127話 アズリア、円卓との遭遇
身体をある程度癒したところで、アタシはノウムの手を引いて礼拝堂を後にする。
このまま建物を出て、素早く帝都を脱出出来ればよかったのだが、当然ながらそんな簡単には怒りないようだ。
建物の出口がある広間に辿り着くと、そこには兵士や騎士……ではなく数人の老人らが輪になって何か揉めている様子だった。
「……お、おいっ!民衆らを扇動したまではよいが、本当にルーが魔王を倒せなんだらこの国は終わりじゃぞ?」
「……ルーもバロールも、巫女が20年もの代償を神に捧げた強者だ。よもや魔族や報告にあった魔王の手先に遅れを取るわけが……」
「だ、だがっ……先程騎士たちからバロールが倒されたと報告が……」
「だから今、我ら『円卓』まで無駄死にするまいと一度退避するのではないか!」
その老人らが名乗る「円卓」というのは、帝国と名乗るからには本来存在するはずの皇帝を補佐して、この神聖帝国の政治や実務を担当している組織であり、老人らはその円卓の人間なのだが。
そんな事を知る由のないノウムが、その話している内容を聞いて、事情が飲み込めずに不思議そうに指を差して尋ねてくるが。
「……ねえアズリア。あの人間たちだけは他の人間と違う様子だけど、一体何をしようとしてるのかしら?」
「あれは……連中、ここから逃げようとしてるんだよ」
多分あの連中こそが、この神聖帝国の権力者、という輩なのだろうが。
権力者どもの言い争いを聞いて、この連中こそがセドリックという神を利用して、巫女やバロール、そして狂信的な人間を煽り、魔族との戦いの場に送り込んでいた一方で。
他人を戦わせながら自分たちだけは安全な場所へと逃げ込もうとしているのかと思うと。
無性に腹が立ち、歯軋りをしながら拳を固く握り込んでしまっていたアタシは。
次の瞬間、礼拝堂から出たばかりの場所から広間への真ん中へと飛び出し、アタシらに気が付かずに言い争いを続けていた老人の一人に殴りかかっていた。
「ぶべらあああぁぁぁぁぁぁああっっっ⁉︎」
「「「────だ、誰だっっ⁉︎」」」
もちろん、この状況で自分たちだけ安全な場所へ逃げようとする権力者などに、アタシの攻撃を避けられるはずがない。
アタシの拳は老人の頬に直撃し、殴られた老人は情け無い呻き声を上げながら、広間の壁へと吹き飛んでいった。
「────ふぅぅッ……ふぅぅッ……」
右眼の魔術文字を発動させていたら、まず間違いなく殴り殺していただろう。
発動させなかったのは、怒りのあまり飛び出したものの、まだほんの少しは理性の箍が外れてはいなかったのだろう。
「「「ひ……ひいいいいいいィィっ?」」」
自分らの仲間だった人間が突如現れたアタシに吹き飛ばされたのだ。その場にいた全員が一人の例外もなく恐怖で叫び声をあげながら、建物の出口へと逃げ出そうとするが。
「────石の壁」
ボソリと大地の精霊が呟いていくと、出口を塞ぐように石畳から出現する大理石の壁が逃げようとする老人らの行く手を阻んでいく。
「……な、何だこの壁はっ?開けろっ!……開けろおおおおっ!」
「あ、あああ……こ、このままではあの女に追いつかれてしまうではないかっ?」
「わ、我々さえ生きていれば帝国は持ち直せるのだ、聖堂騎士は?浄罪部隊はいないのかっ?」
ある老人は石壁を叩き続け、ある老人はその場に座りこみながら部屋中を尻を擦りながら逃げ回り、またある老人は自分を守らせるための救援を呼んでみるが、その声は広間に虚しく響き渡る。
「うん、事情は飲み込めないけど……あの人間たちを逃がさないようにしたら良いのね、アズリア?」
「あ、ああ……悪かったねノウム。尻拭いみたいな真似をさせちゃってさ」
その老人らのみっともない様と、アタシの肩に手を置いたノウムの言葉で、途端に頭に昇っていた血が引いていき、冷静さを取り戻していくアタシ。
「どうした?……何故、聖堂騎士も浄罪部隊も現れんのだっ……うおおおおおおっ⁉︎……は、離せ魔族めっ……ぐぅぅぅ……」
先程から騎士らをこの場に呼び込もうと喧しく声をあげる老人の胸ぐらを掴み、そのまま軽々と老人の身体を持ち上げながら。
「なあ……どうやら話を聞く限りじゃ、アンタらがこの帝国を支えてるらしいじゃないか。ならアンタらをこの場で始末すれば、帝国と魔族との戦争は終結するってえワケか……」
持ち上げた老人だけでなく、壁を叩く老人や床に尻を突いた老人にも睨みを利かせ、物騒な脅し文句を吐き捨てるアタシ。
「……ま、待て……き、貴様の望みは、な、何だ……?わ、我ら……いや、ワシだけでも助けてくれれば……話を聞いてやっても……よ、よい」
「お、お前っ……魔族相手に自分一人だけ命乞いとはっ……は、恥を知れっ!」
「わ、私もだっ!……生命を助けてくれるなら何でもしようっ、だから、だから生命だけは……っ」
どうやら一人が殴り飛ばされ一人が捕まった事で、この場から……そしてアタシから逃げられないと悟った「円卓」と名乗る老人どもは。
今度は態度を豹変させて、途端に命乞いを始めてくる有り様に、アタシは思わず閉口する。
もちろん、今口にした「始末する」は本当に最後の手段だ。
アタシは今、魔族側として動いている立場である以上、戦場に出ていない権力者を下手に殺害してしまうのは、住人らの魔族への歪んだ思い込みを却って加速してしまう可能性があるからだ。
殺害された、という知らせであれだけ住人が激昂し、普段街にいる住人らが武器を持ち戦場に出ようとするのを見れば、如何にこの神聖帝国で巫女という存在が慕われていたのかは想像に難くない。
その逆に、そんな巫女が死んだにもかかわらず、戦いから逃げ出そうとするこの老人らが、果たして本人が言う程の影響力があるのかは疑問だが。
魔王様が、この神聖帝国を攻め滅ぼす気がない、と確認したからには。
多少は強引な手段かもしれないが、腹の立つ老人どもの立場を最大限に利用して、何らかの確約を結ばせられれば。
アタシは、胸ぐらを掴み持ち上げていた老人を一旦下ろしてやり、迫力を持たせるために声を低くして話し掛ける。
「……いいよ。アンタらがアタシの……魔王リュカオーン陣営の言い分を飲んでくれるのなら、アンタらの生命は見逃してやろうじゃないか」




