91話 ユーノ、狩場にて大暴れする
一方で、ユーノの様子はどうなってるのか。
アタシは、四頭を仕留めてからチラリとユーノの戦いぶりを覗いてみると────
「あっははははっ!楽しいよお!……ねえっ、お姉ちゃん?ボクね、今すっごく楽しいっっ!」
仕留めた飛竜を足蹴にしながら、高笑いをしていたユーノ。
その左右の腕に装着された巨大な籠手には、左右それぞれに他の飛竜の首が握られていた。
首を掴まれているためか、ユーノの指を振り解こうと激しく翼や尻尾を振り回し暴れる飛竜だったが。
ユーノの黒鉄の両腕は微動だにしない。
「もう……しずかにしてよねっ!」
うるさく暴れ回る飛竜を嫌ったユーノが首を握る指に力を込め、籠手の拳がジワジワと閉じていくと。
『ギギギギギギ…………グゲェェェェツ!』
ボキッ!と何か、硬いものが粉砕する鈍い音がすると同時に、口から血が混じった泡を吐く二頭の飛竜。
巨大なユーノの籠手の指に掴まれていた飛竜の身体は完全に弛緩し。
手を離した途端に、地面へと力無く崩れ落ちたその身体をピクピクと小さく震わせた後、二度と動くことはなかった。
「んふふー、これでみっつ!」
巨大な籠手の指を三本立てて、飛竜を三頭仕留めたことを示してみせる。
その視線の先は、アタシだった……のだが。
実はそのアタシが既に四頭の飛竜を仕留めているのを知ってしまい。
「うそっ?……ボクのほうが仕留めたとおもったのにっ?……むむむぅ……やっぱりお姉ちゃん強いなあ」
頬を膨らませて悔しがるユーノ。
仕留めた数で負けてしまった事がそんなに悔しかったのか、残る飛竜へと敵意を剥き出しにした視線を向けた。
自分らへと狙いを定める肉食獣の視線を受け、残る三頭の飛竜は一歩、また一歩と後退り。
明らかに、ユーノに怯える反応を示す。
だが、ユーノは貴重な食糧となる飛竜を、一頭たりともこの場から逃すつもりはない。
「逃がさないからねっ……いっっっくよおおお!」
気合いを込めてユーノが大声で吠えると、その大声に怯んだ飛竜が動きを止める。
その隙を見逃さずに、黒鉄の巨大な両の拳を組んで振りかぶり跳躍すると。
「せぇぇぇ……のっっっ‼︎」
動きの止まった一頭な飛竜の頭部を、組んだ両の拳で思い切り真上から殴りつけ。
重い一撃をまともに喰らった飛竜の頭部が地面へと叩きつけられていく。
地に伏した飛竜へと、トドメとばかりにもう一度組んだ両拳が振り落とされ。
頭蓋が砕けた鈍い音とともに、だらしなく開きっぱなしとなった飛竜の口から大量の血が吐き出され。
そして……この個体の息の根が止まる。
あのユーノの小柄な身体から、一体どれだけの膂力が繰り出されているのか、想像出来ない。
もちろん、ユーノが獣人族だからこその身体能力の高さもあるのだろうが。あの怪力の理由は、あの黒鉄の籠手を装着する「鉄拳戦態」の効果が非常に大きいのだろう。
ちなみに余談だが。
アタシやユーノが何故先程から、飛竜の頭部ばかりに攻撃を加えているのかというと。
この飛竜は、ただ暴れたくて召喚したのではなく、難民やアタシたちが食すために倒している。
ならば、弱い攻撃を繰り返し与えてボロボロにせず、出来るだけ食べられる肉の部分を傷つけずに残しておきたいという配慮なのだ。
さて。
残り二頭となった飛竜は、ここにきてようやく自分たちの種族が翼を持ち、空を飛べるということを思い出したのか。
皮膜の翼を広げて、大空へと浮かび上がる。
確かに「空を飛ぶ」という行動に出られると、アタシは軍神の加護の魔術文字と契約した際に、射撃武器の使用を禁じられてしまったために圧倒的に不利となる。
……アタシは、だが。
「んふふー、空飛んでもボクからは逃げられないよー?」
そう言うと、ユーノは右腕の黒鉄の籠手で、空を舞う飛竜を指差していくと。
「いっくよぉぉっ────黒鉄の礫っ!」
構えた黒鉄の籠手の指の一本が、飛竜目掛けてもの凄い速度で撃ち出され。
射出された巨大な指は、翼の皮膜に大きな穴を空けていき、飛行の要を傷つけられた飛竜は、身体の均衡を崩してくるくると空中で回転しながら落下していく。
アタシは以前、集落に火攻めを仕掛けた帝国の第二波との戦闘時に、ユーノの遠距離攻撃の手段を見ていたので、安心して見ていられたのだ。
『──ふん。下等な獣同士とは言え、かたやただの飛竜。かたや獣人族の中でも希少な種である獅子人族だ。実力の差は歴然だろうな』
「へえ……確か、ユーノもその獅子人族だって紹介してくれてたっけ。ケルヌンノス、そんなにその獅子人族ってのは珍しいモノなのかい?」
獣人族を卑下して見てるケルヌンノスが悪態を吐くが。
アタシはその「獅子人族」という何度も耳にした単語について、ケルヌンノスへと尋ねてみた。何しろ、この杖に触れた際に流れ込んできた知識には、獣人族や獅子人族の知識は含まれていなかったのだ。
『──私もそこまで詳しくは知らぬ。何しろ人間社会において獣人族など奴隷同然の扱いだしな。だが、獅子人族に生まれた獣人族はその希少さから、貴族らが金貨を積み上げて購入したそうだ』
ケルヌンノスから語られたのは、アタシが知りたかった知識ではなく、聞きたくもなかった人間社会の闇の部分だった。
そんな話を聞かされ知らずに歯噛みしていると、慌てたユーノの声が耳に飛び込んでくる。
「あ!……でも、でもっ、のこりのひとつが逃げちゃうよおっ⁉︎」
そう、ユーノが発射した鉄の指は一発。
対して、まだ空を舞う飛竜は一頭残っていた。このままでは、最後の一頭が空の彼方へと飛び去ってしまうのは時間の問題だった。
「……あれれ?あの飛竜……なんか、うごきがおかしいよ?」
ユーノの言葉通り、最後の一頭がなかなか空へと飛び立とうとしなかったのだ。
いや……翼を大きく広げて、飛竜は上を向いて、空へ飛び立とうとはしているのだが。
不思議なことに身体が少し宙へと浮いているだけで、空へと飛ばない飛竜。
まるで、飛竜の脚や胴体に重石でも巻き付いているかのように。




