89話 アズリア、ユーノと共闘する
数えること、10体の飛竜を召喚し。
役割を終えた召喚陣は、その光を失っていき、この場に現れた飛竜らは最初、それぞれがあらぬ方向に首を向け困惑した様子だったが。
「うわっ?……ねえねえ、アズリアお姉ちゃんっ。あの飛竜たち、コッチ見てるよ?」
どうやら飛竜の一頭とユーノが目が合ってしまったようで首をこちらへと向ける。その様子を見て、その一頭を真似るかのように他の飛竜も次々にユーノとアタシへと視線を向けたかと思うと。
『ギュオオオオオオオォォォォォンンンン‼︎‼︎』
10頭全てがアタシらへの敵意を剥き出しにし、こちらへ向けて全頭が揃えて高らかに咆哮してきた。
『──当然だ、制御回路を召喚陣に組み入れなかったのだ。こちらを敵と見做した飛竜ほどタチの悪いものはないぞ……どうする気だ、所有者よ』
「どうするも何も、むしろ敵と認定してもらえて都合がよかったよ。何しろ……アタシもユーノも空を飛ぶ手段なんて持ち合わせてないからねぇ」
アタシは自分の唇に舌舐めずりをして、背中の大剣に手を伸ばしながら。隣で飛竜を珍しそうに見ているユーノへと発破を掛ける。
「……ユーノ。飛竜ってねぇ、とっっっても……美味しいんだって知ってたかい?」
「えっ、あいつら食べられるの?……も、もしかしてお姉ちゃん、魔法であいつら呼び寄せたのって……」
そう、食糧にするためだ。
アタシが最初にこの杖に触れた際に流れ込んできた魔法の知識の中に、召喚陣を用いた召喚魔法を見つけ、この計画を閃いたのだった。
というのも、飛竜の肉というのは非常に美味……なのだが、そのままでは食すことが出来ず、解毒魔法を使って肉に含まれている毒を中和する必要があった。
スカイア山嶺でリュゼらと飛竜を倒しておきながら、その肉に手をつけなかった理由はアタシが一般魔法である解毒すら使えないからだった。
だが、今のアタシはこの杖の能力で毒の中和が出来る。
しかも、飛竜一頭を倒せば、正確な量は分からないが野牛二、三頭分の肉にはなるだろうから、難民らが魚を釣るのに慣れるまでの食糧としては十分な量にはなる。
……それに、何よりの理由が、
「一人旅だったから食べる機会の無かった飛竜の肉……食べてみたいじゃないか……じゅるッ」
そう言って、想像しただけて口の中に溢れてくるヨダレを腕で拭い、一度ゴクン、と喉を鳴らして飲み込んでいく。
ただでさえアタシはつい昨晩、自分で調理した猪豚の肉を食べ損ね、食欲が自分では止められないところまで渇望してしまっているのだ。
「わかるっ!わかるよお姉ちゃんっ!……ボクも、獣人族に生まれたからには……おっきな肉のかたまりを……ガブリ!と食べたくなるよね……じゅるり」
だが、それは隣のユーノも同じだった。
こちらは、口から湧き出るヨダレを拭きもせずに前屈体勢となり、目をギラギラとした殺気に漲らせる姿はまさに獅子人族に相応しいと言えた。
しかも、アタシが気付かない内に「鉄拳戦態」を発動していたらしく、ユーノの両腕には巨大な黒鉄の籠手が装着されていた。
いや……もしかしたら、あの穀物粥みたいな食事情をアタシより長く続けていた筈の彼女の、肉に対する欲求というのは、アタシよりも大きなモノなのかもしれない。
『──な、何をする気だ所有者よ、ま、まさか……私の魔力で召喚した飛竜らを……喰うつもりなのか?……ま、待て!そんな野蛮な事、ゆ
許されることではないぞ!』
ここにきてようやくアタシの計画を察知したケルヌンノスが、口喧しくアタシへの苦情を繰り返しているが。
美味そうな獲物を目の前にした、二頭の肉食獣を止めることは出来ない。
「お姉ちゃん……一頭も逃がしちゃだめだよっ!」
「はっ、言うようになったねえユーノ。美味い食事がかかった時のアタシは……無敵だよおッ!」
言葉を交わしたわけでも、目線で合図を送ったわけでもないのに、アタシとユーノはそれぞれ左右に大きく分かれ飛び出していき。
その時に蹴り上げた地面があまりの衝撃で爆ぜ、二人の後方に土と石礫を巻き上げる。
────瞬間。
アタシとユーノ、二人の姿は。左右の一番両端に位置していた飛竜の、つい先程までアタシらが立っていた位置に咆哮するために頭を低く下げていた、その頭部に隣接していた。
「……せ──のっっ!」
鋭い踏み込みの速度のまま、大きく振りかぶり繰り出されたユーノの巨大な籠手による拳の一撃が、左側の一番端にいた飛竜の頭部を直撃し。
硬い何かが砕け潰れるような音とともに、その一撃で飛竜は動かなくなった。
一方、一番右端の飛竜へと、凄まじい速度で大剣を構えて突撃していくアタシ。
「死ねえええッ!アタシの肉うううッッッ!」
右眼の魔術文字を発動してなお、モーゼスの爺さんに装着させられたままの手枷と足枷の重量による動きにくさはあったが。
森での戦闘や集落での戦闘を繰り返していく内に最初に感じたほど、行動が阻害されることは無くなっていた。
なので、立ち止まった体勢から、地面を蹴り上げて攻撃対象との間合いを詰める時も。
速度の乗った状態から正面に大剣を構えて、そのまま眼前の飛竜の頭部へと撃ち込む時も。
「電光ッ────一閃ッッ!」
より無駄な力が逃げない、理想的な姿勢から放たれた必殺の刺突は、飛竜の眉間、そして硬い頭蓋をまるで木の板のように貫通し。
ユーノと同じく一撃で飛竜を絶命させていたのだ。




