98話 アズリア、魔女と語らう一時
こうして、アタシはユーノと一緒にもう一度、城とあの飛竜と戦った場所とを往復して死骸を運搬することとなり。
途中からは、アステロペの指示を受けた魔族らが二頭ほどを荷台に乗せて、運搬を手伝ってくれたのだが。
結局はアタシらが三往復して運び終えたのだ。
城の前に積み重ねられた、運び込まれた10頭の飛竜の死骸を見たアステロペが、呆れたような口調で。
「……しかし、こうして見ると盛観だな。飛竜が10頭とは、これが本当に棲み着いていたなら、集落の一つ程度はなくなっていたぞ……」
そう言い終えると、地面に腰を下ろしていたアタシへとチラッと何か言いたげな視線を送ってくるので。
「まあ、アタシとユーノで召喚した飛竜は残らず倒したから、その辺は心配しなくても大丈夫なんだけどねぇ……」
昨晩の治療行為から連日で、魔術文字を連続で使用したことでさすがに魔力が底を尽きかけていたアタシは思わず、アステロペから顔を逸らしてしまう。
それにしても。最近は右眼に宿した筋力増強の魔術文字を発動させた後でも、筋肉痛の後遺症が残ることも少なくなってきた。
ここ最近で、魔術文字の後遺症で筋肉痛になった記憶と言えば、一月以上前にホルハイムでドライゼル帝国との決戦に挑んだ後くらいだ。
その理由も、おおよそ見当は付いていた。
師匠から譲渡された、生命と豊穣の魔術文字だ。
「……うん。わかるよ、右眼の魔術文字みたいに身体に浮かび上がりはしないけど、師匠の魔術文字がアタシを護ってくれてるのは感じる……」
魔術文字を譲渡してくれた時に、アタシの身体を案じてくれた言葉通りに。身体に宿したこの魔術文字は、たとえ文字を記して発動させていない時でも、持ち主であるアタシの身体を僅かずつではあるが癒やしているのだろう……と。
確証こそないが、アタシはそう推測している。
そんなアタシへと差し出されたのは、握り拳程の大きさの木の器に入った湯気を上げた粥だったが、いつも食していた白っぽい穀物粥ではなく草が煮込まれた濃緑色の粥だった。
立ち昇る湯気とともに、中々強烈な草の臭気が漂う。
「……食べるがいい。その粥には僅かだが魔力を回復する薬草を入れて煮込んである……安心しろ。私もよく食べる粥だ、毒など入っていない」
その粥の入った器をアタシの前に差し出してきたのは、なんと……アステロペだった。
どうやら彼女は、アタシが師匠が託した想いに耽っていたその間に、今の魔力を大きく消耗したアタシの状態を見て、この薬草粥を用意してくれたらしい。
「あ、ありがと、アステロペ」
「…………ふん。さっさと食べろ」
一言、礼を口にすると。
アステロペは頬を赤くしながら、今度は彼女のほうがアタシから視線を逸らすように顔を背けてしまう。
色々と小言が口喧しかったり、何かとアタシを対抗視してくる悪い癖こそあれど、アステロペは基本的に優しいのだ。
アタシへの口調が厳しいのもアステロペが悪いのではなく、寧ろ彼女という婚約者がいながらアタシへ求婚してきた魔王様の態度がそうさせたのだ、と理解している。
その事については、既に魔王様には何発か拳を叩き込んでおいてある。
是非、魔王様には猛省して欲しい。
匙ですくった薬草粥を口に運ぼうとすると、鼻を突く強烈な草の臭いで匙を持った手が止まる。だがこれはアステロペがわざわざ用意してくれたものだ。
覚悟を決めて目を瞑り、粥を口に入れる。
「うッ?……うぐぐぐぅぅ……ぷはあ!……うえぇぇぇに、苦ああぁぁぁッ!」
口いっぱいに広がるのは圧倒的な苦味だった。
その苦味は、まるで甘味や塩味酸味など味を感じる部分が全て苦味に塗り潰されていく感じ。
