120話 魔王、勇者ルーの挑戦を受ける
何よりも、前回城に来た三人組もだったが。
国境沿いの集落を攻めるなどという回りくどい事をせず、他の連中を傷を負わせる事もなく、俺様の待つここ魔王城に単騎で攻め入ってきた、このルーと名乗った金髪の女騎士の心意気。
「いいぜ、帝国最後の希望を背負った女勇者ルー。俺様はお前の挑戦を受けてやるつもりなんだが、その前に一つだけお前に尋ねたいことがあるんだがな……?」
そう俺様が、穂先が白く輝く長槍を構えて臨戦体勢をすっかり整えていたルーと名乗る金髪の女へと声を掛けると。
その質問に、一度こちらに向けた刃先を下ろしてから返答するルー。
『ほう……人間の宿敵である魔王が、その人間である私に聞きたい事とは、な。本当ならば耳も貸さずに斬りつけ戦いの幕を開けたいところだが、な』
魔族と人間が、その生活様式などから相容れない存在なのは理解しているが、何も「宿敵だ」と言わしめる程の脅威や存在ではない。
だが、その事実を今さら指摘して、すっかり戦る気になっている金髪の女勇者に水を差すような真似をしたいわけではない。
金髪の女勇者に尋ねたいのは、全く別の事だ。
「それじゃ質問だ人間の勇者ルーよ。つい先日、俺様の居城に不躾に足を踏み入れた三人組よりも……お前は強いんだろうな」
『……何を質問されると思ったが、そんなこと、か』
女勇者は俺様の質問に、少し呆れたような顔をしながらも、言葉を途切らせず質問に答えてくれる様子だ。
だが、俺様からしたらこの質問の内容はかなり切実な問題なのだ。
原因は二つある。
一つは、先にルーに問い掛けた質問に挙げたように、城に攻め入ってきた三人組の髭面の大男との戦闘だった。
確かに身体に竜属の魔力を秘めたあの大男は、普通の人間に比べれば遥かに強い部類に入るのだろうが。
それでも俺様が、城の屋根や内装の気遣いをやめて「雷獣戦態」を発動した途端に呆気なく倒れてしまったのだ。
……正直言って、興醒めもいいところだった。
それでも、二つめの原因さえなければ。
普段は帝国への対応を四天将に任せている以上、俺様が腕を振るい、戦いに血を滾らせることは久しく機会を失っていたのだから。
俺様はこの爪を振えただけで満足しただろう。
その二つめとは。
もう10日以上も前に、俺様が過去の文献からあらかじめ組み上げた儀式魔法で召喚した花嫁候補だった人間の女戦士だ。
その女戦士は、馬鹿みたいに重い大剣をまるで手足のように操るその怪力を誇り。
魔法とは違う、俺様が見た事もない数々の秘術を次から次へと披露するその知識。
そして……俺様の「雷獣戦態」どころか「三重閃影」まで駆使したにもかかわらず、倒し切ることの出来ない頑強さ。
その女戦士と、俺様の花嫁になるかどうかを賭けて繰り広げたその戦いを一言で表すと。
……負けはしたが、とても楽しかったのだ。
そんな血が沸き立ち、身体中の筋肉が躍動した、自分の持てる能力を全て吐き出すような戦闘を味わってしまったのだ。
だから、せめて女戦士……アズリアとの戦闘とまでは言わないが。単騎でここ魔王城まで乗り込んできたこの女勇者が俺様を失望させるような実力でないと思いたいのは、切実な願いでもあった。
『……そうだな。私の実力が魔王、貴様を果たして満足させるに値するのかどうか、貴様自身の身を以って味わえ、と言いたいところだ、が……』
そこまで話していたところで、女勇者は一度言葉を止めて、俺様ではない方向に視線を移す。
もちろん女勇者が視線を送る方向から、こちらへと迫ってくる気配には俺様は先程から気付いていていた。
その気配の数は、三つ。
「魔王サマっ!……おーえんつれてきたよっ!」
「前回、帝国の連中が不躾にも我らが本拠地に乗り込んできた、と聞いた時には前線に出向いていて歯痒い思いをしたのでなっ」
「はぁ……はぁ……ま、待って下さいゆ、ユーノ様っ、ば、バルムート様っ……み、見失ってし、しまいますっ……はぁ、はぁ」
しかも、その気配は俺様が深く見知ったものだったのだので、俺様は頭を抱えるしかなかった。
そもそもユーノに俺様とは別の行動をさせて、他の連中には知らせずに、不審な足音の主に迅速な接触を図ったのは、被害を俺様一人に抑えるためだったのだが。
まさか別途に動いていたユーノが、バルムートやアステロペに声を掛けて足音の主に対峙するつもりだったのは誤算……というか、俺様はユーノを甘く見過ぎていたのかもしれない。
ここにモーゼス爺がいないのが気にはなるが。
「さて、帝国から来た女戦士よ。貴様らはただ魔王を討ち果たすのが目的のようだが……魔王は我らの頂点に立つ存在、なればまず手始めに四天将たるこの俺と戦うのが筋であろう?」
「そうだそうだっ!……魔王サマと戦うまえに、まずはボクたちをたおしてもらおうかっ!……どう?今のボクのセリフ、カッコよかったよね?」
この場に到着したユーノ、バルムートは俺様と女勇者ルーとの間に立ち塞がる位置に。
移動速度を上昇させる加速の魔法を使っているにもかかわらず、遥か後ろから息を切らしてやってきたアステロペも遅れて、肩を上下させながらも俺様の前に立っていく。
「……はぁ、はぁ。ば、バルムート様の言う通りだ人間。魔王様へと剣を向けると言うのであれば、まずは────」
そこで俺様以外の三人が持っていた戦斧や杖、拳をそれぞれに構えると、声を揃えて女勇者ルーへと言い放つ。
「俺たちを倒してからにしてもらおう!」
「ボクたちを倒してからにしてよねっ!」
「私たちを倒してからにしてもらおうかっ!」
どうやら俺様も一緒に参戦して四対一で女勇者に立ち向かう、という選択肢は許されないらしい。
まあ……確かに、俺様とて「四天魔王」の名を冠する以上は、ただでさえ数的有利な戦況に加わる気はさらさら無いが。
立ち塞がる三人にそれぞれ目線を移しながら、最期にバルムートやアステロペの隙間を縫って、最奥にいる俺様に視線を向けた女勇者が。
『────ちょうどいい。魔王よ、先程貴様は私の実力の程を知りたい、確かにそう言っていたな。どうやらこの者らも、貴様と刃を交えるのを邪魔しているようだし、な』
その台詞を最後に俺様から目線を外して、目の前に立ち塞がる三人を敵と見做し、一度下ろしていた長槍を再び構えていく。
『見ていろ魔王。貴様を慕う配下どもが、我が神セドリックの威光によって焼き尽くされる姿をそこで、な』
「────ぐ……ぐぅぅぅぅ……っ」
俺様がこの時、歯軋りして悔しがっていたのは、ユーノやバルムート、アステロペらの身を案じて、という意味ではなかった。
つい先日攻め入ってきた帝国の人間も、一対一ならモーゼス爺やアステロペに手も足も出なかったのは記憶に新しい。
問題なのは、それで三対一という数的有利な状況だ。
目の前の女勇者が同じ程度の実力であれば、俺様の出番が無くなるのはまず間違いないからだ。
だからと言って、バルムートらに「わざと負けろ」と言おうものなら、ユーノはともかくバルムートは烈火の如く憤慨するだろうし、アステロペにはこの後どれだけの叱咤をされるか……見当もつかない。
それ故の、歯軋りだったのだ。




