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118話 魔王、アズリアの不在に慌てる

ここからしばらくは魔王様パートとなります。

しばらくは主人公のアズリア不在の話となりますがお付き合い下さい。

 アズリアが帝都ネビュラスで「魔眼(デスゲイズ)」のバロールと死闘を繰り広げていた頃。

 

 ────ここ、魔王城では。


「おいっ!……アズリアがどこに行ったか、本当に誰も心当たりがないのかっ!」

「……お姉ちゃんがボクのこと、置いていったぁぁぁあ!…………うわーんっ」

「……まさか、皆様が任務を終えて合流し、集めてきた食糧を分配している最中に姿をくらませるとは、あの女(アズリア)ぁぁぁ……」


 アズリアの姿が突然見えなくなったという報告をアステロペから受けて、慌てて彼女(アズリア)の居場所を捜索し始める魔王陣営の一同。

 その一同(・・)の中には、もちろん俺様も含まれていた。


 多分、これが討議の間での話し合い以前であれば、魔王である俺様と互角の実力を持ち、人間でありながら帝国軍相手に剣を振るったのだ、心配する要素は何一つないのだが。

 問題は、そのアズリアが討議の間で提案した内容であった。


『一度、帝国に潜入してみようと思うんだけど』


 あの時点では、焼け出された集落の住人たちも含めた食糧不足を解消するのが先決であり、いくらアズリアが人間だとはいえ帝国に潜入させるのは時期尚早だと思い、その提案は棚上げしたのだが。


 そもそも、アズリアにあまり神聖帝国(グランネリア)の詳細をしなかったのも、人間である彼女(アズリア)と帝国軍とを接触させまいとする気遣いだったのだ。

 なのに、まさか。

 真夜中に城を無断で抜け出して、しかも国境沿いにまで駆けつけて帝国軍を蹴散らして、ケロっとした顔で帰還してくるとは。

 ……しかも城を抜け出した理由が「美味い肉が食べたかったから」という、実に彼女(アズリア)らしい言い分だったのだ。


 こんな破天荒な性格の彼女(アズリア)が、不穏当な提案をしたその直後に忽然と姿を消したのだ。

 

「……さて、俺はアズリア殿を探しに海沿いを探すとしようか……」


 アズリアに武器自慢を兼ねて鍛治師ノウムの話をした、言わば彼女の居場所に心当たりがありすぎるバルムートはと言うと。

 四天将である彼自身も討議の間に居合せたこともあってか、まさか自分の発言がこのような大事になるとは思わなかったのだろう。

 アズリア探索にかこつけて、一刻も早くこの場から立ち去ろうとするバルムートを俺様は気にも留めなかったが。

 

 そんな彼の肩を掴み、引き止める嫌な感触。

 それは、いつの間に任務を終えて帰還していたモーゼス爺だった。


「……のぅバルムートよ。お主、何かワシらに隠し事をしてはおらんかのう。そうさのぅ、たとえば……アズリアの居場所に心当たりとか、の」


 と、問われたバルムートは。

 いつもはよく言えば豪放快活な、だがモーゼス爺に言わせればただ何も考えていない、と評されるその表情を明らかに強張(こわば)らせる。


「……な、何のことだろうかモーゼス殿。お、俺は何にも……アズリア殿と武器を見せ合っただけで……」

「────ほう。お主の武器、剛嵐の戦斧(アルマース)は確か、ノウムとかいう老婆の鍛治師が鍛えた(はがね)で出来た業物(わざもの)だった筈だが?」

「……ひ、ひいぃぃぃぃ⁉︎」


 モーゼスがバルムートの肩を掴む力に拍車が掛かり、バルムートがさらに態度を強張(こわば)らせていく。


 いや、単純な力比べでなら牛魔族(ミノス)の長であるバルムートが、既に高齢であり筋力に特に優れたわけではない悪魔族(デーモン)のモーゼスに力負けなどしない筈なのだが。 

