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86話 アズリア、魔杖に誘惑される

 その真っ黒な杖を手に取った途端に、アタシが感じたのは……膨大な量の魔力と、まだ知り得なかった様々な魔法の知識だった。


『──よくぞ……私を手にしてくれた。人間よ』


 鹿の角で装飾されたその杖から発せられた声は、やはり先程アタシだけに聞こえた声と同じ。ということは、この杖がアタシをこの場所に呼んだ?

 

「どしたの、お姉ちゃんっ?……さっきからへんだよ」


 しかも、宝珠(クリスタル)の時と違い、アタシの頭の中に聞こえている声でもないのに、何故か杖が発する声はユーノには聞こえてはいないようだ。


『──当然だ。私は人間のみに所持が許されし神器だ。私の声が卑しき獣人族(ビースト)や穢れた魔族になど届くものか』


 その言い分は、まさに生け捕りにした帝国(グランネリア)の連中と一緒だ。

 この真っ黒な杖は、大男と共に城に殴り込んできた帝国の刺客の持ち物なのは、間違いない。


「つまり、アンタの声が聞こえたのは……アタシが魔王陣営(コチラ)側の唯一の人間だから、だってコトかい」

『──飲み込みが早くて助かる。かつての私の持ち主は魔王に挑み、そして……敗れた』


 真っ黒な杖の発言と共に、アタシが持つ手から流れこんでくる魔力に混じって、頭には知らない光景が思い浮かぶ。

 

 この杖の持ち主であった少年。

 持ち主の少年と対峙しているのは、アステロペ。

 少年が敗れ、仲間の死を見て逃走する。

 死体である大男を新たな持ち主とし、取り込まれる。

 そして……その大男が魔王様(リュカオーン)に敗れ、首を刎ねられる。


 そんな場面が、断片的にではあるがアタシの頭に浮かび上がり、お陰でこの城で起きていた戦いの一端を垣間見ることが出来た。


『──私は、魔王を打倒するために人間に授けられるべき力だ。だが、私はこの通りの杖であり、意思こそあれど自分では身動き一つ取ることが出来ぬ』

「そこで、アタシを次の持ち主に選んだ……ってコトかい」

『──人間なのに魔王の傍にいるのは、何か事情があっての事なのだろう。だから、まずは私を手に取り、私を行使するだけでよい』


 どうやらこの黒杖は、語り口こそ冷静を装ってはいるが、自分が置かれた状況がかなり逼迫(ひっぱく)している事を理解しているようだ。


「ねえお姉ちゃん?……さっきからずっと誰とお話ししてるの?ここにはボクとお姉ちゃんしかいないのに?」


 何しろ、先程からアタシが交わしている杖との会話が、隣にいるユーノには聞こえていないように、この杖の声は人間以外の種族には届かないらしい。


「ユーノはさ、今アタシが持ってるこの杖が『喋る』って言ったら……信じるかい?」

「へえ?……じゃあさっきからお姉ちゃんが話してたのは、この杖となんだね。ん?……でも、ボクには聞こえてこないよ?」


 それが、この杖が意図的に人間以外に言葉が伝わらないようにしているのか、そうでなく人間以外との種族と言葉を交わす能力を奪われているのかは、アタシには分からない。


「……なあ、杖。アタシを持ち主として選ぶなら、まず隣にいるユーノとも話せるようになってくれないかねぇ……」

『──それは無理だ。私は人間の力になるために神セドリックによって作られた神器だ。よって、人間以外の種族と言葉を交わすことは出来ない』


 杖にユーノとの会話を頼んでみたものの、取り付く間もなく断られてしまう。

 

「……どうやら杖に断られちまったよ、ごめんなユーノ」

「ええぇぇっ?……むぅ、ズルい……いいなぁ、お姉ちゃんだけ……ぶう」


 杖との会話を楽しみにしていたユーノに接触を断られた事を告げると、頬をぷくりと膨らませて不機嫌になってしまう。

 そんなユーノの頭を撫でてやって、何とか機嫌を直してもらおうと思った、その時。


「……そうだ!……いや、もしかしたら……うん、何とかなるかもしれないねぇ……」


 アタシはこの杖を使って、少々危険な賭けではあるが、今魔王陣営(コチラ)が抱えた問題を解決出来る案を閃いたのだ。


『──どうだ、そろそろ私を行使する気になったか?』


 杖の反応を見て、問題の一つは解決した。

 先程、杖が見てきたような光景が頭に流れ込んできた事で、もしかしたらアタシが考えている事も杖に読まれてしまっている事を危惧したのだが。

 どうやら、今思いついた計画に何も反応を示さなかったという事は、この杖に持ち主の思考を読む能力は無い、と考えてよいのだろう。


 だから、持ち主になる事を急かしてくる真っ黒な杖に対して、アタシは返答する。


「いいよ。アンタの持ち主になってやるよ」

『──よかろう。ならば私の真の名を唱えるがよい。我が名はケルヌンノス。人間に知恵と豊穣を授ける魔術の王なり』


 最初に杖を手に取った時に頭に流れ込んできた魔術の知識や魔力、そして城での戦闘の記憶の断片から。

 きっとこの杖は「持ち主を一流の魔術師へと変える」能力なのだろう。

 ならば魔術文字(ルーン)で普通の魔法が使うことが不可能なアタシが持ったら、果たしてどうなるのか?……それも興味深い話ではあった。

 ちなみに、思いついた閃きとは別の話だが。


「……汝の名は魔術の王ケルヌンノス。我に魔術と豊穣を授ける偉大な杖なり」


 頭に流れてきた知識を頼りに、教えられた杖の名前を口にしていくアタシだったが。

 唱え終わって身体を確認していくが、別段アタシの身体に何か特別な変化が起きたようには見えなかった。


「……お、お姉ちゃん、アズリアお姉ちゃん……え、そ、その頭……その角……」

「ん?……角?いやいや、ユーノ何言ってんのさ、アタシに角なんか…………ッて、ええええッ⁉︎」


 こちらを見て驚きの表情を見せていたユーノが指差していたのは、アタシの頭……の上の辺りだった。

 早速、指差された頭の上を自分の手でまさぐってみると、頭部には明らかな違和感を感じた。

 そう、アタシの頭からは長い突起物が生えていたのだ。それも、額の左右から二本。

 

「お、おいケルヌンノスっ?こんな話聞いてないぞ……って、杖が、杖は何処に行きやがった?……おい何処だケルヌンノスっ!」


 先程、何の変わりもないと油断していたが。

 一番大事な事をアタシは見落としていたのだ。

 そう、手に握っていたあの真っ黒な杖、ケルヌンノスの姿がこの場から消え去っていたのだから。

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