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103話 アズリア、大剣の修繕を手伝う

 アタシは今、とんでもない火力を誇る特製の炉の前で、金属を鍛えるための大鎚(ハンマー)を握らされていた。

 しかも装着していた部分鎧(ポイントアーマー)を脱がされた、大地の精霊(ノウム)と同じく身につけているのは胸と股を隠す布一枚ずつ、という格好で。

 つまり、金属を鍛える手伝いをしろというのは理解出来たが。


「……熱ッ?……こ、コレって近づくだけでも肌がジリジリ焼けちまいそうな火力だ……一体何をどうしたらこんな火力になるってんだ……」


 にしても、この鋳造炉の火力だ。

 普通の鍛冶場の炉とは比較にならない上に、記憶の中にあるダルク爺の工房にあった鋳造炉と比べても高い火力を発する、尋常ではない火力なのだ。


 この工房の主、大地の精霊(ノウム)言わく。


「うふふ、地下深くから掘り出した『燃える石』を、地底に流れる溶岩を利用して燃やしているのよー」


 そう言って、炉に使われている「燃える石」なる子供の握り拳程度の大きさの物を一つ、アタシへと見せてくれた。

 なるほど、石というだけあって表面は堅く、黒曜石(オブシダン)のような光沢のある漆黒をしているし、魔力は全く感じない。  


 そして、普通の人間の男でも一人では持ち上げられない重量のアタシの大剣を、その細い腕で持ち上げる大地の精霊(ノウム)


「アズリアの剣を鍛造した鍛治師は、低い火力の炉ながら、精霊との契約だったり色々な工夫を盛り込んで作られた傑作だと思うのよー……でも」


 持ち上げたアタシの大剣を躊躇(ちゅうちょ)することなく、赤白く燃え盛る炉の中へと投入していき。


「まだまだ剣を構成する金属には、硬度を上げるのに邪魔な不純物がたくさん混じってる。それがこの剣の寿命を縮める原因にもなってるの。だから────」


 炉に焼べられた大剣が、尋常でない火力に当てられ、みるみるうちに真っ赤に変化していく。

 加工出来る温度まで剣を焼いたら、炉から取り出して(ハンマー)で剣を叩き、不純物を取り除きながら、剣の内外に付いた細かな傷や歪みを直していく。


「この剣を蘇らせるためには私だけじゃなく。この剣の使い手であるアズリア、貴女(あなた)の協力が必要なのよー」

「この剣を……蘇らせる、か」


 詳しい説明もされずに、鍛治の手伝いをする流れに持っていかれた形ではあるが。自分の愛用する武器が壊れることを喜ぶ馬鹿はいない。

 そう言われてしまうと、要請を断る選択なんて選べないではないか。


「わかった、引き受けるよ。で?……鍛治に関しては素人同然のアタシに一体何をやらせるつもりなんだ?」


 鍛冶の手伝いを承諾したアタシに、大地の精霊(ノウム)が指示してきたのは。


「アズリアが、今までこの剣と戦ってきた記憶を思い出しながら、渡した大鎚(ハンマー)で剣を叩けばいいのよ」

「……え?そ、それだけでイイのかい?」


 ただ大鎚(ハンマー)を振るう、それだけだった。

 アタシはてっきり、もっと難しい技術的な事を要求されると思っていただけに、思わず聞き返してしまうのだが。

 

「うふふ。アズリアにお願いしてるのは、鍛冶の手伝いじゃないの。この剣に、貴女(あなた)という使い手の生命を吹き込み、分け与える……いわば、儀式ってやつねー」


 その大地の精霊(ノウム)の言葉を聞いて。

 7年前にダルク爺の工房でいきなり素人のアタシに(ハンマー)を握らせ、まだ剣の形にもなっていなかった焼けた鋼の塊を叩かせられた時の記憶が頭に浮かぶ。

 

 そうだ。

 確かあの時も、素人のアタシが(ハンマー)を打ち込むたびにダルク爺から飛び交う罵声や暴言の合間に「想いが足りん」とか「貴様が描く武器とは何だ」といった言葉を聞いた気がした。


 つまりは7年前もアタシは、知らずにこの大剣にダルク爺によって、自分の感情や想いを込めていたのかもしれない。

 それと同じ工程を、大地の精霊(ノウム)に求められているのだ。


「おっと……話している暇はないわよー、剣の焼き入れは終わったから、あとは私と貴女(あなた)で……ひたすら、叩くっ!」

「おうッ────うらあああッ!」

「ちょっと!……アズリアはこの剣を壊したいのっ?」

「い、いや……想いを込めろ、と言われたから気持ちを入れて大鎚(ハンマー)振るったんだけど……」


 ダルク爺の時と同じだ。

 やはり、怒られるのは変わらないらしい。

 それでも、この工程でアタシの大剣はまた蘇る。三振りなんかで終わりにはしない。叱られても構うものか、アタシは今まで剣に世話になった、その気持ちを込めて大鎚(ハンマー)を振るう。


 細かく小鎚(ハンマー)を真っ赤に焼けた大剣へと落としていく大地の精霊(ノウム)に合わせるように、大鎚(ハンマー)を振るうアタシ。

 しばらくすると鍛える温度から冷めていくため、再び大剣を炉に投入し、真っ赤に焼けたらまた二人で鎚を振るっていく。


 その工程を何度か繰り返していくうちに、叩いた鎚から鳴る音が違うことに気が付く。

 鈍い音を響かせた時に大地の精霊(ノウム)が厳しい表情を浮かべ、決まって叱り文句が飛んでくるが。

 鋭いような、澄んだ音が叩いた鎚から響くと満足げにアタシへ笑みを浮かべてくる。


「今のは会心の叩き方よっアズリア!……その調子っ」


 修繕を開始してから初めてアタシは、大地の精霊(ノウム)からその振るった大鎚(ハンマー)を褒められる。

 人間の心というのは実に単純な構造をしており、ただ一度だけの褒め言葉だとしても、その言葉が心と、そして身体を奮い立たせるものなのだ。


 アタシの振るう大鎚(ハンマー)にも力が入る。

 本当に僅かずつではあるが、どの角度で、どの程度の力加減ならば、どんな音を鎚が鳴らすのか。

 その理屈というか、コツが掴めそうな感じなのだ。


 熱心に大鎚(ハンマー)を振るうアタシを、ジッと観察するような視線を向けた大地の精霊(ノウム)がボソリと小声で何かを呟いていた。


「……ふぅん。これは、なかなかの逸材ねえー……確かにここまで真剣な眼差しされたら、大樹の精霊(ドリアード)氷の精霊(セルシウス)が入れ込むのも確かにわかるわあー……」


 だが、何を言ったのかは打ち鳴らす(ハンマー)の音で聞き取ることが出来なかった。


「なあ大地の精霊(ノウム)っ、今何か言ったかい?」

「……何も言ってないわよー。それより大鎚(ハンマー)を打つのに集中して!」


 本来ならば、鍛冶の工程中に対象から目を離すことなど滅多に無い大地の精霊(ノウム)だったが。

 この短時間で、大した鍛冶の経験のないアズリアが数十回に一回程度の低い確率で、ではあったが鍛治師としての自分を唸らせる会心の鎚を打つ。


 多分アズリアは気付いていないのだろうが。

 それがどれ程、凄い事なのか。


 そんな大地の精霊(ノウム)の心情など気付かぬまま、アズリアは愛用の大剣を蘇らせるために大鎚(ハンマー)を振るい続ける。


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