112話 アズリア、魔眼に翻弄される
だが、今の一撃が躱されてしまったのはアタシにとって非常にマズい状況だ。
右眼の魔術文字を発動してなお、普段に比べて重罰の魔眼によって動きが鈍り、攻撃の手を止めてしまった隙に再び大剣の攻撃範囲外にまで距離を離されてしまった。
「……くそッ、また手の届かない間合いまで離れやがってぇ……ッッ!」
『────貴様の一呼吸前の動きが視えるとはいえ
、その物騒な大剣の間合いに何時迄もいれば間違いが起きるやもしれんからな』
そう。
この男が、自分の金の魔眼を過信してくれていれば、まだ一抹の希望があったのだが。
そして距離を空けたところに、再び、いや四度銀の魔眼がアタシを目標に定め、荷重を増大させる魔力が放たれる。
「がッッ?────ぐううううぅぅぅぅうッ⁉︎」
筋力増強の効果を発揮してなお、身体の動きが止まる程の重圧で、大理石の石床が踏み砕かれ亀裂を作る。
四度、魔眼による呪縛により背中から伸し掛かる重圧は、息を吸う動作だけでも激痛が胸に奔り、一苦労するといった始末だ。
『このまま重罰の魔眼で地べたを這いずる虫のごとく押し潰されるのを眺めているのもアリだが。生憎と俺にはまだ魔王を討つ使命が残っているのでな……』
一息で踏み込める距離よりも遥かに離れていったバロールは、背を屈めて今にも床へ押し潰されそうなアタシへ指を一本向けると。
指差したその先端に、魔力の光が集まっていく。
『貫け────聖光閃』
無詠唱で発動させたのは、神聖魔法。
そういえば侵略やら火攻めやら仕掛けてくるので忘れていたが、この連中はほぼ全員がセドリックという神を信奉する聖職者なのだ。
「ぐッ!……があッッ⁉︎」
バロールの指から放たれた一条の細い光が、アタシの左肩を鎧ごと貫通し、肩に奔る激痛に思わず握っていた大剣の柄を離しそうになるが。
何とか歯を食い縛り、無くなりそうだった左腕の感覚を戻して耐えていた。
『なるほど。ただ剣の腕が立つ、というだけでなく精神力も並外れているようだな。だが……一撃耐えたところで、これから起きるのは貴様が死ぬまで永劫に続く神の裁きだ』
その台詞とともに、再びバロールは指先より聖光閃の光条を放ってくる。
先程、アタシの左肩をクロイツ鋼製の部分鎧を貫いた威力からして、あの光条を頭や胴体部に受けたら致命傷は免れない。
「……動かなきゃ……殺られるッッ!」
とにかく今は、あの聖光閃で致命傷を受けないように回避し続けて、反撃の糸口を何とか見つけるまで時間を稼ぐしか手段がない。
「大剣まで穴が空いちまうようなら……そこまでだったって諦めるさあッッ!」
アタシは鍛治師ノウムの腕を信じて。
大剣の幅広い刀身部分を盾のように構えて、致命傷を避けたい頭と胴体部を大剣で庇いながら。
重い脚を何とか持ち上げて、バロールの魔法の的を絞らせないよう、間合いを詰める縦の動きではなく、真横へと鉛のような身体を引きずる。
『無駄だアズリアよ────既視の魔眼』
だが、アタシが先程までいた位置にではなく。
バロールの聖光閃は、アタシが動いたちょうどその方向へ放たれ。
何とか致命傷こそ避けたが、光条は運悪くアタシの右の腿を貫通していった。
「ぐ……あああぁぁぁッッ⁉︎」
『忘れたのか?……俺には、貴様の一呼吸先を視ることの出来るこの既視の魔眼があることを。貴様がいくら回避行動を取ろうが、俺はその先を動けばいいのだから』
左肩だけでなく右脚にも穴を空けられ、叫び声とともにアタシの動きが一瞬止まる。
バロールが何かを言葉を口にしているのまでは理解出来ても、絶え間無く伸し掛かる重圧で頭が回らないのか、何を言ってるのかよく聞き取れない。
だが、この状況がアタシにとって圧倒的に不利に働いているのだけは理解出来ている。
まずはあの聖光閃を防御しないことには、間合いを離されて狙い撃ちされて終わりだ。
そうこうしている間にも、バロールは三発目の聖光閃をアタシ目掛けて撃たんとしている。
荷重による息苦しさで回らない頭で何とか閃いた対処とは、肩から流れる血を指で拭い、その血で身体に描く赤檮の守護の魔術文字。
アタシの魔術文字、先が読めたとして。
止める手段があるのならやってみるがいい。
「我は赤檮に誓う。全てを護る盾よ────yr」
アタシが魔術文字を発動させるのと。
バロールの指先から光条が発射されたのはほぼ同時であり、指から放たれたその聖光閃の光はアタシの左胸へと迫る。
だが、この時ばかりはアタシは笑う。
絶対的な確信を持っていたからだ。
『ほう?……この金銀妖瞳に宿る神セドリックの祝福の前に敵わないと見て、ついに心が折れたか……哀れだな、アズリア』
胸に迫る光条を前にし、剣を掲げて盾にする素振りすら見せないアタシを「諦めた」と思い込んだバロールだったが。
次の瞬間、余裕を浮かべた顔が驚きの表情へと変わる。
『…………何だとっ?……俺の聖光閃がっ、弾かれた、だとっ?』
左胸を貫通せんと迫る聖光閃の光条は、アタシの表面に張り巡らせた赤檮の守護の魔術文字による防御結界に阻まれ、霧散していった。
バロールが大層驚いてくれたのは、今まで魔眼に翻弄されてきたアタシには気持ちの良い話なのだが。
この赤檮の守護による防御結界は、魔王様との決闘の時に、あの魔王の一撃をも耐え切ってみせた強度を誇るのだ。
多少なりに強化されているとはいえ、聖光閃程度の威力で突破されないと……閃いたのだ。
閃いたのは、防御結界を張る事だけではない。
一見、絶望的なこの戦闘の突破口になりそうな重要な事実を、アタシは見抜いたのだ。
「聖光閃」
聖職者が、自身の信仰心を神聖な魔力へと変換し、その魔力を圧縮して対象へと光線の形で撃ち出す神聖魔法の基本的な攻撃魔法である。
通常魔法でいうと中級魔法級の難易度でもあり、神聖な魔力だけあって本来は亡者や魔族へ高い効果を発揮するが、普通の人間に対する殺傷力をも兼ね備えている。
暗黒魔術の「呪魔弾」とは対極にある魔術構造となっていて、互いの威力にかかわらずこの二つの魔法が衝突すると対消滅する。




