97話 アズリア、獲物を披露する
楽しそうに鼻歌を歌いながら歩いている子供たち。
大量の木桶に、川で釣り上げた魚を抱えたアステロペらが、太陽が真上から落ちかけた頃に城へと帰還してくる。
帰還する予定にはかなり早い時間となるが、魚を運搬するための桶がすべて埋まり、足りなくなったので仕方なく終了したのだ。
釣りを切り上げる、と指示を出した時には子供らに泣き出しそうな顔をされたが。
「まさか、念の為に多めに持ってきていた桶が足りなくなるとはな……釣りという手段、意外に侮れんな」
桶の中で水飛沫をあげてまだまだ元気な魚を、腕を組んで眺めながら。
アステロペはあらためて「釣り」という行為が自分たちにもたらしたその成果を考えていた。
神聖帝国の兵士どもの襲撃で、住む家を焼かれ、少なからず犠牲者が出たのだ。女子供らの心の傷を癒すのは時間だけだとばかり思っていたのだが。
笑顔なのは子供らだけではない、同行した女らも一様に嬉しそうな表情をしていた。どうやら釣りが良い気晴らしになったのは間違いないのだろう。
「これは、ふぅ……いくら恋敵とはいえ、あの女を悪し様に言った事は反省せねばいけないようだな」
アステロペは、当初からアズリアの提案に懐疑的な態度を取っていたが。こうして結果を出された以上、彼女への個人的な評価も変更せねばならない、と考えていた。
そんな矢先。
「お──いっっ! アステロペちゃ──んっ!」
遠くの方角から、アステロペを「ちゃん」付けで呼ぶ大きな声が響いた。
考えなくても分かる。あれは、ユーノ様の声だと。
アステロペが声が響いてきた側へと視線を向けようと振り向くその刹那。
……ふと、彼女の頭に過ったのはユーノが何の役割を受けていたか、だった。
そんなアステロペの視界に映った光景とは。
先程まで彼女が先導していた子供らと同じ体格のユーノが、両腕に巨大な籠手を装着したまま、身体以上に大きな物体を持ち上げていた姿だった。
「よお、アステロペ」
「お、おいっ……何を抱えてるっ⁉︎」
そして、そのユーノの背後にはもう一人同じ程度の大きさの物体を持ち上げ、ここまで運んできていた人影──アズリアがいた。
「アタシも食糧の足しになるかと思って、ちょっと飛竜をユーノと獲ってきたんだよ」
「そうっ!おねえちゃんとふたりでわいばーんをねっ、ビシッと、バシッとたおしてきたんだよっ! えっへんっ」
アズリアとユーノが城まで運んできていた物体とは、それぞれ一頭丸々の飛竜の死骸であった。
……だが。
二頭の飛竜を見て、アステロペが違和感を覚えたのは当然だと言える。何しろ、城の近辺に飛竜が棲み着いたとしたら、偵察隊から何らかの予兆は報告があった筈だ。
いくら人員不足だとは言え、魔族。
飛竜のような巨大な魔獣を見逃す程無能ではなかった。
そのような報告は全く無かったにもかかわらず、何故アズリアは飛竜の棲み処をこの短時間に発見することが出来たのか。
「……こ、この飛竜は一体何処から湧いて出た、というのか……アズリア、貴様は何処まで好き勝手な真似を……」
飛竜の死骸を見るまでは、アズリアに釣りを教えてくれた感謝の言葉の一つでも送ってやるつもりだったのだが。
そんな考えは、アステロペの頭の片隅からは既に消え去っていた。
そこで彼女は、ようやく思い出したのだ。
目を離したアズリアがまた今回のように、好き勝手な行動をさせないための布石として、ユーノに同行をお願いしていた事を。
アステロペは、聞いたところで素直に答える筈がないと踏んだアズリアを放置し。
与し易いと判断したユーノへと視線を移して、飛竜の出処を尋ねていく。
