37話 アズリア、友人のため王都を走る
離れの寝室。
突然、カイトら四人と東の森に向かう羽目になるとは思ってもおらず。
色々と振り回された一日だったが、王都に滞在するようになってからほぼ毎日、精霊界で大樹の精霊にとんでもない試練ばかりを与えられてきたから。
いい息抜きになった、とベッドに寝転がり睡眠に落ちかけうとうととしていたその時だった。
慌ただしく扉を開けたのはランドルだった。
「どうしたんだい、ランドルの旦那ぁ?」
「……シェーラは、部屋に来てないか?」
「ん?……今日は、さすがに顔を見てないねえ」
最初は疲労による眠気もあって、ランドルの問いかけにピンときていなかったが。徐々に頭が動いてきたことで、アタシはようやく事情を察する。
「……待てよ」
そもそも、一人娘であるシェーラがアタシの元に遊びに行くなら、ランドルもしくは母親のマリアンヌに一言告げるだろうし。
最近は大樹の精霊との鍛錬があってか、朝早くに借りているこの離れを留守にすることが多いためか。
今日もランドルやマリアンヌには離れを空けることを、予め報告しておいてあった筈だ。
そのアタシに、シェーラの居場所を聞いてきた?
「な、なあ、ランドル、シェーラがどうかしたのかい?」
「夜会だ。招かれた夜会で姿が見えなくなった……もしかしら先にこちらに帰ってきてたら、と期待したんだが……」
「夜会?」
「アズリアと一緒に帰宅してからあの後、王都に居を構える侯爵邸で開催された夜会に、マリーとシェーラの三人で出席していたんだ……」
顔に焦りの色が見えるランドルの説明によると。
どうやら、出席していた他の貴族に捉まって少しシェーラから目を離した隙に、彼女の姿が見えなくなってしまったらしい。
男爵夫人となるマリアンヌも同じく貴族の令嬢や夫人らに捉まってしまったようだった。
主宰の侯爵に事情を説明し、ランドルもマリアンヌも夜会の開催場所となった侯爵の屋敷をくまなく探して回ったものの、シェーラを見つけることはとうとう出来なかった。
後に侯爵の使用人が、シェーラが気分が悪いということだったので、一旦別室で休んでもらい馬車を呼んで先に帰宅したというのだが。
ランドル夫妻が帰宅して探してみてもシェーラの姿はなく、今はアードグレイ家の使用人や商会の従業員に手伝ってもらい、手分けして行方知れずとなったシェーラを捜索中だという。
「なあ、それってさ……伯爵が──」
「アズリアの言いたい事はわかってる。だが……証拠がないんだ……証拠もないのに爵位が上の人間を疑う発言をすれば、オレの責任だけじゃ済まなくなる」
ランドルも薄々、ランベルン家の連中がシェーラの失踪に関与しているだろうと推測はしていた。
だが相手は格上の伯爵だ。証拠も無しに誘拐犯呼ばわりし、もしそれが濡れ衣だった場合に代償として、ランドルが断り続けているシェーラと伯爵家の馬鹿息子との婚約を強引に持ち出してくるかもしれないし。
下手をすれば、ランドル一家を丸々潰そうとしてくる可能性だってある。
「──証拠が、あればイイんだね?」
アタシは、ランドルが説明を続けていた間に外していた部分鎧を装着し終え。
部屋の端に立て掛けておいた大剣を背中へと背負っていく。
「ま、待てアズリア!お前さんをこの件に巻き込むわけには……」
「シェーラの一大事を放っておけるかよ!」
部屋の扉に手を掛けたアタシの肩に手を置き、部屋を出ようとするのを制止したのはシェーラがいなくなり人の手が欲しいはずのランドルだった。
こんな事態に悠長なことを言い出すランドルに、一度はアタシも声を荒げてしまう。
だが、ランドルは寧ろアタシを心配していたのだ。
「この話はお前さんの嫌いな貴族絡みになる……たとえシェーラが見つかっても、それが原因でお前さんが貴族連中に目を付けられるような真似をして欲しくない……オレはお前さんを巻き込みたくないんだ」
確かに、貴族同士の揉め事に首を突っ込めば。
無事にシェーラの身柄を確保出来たとしても、ランベルン伯爵やその後ろ盾となってるであろう侯爵に睨まれることは間違いない。
もしくは、侯爵やランベルン伯爵を快く思っていない勢力からも接触してくるかもしれない。
