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101話 アズリア、鍛治師の元へ赴く

 あの後、バルムートは驚く程あっさりと、デモニカ鉄を鍛造した鍛治師の情報を教えてくれた。

 その時のバルムートの顔が、何かを企んでいるような表情だったので、きっとその鍛治師は何かしらの訳あり(・・・)なのだろう。


「……っと。この洞窟で間違いなさそうだねぇ」


 聞いた話では、この洞窟にはノウムという老婆が、珍しく子弟を置かず一人で鍛治を行っているらしいのだが。

 一人が珍しい、というのは。鍛治という作業は非常に手間と細かな力加減が必要となる。それを一人で行うよりも、助手を付けて補助させる場合が殆どなのだ。


 まあ……例外はあるもので。

 アタシの大剣を鍛えてくれた鍛治師ダルクもまた、一人で鍛治を続ける人嫌いで噂の変わり者だった。


 これは、7年も前の話だ。

 アタシが故郷の帝国(ドライゼル)を出奔し、一人世界を放浪すると決め、そのための武器を頼み込もうと工房へ訪れたアタシを見るなり。

 唐突に「……手伝え」と無愛想な言葉と一緒に、鍛治用の相鎚(ハンマー)を手渡してきた一人の老齢の岩人族(ドワーフ)によって、アタシが今背中に背負っているこの大剣の鍛造を、なし崩し的に手伝わされたのだ。

 それがアタシと、伝説の鍛治師ダルク爺さんとの初顔合わせであった。


 力加減を間違えたり、鎚を打つ角度が合わなかっただけで何度となく罵声や怒声を飛ばされながら鍛治を続けること三日後。

 ようやく鍛造し終え完成した、見た事もないような長さと広い刀身の巨大な剣をダルク爺さんは指差し、アタシにただ一言だけ。


『────持っていけ』


 と告げて、見ず知らずのアタシに7年もの間、折れず壊れず戦場の相棒として振るってきたこのクロイツ鋼製の大剣を託してくれた、という経緯を思い出す。


 ……懐かしい話だが、感慨に浸りたいわけではない。

 つまりは、この洞窟で鍛治をするノウムという老婆もまた、ダルク爺さんと同じ程度の人嫌い、もしくは変わり者の可能性が高い、という事だ。


「邪魔するよぉ。さて……挨拶は済ませたからねぇ」


 初見の相手に会うという事で入り口で声を掛けてみるが、案の定洞窟の奥からの反応はない。

 アタシは気を引き締めて、洞窟へと足を踏み入れ内部へと進んでいく。

   

 洞窟は一本道ではあるが、意外なほどにその道は長く右回りに曲がりくねっており、壁の至る所には視界を照らす光った石が嵌め込まれ、緩やかな下り道となって伸びていた。

 しばらく歩き続けると、洞窟の内部が鎧の内側だけでなく額も汗ばむ程に暑く感じるようになり、そして……聞こえてくるのは金属を打ち鳴らす、甲高く澄んだ聞き覚えのある(ハンマー)の音。

 

 そして、ついに洞窟の最奥部へと到着すると。

 そこには、ホルハイムの鍛冶場で見たのとは比較にならない火力の炉が中央で赤白く燃え盛っていて、その他の設備も通常の工房では中々お目にかかれないような一流の品が立ち並んでいた。


「あ、熱ッつ!……な、なんて火力だい、ありゃ……」


 まるで火山の火口の底に溜まった溶岩のように煌々(こうこう)と燃え盛る中央の炉から、絶えず噴き上げていた紅蓮の炎によって。

 鍛冶場に足を踏み入れただけなのに、晒したアタシの褐色の素肌が(あぶ)られそうになる。

 

 そのとんでもない火力の炉で金属を真っ赤になるまで焼き、その真っ赤な塊に大きな(ハンマー)を振り上げ、叩いて金属を鍛えていたのは。

 バルムートから聞いたノウムという老婆ではなく、アタシと同じ褐色肌で頭の上で結った金髪の、見目麗しい女性であった。

 