「ユーノ様っ……こ、この飛竜は一体何処を棲み処にしていたのか、知っている事を残らず答えて下さい!……さあ、さあっ!」
「ひいいいっ?……あ、アステロペちゃん……か、かおっちかいぃっ! ちかいよおおおこわいいいいっ!」
「──はっ?」
胸の違和感を拭い去りたいアステロペは、その必死さからユーノの目の前、互いの鼻が触れそうな距離にまで迫っていた。
その迫力に、ユーノは質問に答えるどころかすっかり怯えてしまっていたばかりに。
「あ、アズリアおねえちゃんのあたまににょきっとツノがはえて、じめんからにゅるにゅるわいばーんがでてきたんだってばあ!」
「……な、なんだとお⁉︎……まさか、アズリアが使ったのは召喚魔法だと言うのか?……そ、それに、頭から角?」
「……うわッ、ユーノのヤツ言っちまったよッ?」
洗いざらい真実を吐いてしまうユーノに、最初はアズリアも声を出して驚き、次にアステロペからの厳しい追及が来るものかと身構えたが。
その内容が、今まで持っていたアズリアの知識とは全く噛み合わなかったことに、かえって困惑を深めてしまい、混乱し頭を抱えるアステロペ。
「……まさか、アズリアが……召喚魔法を使えた?……もしかして元々人間などではなかった可能性も……いや、だが……むむむ」
「うわぁ……いやぁ、本当は真相は秘密にしておきたかったんだけどねぇ……このままアステロペを放置して、アタシが魔族だなんて噂を流されても困るからねぇ……」
さすがにそんな彼女の様子を見て、罪悪感が湧いてきたのか。
事の真相を有耶無耶にするために、アズリアはわざわざ飛竜を召喚した場所へ、漆黒の鹿杖を埋めて隠匿してきたのだが。
他には情報が漏れないようにせめてもの悪足掻きで、アステロペの耳元に手を当てると。
「あのなアステロペ、実は──」
城から漆黒の鹿杖を持ち出し、その能力で召喚魔法を行使し、飛竜を10頭ばかり召喚した事を、小声で話していく。
「……おい、アズリア。貴様──」
話を全て聞き終えたアステロペの反応はと言うと。
ゆっくりと笑顔でアズリアへと振り向いてから、地面に転がせてあった飛竜の死骸を指差して。
「その話が本当だと……いや、ユーノ様を巻き込んで嘘を吐く貴様ではあるまい。と言う事はだ……」
「うそじゃないもんっ!」
「ああ、ユーノに誓って嘘じゃないぜッ」
「貴様とユーノ様が運んできた死骸の他に、ま、まだ、あと八頭もの飛竜が転がってるというのか……?」
アステロペの笑顔、その口端が引きつっていたのが見てとれた。
その問い掛けに、アズリアとユーノは互いに顔を一度見合わせると、頭に手をやりバツの悪そうな顔を浮かべ。
二人が同時に首を縦に頷き、肯定していく。
「……魔術部隊と偵察隊に至急連絡しろ!詳しくは集まってから話す!大至急、集められる範囲内で全員を直ちに集合させよ!──急げっ!」
八頭の飛竜の死骸が、他の魔獣や動物の餌にされる前にと、アステロペは慌てた様子で釣りに同行していた魔族らに声を張って指示を出していく。
「……ねえ、おねえちゃん? ボクたちもてつだったほうが、い、いいかな?」
「……ああ、そのほうが安全そうだからねぇ。行くよユーノッ!」
「へいっ、おねえちゃんっ!」
再び顔を見合わせ、頷き合うアズリアとユーノ。
二人は後ろに振り返ると。
「あっ⁉︎……ま、待てアズリア、貴様にはまだ色々と事情を説明してもらう必要があるぞっ!」
引き留めようとするアステロペを振り切って、アズリアとユーノは今来た道を走って戻るように駆けていってしまうのだった。