そこまで気遣ってくれたランドルの気持ちはありがたいが、アタシは肩に手を置いていた彼の手を振り解く。
「……シェーラもランドルも、もちろんマリアンヌも、アタシが王都に来て、嫌な顔一つせずに色んな世話を焼いてくれたじゃないか」
「いや、それはもう鉱山の依頼で──」
「そいつはあくまで空腹で行き倒れたことへの恩返しさ。シェーラへの恩返しはまだ済んじゃいないんだよ」
アタシはランドルの返事を待たずに屋敷を飛び出して夜の王都に駆け出していった。
ランドルもランベルンが関与している証拠を探している。さすがに侯爵宅をアタシが調べるのは難しい、そっちはランドルに任せよう。
まずは今日、シェーラと巡った街中を辿っていけば何かわかるかもしれない。
──アタシは王都をひたすら走り回った。
だが、予想に反してシェーラの足取りの手掛かりになるようなモノやランベルン家に関連する証拠と言えるモノは何一つ見つけることは出来なかった。
街を巡回する衛兵にも余計な事情は説明せずにシェーラとランベルン家の話を聞いたが、やはり何も知らなかった。
「くそッ……さすがに王都は広すぎるっての!」
焦る気持ちを抑えるために、無意識のうちに自分の左の乳房を強く握ってしまっていた。痛い。
そうして到着したのは昼間に乱闘騒ぎを起こした東地区の菓子店。
さすがにこの時間では、店は既に閉まっていて建物には明かりは見えない。周囲を見渡してもこの時間だと酔っ払いがたまに通るだけで、話を聞けそうな人は見当たらない。
この際、話が聞けるなら酔っ払いでも構わない。フラフラと足取りがおぼつかない男に声を掛けてみる。
「……あぁン、何か用か姉ちゃん〜ヒック」
「済まないね。ランベルン家の……」
「らんべるぅん⁉︎……は!あそこの話なんかしたくねぇなぁ〜ヒック、酒がマズくなるぜぇ〜……痛てて」
「ん?……爺さん、伯爵家と何かあったのかい?」
よく見ると、酔っ払いの頬が赤く腫れていたのだ。
アタシは腫れた頬のことを指摘すると、酔っ払いは背後を指差して。
「さっきそこでよぉ〜護衛のデカブツとぶっかっちまってよぉ〜そしたらいきなり殴られたんだよぉ!……おかげで飲みかけの酒パァだぜぇ……パァ!」
「なあ爺さん……そのデカブツが何処いったかわかるかい?」
「教えてほしいかぁ?……って!こ、これはっ、き、き……金貨じゃねぇかあ?」
アタシは酔っ払いの手に王国金貨を一枚握らせてやった。酒代ならこれで浴びるくらい飲めるだろう。
情報料としちゃ破格すぎる金額だが、今はまさかの貴重な伯爵家の護衛の目撃情報だ。出し惜しみはしない。
「お、おお!教える!教えるさぁ!あのデカブツならあの建物に入っていったぜぇ!……な、なあ、こ、これでイイか?……満足か?」
「ああ、ありがとな爺さん。その金貨で美味い酒でも飲んでくれよ」
酔っ払いが指差したその建物とは、昼間にシェーラと訪れた冒険者組合だった。
もし組合にあの護衛がいたとしても、要件を済ませてしまえばまた見失ってしまう。アタシは急いで冒険者組合へと向かった。
組合の建物に近づくと。何か騒ぎが起きているのか男の怒鳴り声と、建物に集まっていた人の群れで入り口が塞がれていた。
それと女の子の泣き声?……まさか!
「ちょ、ちょっと……通してもらうよッ?」
入り口の冒険者の群衆を力ずくで強引にかき分けていき、中の様子を伺うと。昼間アタシとシェーラに絡んできた貴族の馬鹿息子の護衛だった男(?)が受付の胸ぐらを掴んでいた。
何故疑問形なのかというと、その粗暴な男は顔中に包帯を巻いていたからだ。
その端っこにうずくまって泣いているのは……冒険者登録をした時に一緒になった四人組の子供で、確かネリという少女だった。
リーダー格のカイトの顔は腫れ上がり、血を流しているのは口を切っただけじゃなく頭から落ちたからなのか、壁にもたれかかったまま他の二人に介抱されていた。
しかも、採取した甘露草は床に散らばっている状態だった。
……何なんだ、この状況は?
なぜ子供らがコイツに攻撃され泣かされてる?
なぜコイツは冒険者組合にいるんだ?




