124話 勇者ルー、光の槍を放つ
その甲高い衝突音の正体とは、ユーノの黒鉄の籠手と、女勇者ルーの白く輝く長槍とがぶつかり合う音。
それはつまり、姿が見えなくなるほどのユーノの移動速度にルーが追従し、しかも的確にユーノの姿を捉えて攻撃を放っているという事でもあった。
「う、嘘っっ⁉︎……ボクの動きが、見えてるっ?」
何とか攻撃を仕掛ける女勇者の剣閃を籠手で防御しているユーノだったが、まさか自分の動きに追い付くなど微塵も考えてなかったようで驚きの声をあげる。
魔王はその様子を見ながら思っていた。
ユーノが今見せた動きは、魔王が「雷獣戦態」を発動させた時に見せる速度と比較しても、何ら遜色のあるものではない。
そして、あのアズリアでさえ最初にこの態勢を披露した時には、その速度に対応することが出来ず防御に徹する選択をしていたのだ。
つまり目の前の女勇者の実力は、牛魔族であるバルムートを腕力で凌駕し、獣人族であるユーノや魔王の敏捷性とほぼ同等の能力を有していると言える。
いや、あの女勇者の持つ実力はアズリア以上なのかもしれない。
しかも、女勇者ルーは徐々にではあるが、ユーノをその腕力から矢継ぎ早に繰り出す穂先と柄での連続攻撃で押し込んでいく。
防戦一方に陥っていたユーノの頑強なはずの籠手に、細かな亀裂が走る。
「そ、そんなっ?ぼ、ボクの籠手が。も、もたないっっ?」
『……フッ、その程度の速度で私を撹乱出来ると思った、か?……そう言えば貴様には言ってなかったが、私は帝国最後の希望なの、だ……だから鉄拳よ──』
ユーノが窮地に陥っている。
一方でアステロペも、背後でせっかく「百なる黒曜の劍」を発動し、その百を超える漆黒の短剣を作成したまではよかったが、二人のあまりの速度を目で追い切れずに戦況への介入を躊躇う事態に陥っていた。
「……くっ、下手に短剣を動かせばあの女を捉えるどころかユーノ様を巻き添えにしてしまう……それだけは避けねば……」
覚悟を決められないアステロペの弱気な態度は、百の短剣を二、三本ずつ小出しに女勇者目掛けて飛ばす程度の介入しか行うことが出来ず。
女勇者にとっては、その程度の本数ならば問題なく捌いてしまえたからだ。
『小蝿がちょこまかと煩いが、まずは大きな戦力である貴様から始末してやる、ぞ────受けろ鉄拳、我が神セドリックの祝福を、な!』
女勇者ルーの気合いを込めた槍の柄を振り抜く一撃によって、ついにユーノの両腕の籠手へ走った亀裂から、大きな破砕音を立てて破壊されてしまい。
その衝撃に耐え切れず背後へと吹き飛ばされて、樹の幹へと激しい音を立てて激突するユーノの身体。
「──きゃあああああああああっ⁉︎」
「……ゆ、ユーノ様っ‼︎」
だが。女勇者ルーは間髪入れずに、背後でユーノを心配するアステロペに腕を突き出し、開いた手のひらを向けると。
『仲間を思いやる気持ちは結構だが、今はまだ戦闘中だぞ魔女。先程は一閃で貴様の対抗魔法に防がれた、が……さらば二閃、いや三閃ならばどう、だ?』
警告と殺気。その女勇者の動作に反応したアステロペの虹彩の魔眼は、自分へと向けられた腕へと流れ込み、収束している光属性の魔力が視えていた。
確かに最初に対抗魔法で喰った時の魔力よりも強力な魔法を放つつもりなのだろう、収束する魔力量がそれを顕著に物語っていた……だが。
「……足を止めたのは失敗だったな、愚かな女よ。今ならば何一つ懸念する事はない、受けろ!百を超える漆黒の剣を!」
女勇者が魔法を放つために立ち止まったその場所へ、周囲に浮かんでいた無数の黒曜石の短剣が、アステロペが指を鳴らす合図と同時に襲い掛かる。
まさに頭上を含む、ありとあらゆる方向から襲い来る百を超える本数の短剣を、ましてや女勇者は魔法を行使する最中だ。回避、もしくは防御するのは不可能だ……とアステロペは思っていたのだ。
だが次の瞬間、目を疑うような光景がアステロペの視界へと飛び込んできたのだ。
「……な、何だとぉぉ?……ば、馬鹿な、剣が身体を通らない、だと……し、しかも剣のほうが砕け散るなど……き、貴様、一体何をしたのだっ?」
冷静さを欠いて焦りの色を顔に浮かべながら、女勇者へと大きな声をあげるアステロペ……それも当然であろう。
何しろ、女勇者を刺し貫こうと、また斬り刻もうと迫った黒曜石の短剣は、女勇者の身体に触れるか触れないかの距離で、まるで短剣が自分から崩れるように次々と接近した短剣が破壊されていったのだから。
だが女勇者はアステロペの問いを無視して、回答代わりに発動の準備が整った光の槍を彼女に向けて解き放つ。
『……わざわざ魔王にその答えを教えてやる義務は私にはない、な。答え合わせはゆっくりと死後の世界で行ってくれ、よ』
「そ、そんな場所に行く予定などない!────光喰らう魔口」
当然ながらアステロペも、無詠唱で光属性の魔力を喰らう対抗魔法を発動し。
女勇者の目の前の空間が大きく口を開き、アステロペを貫こうと放たれた光の槍を飲み込み、空間に開いた穴が閉じていく。
だが、遠巻きに見ていた魔王リュカオーンにはどうにも不可解な事があった。
何故、あの女勇者ルーはもう取り囲む短剣も、立ち塞がるユーノもいないというのに、魔術師であるアステロペに得意の接近戦を仕掛けてこないのか。
光魔法が一度ならず二度も、アステロペの対抗魔法で無効化されたにもかかわらず、あの女勇者は笑っていられるのか。
『────フッ』
「……何がおかしい、帝国の女騎士よ?」
『……いや、まさか。アレで私が放った「英雄の光槍」を無かったことに出来たと、本気で思い込んでる辺りがな、可愛いと思って、な』
その女勇者の言葉の意味を頭で噛み砕く前に、アステロペの目の前の空間に突然、亀裂が走り出した途端。
硝子が砕け散るような甲高い破砕音と同時に、割れた空間からは先程「魔素喰らい」が喰らったはずの光の槍が飛び出してくる。
あまりの咄嗟の出来事に、アステロペは思考が一瞬停止してしまい、身体が固まってしまう。
光の槍は動きを止めた彼女の腹部目掛けて、その身体を貫通するために最早、回避も防御も不可能な距離にまで迫っていた。
「英雄の光槍」
光の魔力を一点に集中して収束することで、一閃の光の線をまるで投擲槍のように放つことが出来る、光属性ではあるが一方で神聖魔法の特徴をも併せ持つ魔法。
元々、光魔法には「極光槍」という似た効果の魔法があるが、この魔法は光の魔力を行使していながら、神セドリックという存在が影響して効果が変貌を遂げており、もはやルーの創作魔法となってしまっている。
余談だが、魔力の収束に祝福を受けた自らの指を媒体として使用しており、指を何本使うかにより魔法の威力や貫通力は飛躍的に上昇する。
片手で発動するなら「五閃」が最大だが、発動に両手を使用すれば最大で「十閃」まで放つことが可能。




