94話 バルムート、旧き親友との再会
そして、魔王領の北東部に広がる砂浜の海岸へと向かったバルムートと、配下の魔族らはというと。
海岸に到着したバルムートは、途中で切り倒し肩に担いで運搬してきた太い木の幹を地面に転がすと、同じく太い木を運搬している配下の魔族らへ声を掛ける。
「……俺は少しばかり用がある。お前たちは海に出るための舟を作っておくのだ」
『はい!お任せ下さいバルムート様っ!』
同行していた配下の中には、アズリアに生命を救われた炎の悪魔族であるゴードンも含まれていた。
そのバルムートだが、配下に舟を製作しておくように指示を出すと砂浜を離れていき、勝手知ったる足取りで岩だらけの岸壁へと向かっていき。
切り立つ崖にポッカリと空いた、海に面した洞窟の一つに彼はその巨躯を縮めて、穴の中へと侵入していった。
洞窟の中は所々海の水が流れ込んだのか水溜りが出来ており、外の光を通さない作りとなっていたが、内部の壁面にはほのかに光を発する苔が照明となっており、何とか歩ける程度には視界が確保出来ていた。
そんな洞窟をズンズンと先へ歩を進めていくバルムートに、視界の先に突如現れた人影が声を発する。
「……誰じゃ。不躾に足を踏み入れおって……お主、この地が海の女王たるネイリージュの住まう地と知っての狼藉なのじゃろうな……?」
「おお!やはり健在だったかっ!……いや、俺だ俺だネイよ。コピオスの友人である俺、バルムートだ」
明らかに女性の声色で警戒心を向ける人影に、何の躊躇もなく手を振りながら、気さくに挨拶を交わしていくバルムート。
その声と名前を聞いた途端に、海の女王ネイリージュと名乗った人影が、岩壁からの苔の光に照らされて姿が明らかになる。
その姿は……上半身こそ、波打つように長い金髪の若々しい20代の人間の女性だが。
下半身はというと、人間なら二本の脚が生えている箇所からは、無数の柔らかそうな触手がウネウネと動いて身体を支えていた。
さらに言えば、その身体には腰までの長い金髪以外の何一つも纏っていなかったのだ。
「海の女王」を名乗るネイリージュという女性の正体とは、数ある魔族の種の中でも海を棲み処としている海魔族と呼ばれる種なのだ。
「なんじゃお主、バルムートじゃったか!……まったくコピオスの事があったとは言え、あれから一度たりとも顔を見せぬ薄情者めがっ、この、このっ」
「がははっ、悪い悪い。俺も後始末やら帝国の相手やら忙しかったのでな」
バルムートに触手を動かし近寄ってきた海の女王は、半年以上も顔を見せなかった事に軽く憤慨したのか、頬を膨らませながら。
腰から生えた触手の一本で、悪気の全くない様子のバルムートの脚をピチピチと叩いていく。
一通り気晴らしが済んだところで、珍しく訪ねてきた旧友に向けて、海の女王がその理由を尋ねてくる。
「……して、今日は何用じゃバルムートよ。その多忙なお主が、半年も放ったらかしにしていたこのような場所までわざわざ出向くとは、余程の要件なのじゃろ?……コピオスの時のように」
「俺としてはネイが彼奴を止める最後の希望だったのだ。自分が止められなかったくせに、その役目をネイに任せるなど情け無いことこの上ない話だが……な」
「ふむ……あれからもう半年か。時が流れるのは早いモノじゃのう……」
あれは、ちょうど半年前。
この魔王領から三万もの大量の小鬼や食人鬼などの魔族や魔獣を率いて大陸に渡る際に、総大将たるコピオスはこの一帯の海を把握していた海の女王を始めとした海魔族にも協力を要請した。
海の流れをある程度ならば操る能力を持つ海魔族の力を借りれば、より速く、より安全に大量の魔族らを大陸まで送ることが可能となるからだ。
命令や強制でなくあくまで要請だったのは、コピオスとネイリージュが親友という関係だったからなのだろう。
コピオスからの協力要請を、海の女王として彼女は承諾した、という経緯があった。
「……だが過去は過去、今さらその事を悔いても彼奴はもう帰らぬ……今回俺がネイ、お前を訪ねてきたのは領民らの食糧不足を何とかするために力を貸して欲しいからだ……頼む」
互いの親友であるコピオスの名前が話題に上がったことで、二人の間にしんみりとした空気が流れる。
だが、そんな空気など構う様子もなくバルムートはネイリージュの肩に手を置くと。
その巨躯が、彼女の前で深々と頭を下げてみせたのだ。
「待て待て待てぃ?……い、いや、バルムートよ、お主が頭をわざわざ下げているのだ、力を貸してやりたいと首を縦に振りたいのじゃが……妾らは、一体何を協力したらよいのかのう?」
突然、親友から他人行儀に頭を下げられるという行動に出られたネイリージュは、どう反応したら良いのか困惑し、慌てふためきながらも。
頭を下げ続けるバルムートに、肝心の用件をまだ説明されてない事を訴えていく。