 何故かバルムートは、力比べにせよ模擬戦にせよモーゼス爺に一度として勝てた試しがないのだ。

 そこは長く生きた経験の差というものだろうか。


 ということもありバルムートの頭には、モーゼス爺への絶対の畏怖が染み付いてしまっていたのだ。


「そ、その通りだ。それで、俺はアズリア殿に鍛治師ノウムの工房がある洞窟を教えた、それだけなのだ……いや本当だ!」

「────だ、そうじゃ」


 ここまでくると、もはや尋問を受けているわけでもないのにそれに等しい態度を見せ、最後には悲鳴にも似た声で返答するバルムート。

 それを聞いてモーゼス爺が掴んでいた彼の肩を解放すると、掴まれた肩をさすりながら深く息を吐いて解放されて安堵の表情を浮かべるバルムート。


 バルムートとモーゼス爺の一連のやり取りを見て、俺様の横で呆れたような溜め息を吐くアステロペだったが。


 バルムートよ、お前の気持ちは俺様には痛い程理解出来るぞ。多分俺様がお前と同じ立場ならば、きっとアズリアに自分の武器を自慢したくもなるだろうから。

 それ程に、あのノウムという鍛治師が生み出したデモニカ鉄は硬く、丈夫な金属なのだ。


 ここ魔王城のある魔王領(コーデリア)の島北部は、神聖帝国(グランネリア)が居座る島の南部に比べて大地が隆起しており、海から高い位置にある。

 城の東側に広がる砂地の海岸以外の海に面した部分はすべてが高く切立つ崖になっているのだ。

 その島の中央部、低くはあるが山のある麓の洞窟に、いつからなのだろうか……ノウムという老婆の鍛治師が自分の工房を持っていたのだ。


 そのノウムなる鍛治師が、俺たち魔族に数に限度を設けた上で提供してくれたのが、デモニカ鉄と俺様は呼んでいる、帝国の連中が使っている鉄よりも遥かに硬くて、遥かに丈夫な金属だったのだ。


 とはいえ。

 そんな素晴らしいデモニカ鉄の恩恵を受けているのが、俺様の周囲ではバルムートの戦斧(バトルアックス)とモーゼス爺の異国剣(カタナ)だけなのも事実なのだが。

 何しろ、俺様もユーノも基本的に徒手空拳(すでゴロ)だし、アステロペは魔法戦闘しか出来ない。


「どうしましたかリュカオーン様?……わ、私の顔に何か汚れでも付いてましたでしょうか?」

 

 以前、俺様が彼女(アステロペ)を少し気にかけて、着ている胸当てや部分鎧(ポイントアーマー)だけでも、とノウムの婆さんに頼み込んだことがあったが。

 完成した鎧の重量にアステロペ自身が耐えきれなかったという経緯(いきさつ)があって以来、ノウムの婆さんには顔を合わせていなかった。


「……あ、あの……りゅ、リュカオーン様?……そ、そんな視線でずっとこちらを見つめられてしまうと、わ、私が困るのですが……」


 アステロペの抗議というか困惑の訴えを無視しながら、彼女にデモニカ鉄製の防具を贈呈した時の出来事を、アステロペの顔を覗き込みながら思い出していたのだが。


 ふと気がつくと、目の前でアステロペが顔を耳まで真っ赤に染めながら、目の焦点がぐるぐると合っていない様子だった事に驚く。


「お、おいっどうしたアステロペっ?」

「…………そ、そんなに……見つめられたらあ……あふぅ」


 体調が悪そうなのだが、何故かアステロペの顔には満足そうな笑顔が浮かんでいたので、最初は城に貯蔵していた葡萄酒(ワイン)でも飲み過ぎたのかと思ったが。

 アステロペは酒が飲めなかったのを思い出す。


 アズリアは突然姿を消してしまうし。

 酒が飲めないアステロペはこの有り様だ。


 俺様は、もう何がなんだかわからなくなった。

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