 その女性は、工房に足を踏み入れたものの作業中で声を掛けるのを躊躇(ためら)っていたアタシへ、あくまで視線は鍛えている金属に向けたまま。


「……ちょっと待っててねー。作業が一区切りつくまでやっちゃわないと金属(このコ)が駄目になっちゃうからー……」

「お……おぅ……えっと、なんだかなぁ……」


 アタシに掛けられた緩やかな口調から感じる彼女の雰囲気に、思わず肩透かしを食らう。

 ……てっきりアタシは、ダルク爺さんのように言葉少なく、もしくはいきなり工房に足を踏み入れた事を怒鳴られるくらいは覚悟していたのだが。


 それから程なくして。

 鍛えていた金属の加工が、言葉通り一区切りついたところで振るう(ハンマー)を置いて、初めてアタシへと向き直ると。


「貴女がアズリアねー?……本当は私から出向いて御礼を言わなきゃ、って思ってたのよー。ありがとう、本当に貴女(あなた)には感謝してるわー」


 アタシへと駆け寄ってきて、両手でアタシの手を握り締めてきたのだ。

 しかも、彼女が感謝の言葉を口にしているのだが、今アタシは彼女が誰だか皆目見当もつかない状態なのだ。


「え、えええ?……い、いや、アタシはここにノウムって鍛治師に用があって会いに来たんであって……え、ええと、何処かで会ったことありましたっけ?」


 鍛冶の作業をしていたということもあり、肌に纏っているのはほぼ布一枚。

 アタシも胸の大きさには自信があったが、目の前の彼女の褐色の胸はアタシの一回り上の大きさがあり、今にも溢れてきそうなのもあってか。

 女同士であっても目のやりどころに困ってしまい、困惑しながら思わず目を逸らす。


 どうも見た感じ、目の前の女性は魔族や獣人族(ビースト)には見えないが。彼女に会った記憶などないのに、何故だか懐かしい感覚を覚えてしまうのだったが。


「うーん……私がアズリアに会ったのはこれが初めてねー?……でも貴女(あなた)が魔王の城にあった大地の宝珠(クリスタル)を解放してくれたのは知ってるわー」


 「大地の宝珠(クリスタル)」という単語が彼女の口から出たことで、少しだけ身構えてしまうアタシ。

 モーゼス爺さんやアステロペから、あの宝珠(クリスタル)の存在は、決して他では漏らさないよう何度も釘を刺されていたのだから。


「なぁアンタ……一体、何者なんだい?」


 それを何故この女が知ってるのか?

 そして、鍛治師ノウムは何処に行ったのか?

 多分この女は、アタシが知りたいその答えを全て知っているはずだ。


「あれー?……もう貴女(あなた)なら気付いてくれてるものだとばかり思ってたんだけどなー、うふふ」


 一本立てた指を唇に押し当てて、不思議そうに首を傾げる仕草を見せる。

 その仕草に、少しだけ苛立ちを覚えたアタシを気にすることなく、彼女はその緩やかな口調を変えずに言葉を続ける。

 

「うふふ、はじめましてアズリア、私がノウムよー……正真正銘の。老婆の姿だったのは、あの宝珠(クリスタル)からの魔力供給を絶たれていたから、弱っていたからなのよー」


 …………は?

 今、何と言ったのか。

 確かに、宝珠(クリスタル)から魔力が供給されたから老婆から今の姿に戻った……そうノウムの名乗る女性は言った気がするが。 

 いくら大地の魔力に近しい種族である岩人族(ドワーフ)であっても、魔力を受けて若返るなどという話は聞いたことがない、のだが。


「だってえ、私は大地の精霊だものー。うふふっ」


 その一言で、アタシの疑問は氷解した。

 と同時に、アタシは凍り付いてしまったが。

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