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100話 巫女ネレイア、最後の賭け

 ────神聖グランネリア帝国。

 帝都ネビュラスの中央に建てられたこの帝国の守護神セドリックを祀る大聖堂。

 

「────今、何と⁉︎……竜王(ティフォーン)、それに剛毅(パワー)賢聖(ミーティア)の三人が、ぜ、全滅、だと言ったのですか?」


 その聖堂の最奥にある祭壇では、純白の被り付きの外套(マント)で顔や口元を隠した「魔弾(タスラム)」からの報告を聞き。

 憤慨した表情を浮かべ、持っていた銀の錫杖を激情に任せて、祭壇の下にて片膝を突き控えていた魔弾(タスラム)へと投げつけていく銀髪の巫女(ネレイア)

 錫杖は、微動だにしなかった魔弾(タスラム)の真横へとガシャン!と盛大な音を祭壇の間全体に響かせ、床へ転がっていった。

 

「い……いくら魔王の力が強大だとは言え、神セドリックの祝福、しかも神器まで授かった勇士が三人がかりで……傷一つ残せないなど……し、信じられません……」


 実はあの場、魔王城へと向かったのは三人ではなく、魔弾(タスラム)を含めた四人だったのだが。

 もし、全員で戦いを挑み敗北したとなれば、その敗北を報告する役割を誰が負うというのか。

 そう考えた魔弾(タスラム)は、魔王との戦闘には参戦せずに気配を完全に隠蔽し、身動き一つ取らずに戦況を観察していたのだ。

 ……モーゼスや魔王リュカオーンの鋭敏な感知の網に掛かる事なく。


 浄罪部隊(セクリタテア)を指揮するために、1年程度の寿命を神セドリックへと代償とした軽めの祝福を授けたアディーナとは違い。

 竜王(ティフォーン)剛毅(パワー)賢聖(ミーティア)、そしてこの魔弾(タスラム)に授けた祝福には、代償としてそれぞれ5年、合計して20年もの寿命を捧げたのだ。

 それが、魔王の前にかくも容易に敗北した。


 この世界の人間の平均的な寿命は、およそ60年。

 元々は10代後半の少女だったネレイアは、この度の儀式の代償を加えれば、既に人生の半分を喪ってしまった算段となる。

 しかも神セドリックから祝福を承け(たまわ)うための儀式は、ただ寿命が縮むという理屈ではない。


 前回の儀式を終えた巫女ネレイアの外見は、20代後半にまで大人びていた。

 それは何を意味するのかというと、儀式の代償は寿命と……そして対象の若さをも喪っていくのだ。

 その事が如何に神に身を捧げたとはいえ、10代の少女にとって重大な決断であったのか、想像も出来ない。


 だが、それすらも無意味に終わった。

 こちらの甘言に乗って魔王軍の内情を洗いざらい吐き出してくれた異端(レオニール)と、わざわざ脅威となる大群を率いて島を去ってくれた馬鹿(コピオス)


 それらが生み出した大きな隙を突き、国境沿いに帝国兵を広範囲に展開し大規模な陽動を仕掛けて、魔王城から戦力を前線に釣り出し。

 元々の薄い護衛にさらに拍車をかけ手薄になった本拠地へ最大戦力を投入し、神セドリックが与え(たも)うた魔剣(ティガ・スパーダ)魔杖(ケルヌンノス)を掲げ、魔王リュカオーンを討ち果たす。


 そう図面を描いていたこの度の作戦だったが。

 結果は、竜王(ティフォーン)剛毅(パワー)賢聖(ミーティア)と貴重な駒を三人とも失う最悪の結果となった。

 寧ろ、魔王らがこの帝都ネビュラスへ逆に侵攻されていたとしたら、我々は為す(すべ)無く白旗を挙げるか、異端に頭を下げる生き恥を受けるならと捨て身の突撃をするかの二択しか残されていなかったろう。


 ……いや、戦況の圧倒的な劣勢は変わらない。

 こちらの陽動や本拠地への強襲で与えた被害を復興、回復を魔王軍が終えれば、やはり帝都へ侵攻してくる可能性は高いのだ。


「……で、ですが、我々は負けない。いや……我らは神セドリックの加護と祝福を受けている唯一の人間、それが魔族や獣人族(ビースト)などに負けることなどあってはならないのです」


 銀髪の巫女(ネレイア)は、一つの覚悟を決める。


 それは、たとえ自分の生命の全てを神に捧げようとも、魔王との戦いに勝利するという崇高な意志。

 最悪、自分が生命を落としても、帝国の行く末は円卓に着く人間らが担ってくれるだろう。


 銀髪の巫女(ネレイア)は、この祭壇の間に所用を言い付けるための人間を呼び寄せるために、錫杖の先を床に叩こうとするが。

 そのための錫杖は、先程苛立ちのあまり魔弾(タスラム)へと投げつけてしまっていた事に気付き、風魔法を使い声の音量を大きくしてから。


「────誰か!……誰かいないのですか!」


 巫女が声を上げる事態に、所用を聞く役目の聖職者だけでなく、武装した聖堂騎士(テンプルナイツ)らまでもが祭壇の間へと駆け付けてくる。


「な、何事でございますか巫女ネレイアっ?」

「……いえ、聖堂騎士(テンプルナイツ)の皆様、何でもありませんので下がって結構です。それと……」


 まさか癇癪(かんしゃく)を起こして錫杖を投げたから声を掛けることになったなどと、彼らに神セドリックの巫女として相応しくない行為を説明するわけにもいかず。

 聖堂騎士(テンプルナイツ)らへ頭を一礼して下がらせる一方で、巫女は言葉を続ける。


「……あの二人、ルーとバロールをここへ」

「あの二人を、ですか?……ですがあの二人は魔王軍の侵攻に備えて、それぞれの部隊の指揮を任せておりますが……」

「分かっています。ですが、これは魔王軍に勝利するため、引いては魔王リュカオーンを討ち果たすためなのです。急いで下さい」

「しょ……承知しましたっ!至急……あの二人を大聖堂(こちら)へと呼び寄せます!」


 ルーとバロール。

 暗躍させる浄罪部隊(セクリタテア)とは違い、帝国軍の主力ゆえに魔王軍との戦場には出さず、あくまで帝都ネビュラスとセドリック大聖堂の防衛に専念させた帝国子飼いの精鋭部隊、聖堂騎士(テンプルナイツ)

 その中において、一、二の実力を誇り、また神セドリックへの信仰心にも厚いのが、その二人なのだ。


 最初はこの二人を魔王城への強襲のために送り込もうと思ったが、帝都の防衛戦力を削ることはないと考え温存しておいたのだが。

 事ここに至り、自分の判断や予想が甘かったのだと悔いるばかりだ。

 そう、我ら神聖帝国(グランネリア)が剣を向けている相手とは、人間の永遠の宿敵である「四天魔王(フォーゼリオン)」の一体、魔王リュカオーンなのだ。


 20年……いや、若しくはそれより少ないかも。


 自分に残された命運がどの程度なのか、それは人間の身である巫女には知り得る事ではないが。

 今、銀髪の巫女(ネレイア)は、自分に残された寿命の全てを神セドリックへと捧げるつもりでいたのだ。


 それは言い換えれば……信仰ゆえの「狂気」。

 狂信者ゆえの常軌を逸した感情とも言えるのだが、生まれた時から神セドリックの加護を受け、数多くの候補者から選ばれた彼女(ネレイア)にとっては、それで本望なのだろう。


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