117話 アズリア、繋がっていく真実
……身体が揺らされている。
その揺れでアタシはもう一度意識を取り戻し、目を開けると。
アタシの目の前には、大地の精霊の顔があった。
「────あれ?……ノウム?」
「アズリア!……よかったあー目を醒ましたのね、いきなり階段から落ちたから、何かアイツに攻撃を受けたのかと冷や冷やしたわよー……」
どうやら今アタシは一度吐いた後意識を失い。
ノウムの腕に背中と膝の裏を抱えられ、祭壇のあった部屋から退出していたみたいだ。
「……心配かけて、その……悪かったねぇ……」
意識を取り戻してアタシを運んでくれたノウムに感謝の言葉をかける。
だが、ほんの少し指をを動かそうとするだけで筋肉に激痛が奔る。どうやら筋力増強の重ね掛けをした副作用は、先程よりも悪化している。
「う、うぷぅ……そ、そのさノウム……少しばかりゆっくり移動してくれないかい……気持ち悪いぃぃ……」
しかもいまだに頭が重く、視界が定まらずぐるぐると回っているのは、ノウムに抱かれ揺らされているからだけではないのだろう。
……油断するとまた腹の中身を吐きそうになる。
「そうねぇ……それじゃ一度座らせるわよ?……このまま私の胸に吐かれても困るしねー?」
「……はぁ、はぁ……わ、悪りぃねぇ……」
アタシからの訴えに、ノウムは「しょうがないわね」という笑顔を浮かべながら、部屋にあった木製の長椅子にアタシを寝かせてくれた。
この長椅子……ということは、ここは祭壇の部屋の手前にあった礼拝堂らしい。
さてと、まずはこの身体をどうにかしない事にはノウムに迷惑を掛けてしまう。
指を動かすだけで腕に激痛が奔るが、その痛みに耐えながらアタシは両手の指で、傷口から流れ続けている血を使って魔術文字を描いていく。
今、描いたのは師匠から貰った生命と豊穣の魔術文字だ。
それを左肩と右脚、バロールの魔法で貫通させられ今なお血が止まらない傷のある箇所へと刻むと、アタシは力ある言葉を紡ぐ。
「うぷ……わ、我……大地の恵みと生命の息吹を────ing」
幸いにも、まだアタシの魔力には余裕がある。
せっかく魔術文字の重ね掛けが効果の増強、拡大を起こすことを、アタシ自身の身体で証明したのだ。
ならば今度は、治癒の効果を増強出来れば。
今、アタシを苦しめている激痛や、頭痛や吐き気などの体調の異常を少しは緩和出来るかもしれない。
想像通りの効果が現れてくれるのをアタシは期待しつつ、身体に刻んた二つの魔術文字に魔力を巡らせていくと。
アタシの身体は生命と豊穣の魔術文字から放たれる、緑色の魔力の光に包まれていく。
「……ちょ、ちょっとアズリア?……もしかして、今使ってる魔法って大樹の精霊の……」
「ああ……コイツは大樹の精霊、アタシの師匠から貰った魔術文字だよ」
緑色に輝くアタシの身体を纏う魔力に、驚き……というよりは、畏れに近い感じの表情を浮かべていたノウム。
もしかしたら、大地の精霊と師匠の間には何かしらの因縁があるのかもしれないが。
ノウムの態度を見ると、それをノウム側に聞いても正直に答えてもらえない気が、態度からひしひしと伝わってくる。
「……お?……おおお?……か、身体の調子が……頭がスッキリしてきた……それに、指を動かしても……痛くないよ」
普通に生命と豊穣を発動させても、今回のような傷口なら時間を掛ければ塞ぐことが出来たが。
重ね掛けした生命と豊穣の効果は、発動して間もない時間で、目に見える効果を発揮したのだ。
まず、魔術文字を描いた二つの箇所の傷口からの血が止まり、不完全にではあるが貫通した傷が塞がっていたのだ。
それに、先程まで重かった頭や目眩、吐き気が嘘のようにスッキリと頭の中が冴え。全身を襲っていた酷い筋肉の痛みもだいぶ和らいでいた。
バロールと戦闘を行う以前の状態に戻ったのか、と問われれば、そこまで完全に回復したとは言えないが。
これだけ傷だらけで苦しむアタシを見て慌てふためいていたノウムだ、きっと治癒魔法を使えないか、不得手なのだろう。
今はこの効果で充分に満足しておくことにする。
「さて……と。バロールの最後の言葉、やけに気になるんだよねぇ……巫女が生命を代償に?……セドリックってのは暗黒神か何かなのかねぇ……?」
現在、この建物の外で帝都の住人らが殺害されたと騒いでいる巫女。
バロールが死に際に残した言葉を信じるのならば、その巫女の生命を奪ったのは魔王様ではなく、彼らが信仰している神セドリックそのものという事となる。
大陸で広く信奉されている五柱神に限れば、願い事と引き換えに信者や聖職者に生命を要求するなんて話は聞いたこともない。
五柱神に限れば、と言ったのは世の中には人の生命を代償にして様々な恩寵を与えるとされる神も存在している、という事だ。
有名な噂では、太陽神イェルクと対極に位置する暗黒神アーリオンの存在だ。
アーリオンを始めとする暗黒神を信仰する連中の中には、自分の生命や他人を無理やり誘拐、拉致し生贄に捧げることで、暗黒神の加護をこの地上に顕現させようと目論む危険な集団もいるというのが、もっぱらの噂だ。
とは言え、アタシも実際にアーリオンを信仰している危ない連中には、長い間大陸を旅してきたが、まだお目にかかったことはないが。
もし、セドリックという神の正体がこの神聖帝国の人間が信じるような、人間にのみ叡智と繁栄をもたらす神などではなく、実はアーリオンと同じ暗黒神という存在で。
この魔王領を手中に収めるための手駒としてこの国を建国り、魔族を攻撃させているのだとしたら?
「……いや、我ながらとんでもなく突飛な発想だとは思うんだ、思うんだけどねぇ……」
アタシの頭に浮かんだのは、あまりにも飛躍し過ぎた想像であり、それを証明する証拠など何一つない。
だが、魔王領に来てからこの目で見てきた様々な出来事。
祭壇で干涸びて死んでいた巫女様。
バロールが死に際に残した言葉。
バロールが有していた二色の魔眼。
魔王城で拾った漆黒の鹿杖。
この神聖帝国という国が魔族を敵視し、10年以上も侵略を繰り返す理由。
そのバラバラだった一つ一つの出来事がアタシの頭の中で組み上がり、一つの大きな存在に辿り着こうとしていた。
そして、最後の一欠片。
何故セドリックは人間に祝福を与えてまで、この魔王領を欲しがるのかという根本的な理由にも、アタシは思い当たる節があった。
────大地の宝珠。
アタシの頭の中で完成してしまった、飛躍し過ぎたこの発想を否定出来る要素もまた、現時点で何一つあり得なかったのだ。