喩えるならば、地面に生えた草を土ごと口に放り込まれたような、そんな感覚であった。
「……一々騒がしいな貴様は、そこまで大層な苦味ではなかろう……まったく」
そんなアタシが持っているのと同じ薬草粥を、平然とした表情で飲み続けるアステロペ。
一口で匙を止め、口の中から溢れそうな苦味に悶絶しているアタシの様子を、冷たい視線を送っていた。
「貴様のことだ……飛竜の肉は長持ちするからな。その辺まで見越した上で飛竜を城から距離を離した安全な場所で召喚魔法を使用したのだろう?」
「……その辺は、この辺り一帯の地理に自信持ってたユーノに頼らせて貰ったけどねぇ」
そう。
何故か理由はよく分かっていないのだが、竜属の肉というのは他の獣肉と比較すると格段に腐りにくい。
それは魔獣に堕ちたとはいえ、竜属の一種でもある飛竜も例外ではない。
あまり竜属が討伐される事例が少ないので、普通には知られていないことではあるが。
なので、まだ食糧が安定して確保出来る状況が整っていない現状において、干し肉として長持ちさせる加工を施さなくとも生肉のまま長期間保存が利く飛竜は最適だろうというのが。
召喚した時に、わざわざ飛竜を選択した理由でもあったのだ。
「それで……アズリアよ。貴様の言うように、女子供らを連れて魚とやらを釣り上げてきたが、あの魚とやらはどうやって食すというのだ?」
「……うわっ?……いや、これはまた、初めて釣りを覚えた連中だとは思えないくらいの大漁だねぇ……正直言って、驚いたよアステロペ」
「そうだろう。これだけ大量の魚ならば貴様も文句の言いようがあるまい?」
アタシはここでようやく、アステロペ一行らの釣りの成果である、多数の木桶に入った大量の色々な種類の川魚を見て。
釣りを教えたのは間違いじゃなかった、と思わず拳を握り締めていた。
だが川魚は飛竜とは真逆に、保存が利かず腐りやすい食材である。
なので、野営の定番とも言える川魚の塩焼きと、あともう一つ……アタシの知ってる保存食を作ろうと思う。
「なら手っ取り早く、この魚を食べられる方法を教えたげるから。まずはアステロペ、何箇所かで火を起こしてくれないかねぇ。それと……」
そしてアタシは、川魚を塩焼きにするために彼女の目の前で、適当にこの辺りに落ちていた木の枝を串に仕立てて、川魚を串刺しにして見せた。
続けて、腰にぶら下げた道具袋から取り出した岩塩の塊を指で砕いて粒状にすると、串刺しにした川魚へとパラパラと振り掛けていく。
「これで準備は終わりさね。岩塩の固まりはアンタに渡しておくのと……あと、魚は半分ばかり取って置いてくれないかね?」
「その半分の魚、どうするつもりだ?」
「気になるかい?……なぁに簡単だよ、この魚を長持ち出来るように魔法を掛けるだけさ」
アタシが保存が利くために作ろうとしているのは、魚の燻製だった。
焚き火で直接焼くのとは違い、腹を割いて内臓を抜いた魚を火に当てずに、焚き火から湧き上がる一晩ほど煙で燻せば、この保存食は完成する。
アタシも旅の途中、釣りに耽り過ぎて獲り過ぎてしまった魚をこうして保存食に変え、旅のお供にしていた経験がある。
燻製にした魚はもちろんそのまま食べる事も出来るが、細かく砕いてパン粥に混ぜたりするし。酒場の食事でも、蒸して潰した芋に混ぜた料理が出てきたりと、人間社会では一般的な食材なのだ。
そんな城の前に群がるアタシたちに、遠くから掛けられる大きな声。
「──おお!何だ何だ、アズリア殿もアステロペも、皆も既に帰還していたとはな!がっはっは!」
遠くから聞こえてきたのは、こちらと何やら大きな荷物を背中へと抱えていたバルムートの声だった。




