諦めの表情を見せていた。
さすがは巫女の死を利用したり住人を扇動し、その隙に逃げようとする人間だ。自分が犠牲になってまで時間を稼ぐ発想は出なかったのだろう。
……まあ、他人に犠牲を強要し、醜い言い争いを見なくてよかった分だけ助かったのだが。
アタシはそんな怯えと諦めの表情を浮かべた老人の一人の肩を軽めに叩いてから鷲掴みにして。
腰の道具袋に入れておいた草紙を取り出し、老人に広げてその紙に書かれた内容を読ませていく。
「……な⁉︎……なんだ、この内容は?こんなモノをいつ用意したのだっ?」
驚くのも無理はないだろう。
まさかアタシだって、こんな可能性があるかもと思い用意していた草紙が役に立つとは思っていなかったのだから。
アタシが討議の間で、魔王様やアステロペ、四天将の全員に帝国に潜入する提案をし、魔王様の帝国に対する態度を確認してから仕上げたモノだった。
ちょうど、ユーノと二人で飛竜を狩猟して帰ってから、ノウムの鍛冶場のある洞窟へと向かうその合間に。
その内容とは、「人間と魔族、獣人族の停戦と交流」だった。
一つ、帝国の自治権は今まで通り認める。
一つ、魔族や獣人族への軍事行動の放棄。
一つ、魔族や獣人族の差別の禁止。
一つ、魔族側からの食糧の提供。
最低限、停戦に必要な項目だとアタシが思ったこと以外に書かれていなかったが。
本当に人間側と魔族ら側で必要な事は、後日あらためてアステロペ辺りが考えてくれればよいと思い、用意しておいた草紙。
「内容は理解してくれたかい?……それじゃ、ここにいる四人全員の指印が欲しいんだ、この草紙に」
「そ、そんな……書に指印を押す、などしたら……」
「ああ、この草紙はアタシら魔族側との正式な停戦合意をした、という明確な証拠になっちまうねぇ」
確かに大陸では、書状に指に塗料や自分の血で印を記すいわゆる「指印」は、書状に記された内容を正式に認める証として、国家間だけでなく商業組合を始めとして様々な組織や個人間でも広く使われている規則である。
もちろん、様々な国家が乱立している大陸において広く使われている規則を横紙破りする行為は、相手のみならず周囲の信頼を失う結果となる、が。
このコーデリア島には、魔王領と神聖帝国の二つの勢力しか存在しないので、指印の規則を守る利点も、破る不利益もあまり存在しないのだ。
だが、アステロペの話ではこの神聖帝国の連中がこの島に流れついたのは、まだ20年程前だと聞いていた。
ましてや目の前の連中は、権力の椅子にしがみつこうと足掻く老人どもだ。
指印が持つ意味の重大性を、今でも後生大事に抱えている可能性に賭けてみたのだ。
「さあ、押すのかい?……それとも、戦争を続けるのなら、アタシとアンタらは敵同士、しかも帝都は敵側の本拠地だからねぇ……」
もちろん、アタシが握る大剣をチラつかせた上での強引な交渉……というより最早これは脅迫だが。
巫女とやらもバロールという強力な手駒も失い、帝国にこれ以上魔王陣営に対して打つ手がないのは、この老人らが身を以って証明してくれたのだから。
アタシは駄目押しに、石床に突き刺した大剣を持ち上げると、もう一度勢い良く床へ突き立てていき、今度は切先を中心にして床に亀裂が走る。
「わ、わかったっ!……押すっ!……い、いや、是非押させてくれっ!」
床に亀裂が入る様を見た老人は慌てて、懐に護身用に持っていたのだろう短剣を取り出すと、指を軽く刺して滲んだ血で、アタシが広げた草紙に指を押しつけていく。




