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108話 アズリア、帝都の現状を視察する

 ……あり得ない。


 だが、現実に今アタシの目の前では帝都の住民らが、殺害された巫女の仇討ちだと大騒ぎし、一部の人間は武器を持ち出し始める始末だ。

 

 自分の耳を疑うように、アタシはノウムと一緒に先程は入るのを躊躇(ためら)った帝都へと、足を踏み入れてその様子を確かめてみる事にした。


「魔王サマが……城に攻め込まれた報復に?……いや、でも、だとすると……おかしい。絶対におかしい……」


 確かに、アタシは魔王様(リュカオーン)の能力の全てを決闘で見たわけではないし、魔王様(リュカオーン)の全貌を知っているわけでもない。

 だから、帝都の住民らが騒ぐようにその巫女とやらを暗殺出来るだけの手段を持ち合わせているかもしれない。

 

 だが、魔王様(リュカオーン)は絶対にそんな安直な手段には出ないと断言出来る。


 そもそもの話、そんな直接的手段が取れるのなら、アステロペから聞かされたようにこの神聖帝国(グランネリア)と10年以上も小競り合いを引き伸ばす筈がない。

 とうに魔王様(リュカオーン)が帝都に乗り込み、帝国という国家とその人間らを残らず駆逐しただろうから。


 それに……これは完全にアタシの私的な見解だが。

 魔王様(リュカオーン)がアタシを花嫁にするために真っ向から勝負を挑んできたように。

 彼なら暗殺なんて姑息な真似はしない、いや出来ないと思う。

 ……だって魔王様(リュカオーン)、馬鹿正直だから。


 と、そんな事を考えながら歩いていたアタシらを無視して住民らが狂乱する様を、帝国の立場ある人間が誰も鎮めようともせず、次第に騒ぎは大きく、武器を持つ住民も増えていった。

 

「ね……ねぇアズリア、人間たちの怒りの感情がどんどん高まっていくけど、これ……放置していいわけ?」


 そう言いながらノウムがアタシの腕に怯える様子でしがみついてくる。

 どうやら大地の精霊(ノウム)は人間の感情を視覚として感じることが出来るらしい。

 ……そう言えば、確か水の精霊(ウンディーネ)が同じように心を読む能力があったような。


「そりゃまあ放置出来ないけど……今のアタシにゃどうする事も出来ないよ────だけど」


 確かに最初の思惑だった、帝国の内情を調べて魔王陣営(アタシら)に協力してくれる人間を探すのは、この狂乱ぶりでは早くも頓挫(とんざ)したが。

 ならば。

 アタシの本来の目的でもある、セドリックという神の正体を確かめてやろうと思い。

 ついでに、ネレイアという巫女とやらが死んだ真相も調べてみたい。そもそもアタシは巫女が「魔王サマに殺された」などと微塵も信じてはいないのだから。


「だからこそ、住民を巻き込まずに帝国のお偉いさんを丸裸にする好機だと思うんだよねぇ」


 そう言いながら、アタシはとある建物を指差す。

 この帝都の何処にいても目に入ってくる、都市のど真ん中にある大きな教会だか神殿だかの真っ白な建造物、大聖堂(そこ)へ向かってみることにした。


「え?……ちょ、ちょっとアズリア?……貴女(あなた)面白いことがあるから着いて来いって言ってたじゃないのっ?」

「……相手の本拠地に殴り込むんだぜ、楽しくなってこないかい?」

「ならないわよぅ⁉︎……わ、私帰るううう?」


 アタシは一歩後退(あとずさ)るノウムの手を掴むと、腰を落として都市中央の建造物へと駆け出していく。

 アタシに手を引かれる体勢で、無理やり同行させれてしまったノウムは、今さら同行したのを後悔するような言葉を吐くが。

 そりゃ、アタシだってまさか魔王城に強襲してきた帝国に意趣返しをするような形になったのは不本意ながらなのだ……許せノウム。


 しかし、こうしてアタシがノウムを引き連れている間にも、激昂する住民は巫女とセドリックの名前を連呼しながら集団を作り、帝都の外へと向かっていく様を目にしていた。


 本来ならば、住民が不用意に興奮し戦場に出ようとするのを領主や立場ある人間が止めるものだ。

 正直に言って、訓練を受けていない住民が戦場に立っても戦力になるどころか、正規の兵士が混乱し戦況を悪化させるのが精々だからだ。

 にもかかわらず、神聖帝国(グランネリア)の偉い人は住民の不用意な蜂起を止めようとせず、為すがままにさせている……という事は。

 

 何かの理由で死んだ巫女を、魔王陣営(アタシら)との戦いに利用し、住民らをも戦場に引きずり出すつもりなのか。

 最悪、巫女は死んだのではなく帝国内部の偉い人にその死を利用するために殺害されたのではなかろうか。


 さすがにアタシのこの推測が本当だとしたら。

 セドリック信仰とは、自分の信者を残らず死地へと送る教えであり、信者である住民らもまたそれをよしと承諾している、ということになる。


 狂信者どもの宴。

 それは、もはや笑えない冗談だ。


 そしてアタシとノウムは、都市中央部にある巨大な真っ白の建造物へと到着する。


「……てっきり想像じゃ此処(ココ)だけ警備がしっかりしてるもんだと思ってたんだけどねぇ」

「……ね、ねえアズリア……今ならまだ間に合うわよ?……ひ、引き返さない?」

 

 到着した途端にノウムはずっとアタシの腕にしがみつきながら、身体を縮めて背中の後ろに隠れていた。

 その理由は明らかだ。

 何故なら、この白い教会だか神殿だか、建造物の内部からは物凄い殺気と圧力を感じ取れたからだ。


 その殺気は、魔将軍コピオス以上。

 その圧力は、焔将軍ロゼリア以上の。

 ……いや、もしかしたら魔王様(リュカオーン)以上かもしれない。


 まだ建物の外からだというのに、発せられた殺意と圧を感じたアタシの、頬に伝う一滴の冷や汗。

 思わずアタシは背中の大剣の柄を握り締めてしまっていた。

 それなのに、だ。


「ちょっと、こんな状況で何笑ってるのよっアズリア」

「……笑ってる?……アタシが?」


 ノウムに指摘されなくても理解していた。

 口角が上がり、口端が広がって笑みを浮かべていたのを。

 そう。冷や汗をかき、思わず剣に手が伸びるような相手が待ち受けるこの状況を、アタシは楽しがっていたのだ。


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