80話 アズリア、置き手紙を読む
アタシは魔王陣営の四天将に指名される、という状況を受け入れる事が出来ずにいた。
そんな指名をしてくれた連中を一人一人、アタシは見渡していく。
「いや、アタシは人間なんだよっ……それで四天将だなんて他の魔族連中が納得するわけ──」
「いやいや!……俺や俺の配下が貴殿の腕前や魔法、そして知謀を間近で見せてもらったが、うむ……四天将に選ばれたことに誰も文句などつけよう筈もないわ。人間でいるのが惜しいくらいよ。がっはっは!」
そんなアタシの当然の疑念に。称賛の声をあげて反論するのはバルムート。
集落を救援に行った時も、アタシはそこまで大した戦果を上げてはいないのだが……何故か彼の中では、アタシの評価が異常に高いのが気掛かりではある。
「アズリアお姉ちゃんならボクはだいさんせいだよっ!一緒にがんばろーね、お姉ちゃんっ!」
うん、まあ……ユーノの反応は予想通りだ。
同じくアタシに懐いてくれてるユーノは、多分よくわからずにバルムートや魔王サマがアタシを選んだから、喜んでくれてるんだと思う。
バルムートといい、ユーノといい、まだ知り合って一日程度でしかないのに、何故ここまで信用してくれているのかは謎だが……悪い気はしない。
「それに、此奴は城の地下の秘密も知ってしまっておる。さりとて……始末するにはこちらも相当の損害を覚悟せねばならんし。宝珠の魔力を解放してくれた恩義もあるしのぅ……」
白髭を整えながら、随分と怖い事を平然と本人の前で口にし、何かを含んだような意地の悪い笑みを浮かべるモーゼス爺さん。
そして最後に視線を向けるのは、銀髪の魔王リュカオーン。
「……とまあ、理由は皆が説明した通りだ。それだけお前が皆に認められるような魅力を持ってたという何よりの証明だ、諦めて席に座れよアズリア」
「………………この、元はと言えば──」
その魔王様は、今にも大笑いし吹き出しそうな顔を必死で、真剣な表情に取り繕っていた。
そんな態度の魔王に、アタシは何か文句の一つでも言ってやろうと思った矢先に。
「おい────いい加減、貴様が着席してくれないと今後の方針を決める会議が始められんのだがな……アズリアよ」
続けざまに口を開いたアスタロペには、何故か睨みつけられてしまい。
気が付くと、この部屋の全員の視線がアタシに集まっているのに気付くと、もう何も言い返す気が失せてしまい。
観念して空いていた最後の一席へと腰を下ろす。
「ほら、コレでイイんだろぉ?……さっさと会議を始めろよアステロペっ」
ただ、さすがに騙し討ちに等しい方法に少しばかり腹が立ったので、アタシは全員から目を逸らして少しばかり卑屈な態度を取っていた。
……もし「魔王陣営の四天将になった」などと大陸に戻って口にすれば、知った顔でもマトモな反応はされないだろう、いきなりそんな立場に任命されたのだ。
だからアタシのこの卑屈な態度は、せめてもの抵抗だと思って欲しい。
「貴様に言われなくてもわかっている!……それでは、我らは今回も国境沿いにちょっかいを掛けてきたかと思えば、本拠地である城を直接狙う帝国の小賢しい作戦を見事撃ち破ったわけだが……」
「うむ、今回の出撃で色々とわかったのが、やはりコピオスの大遠征で激減した人員はそう簡単に埋められるモノではなかったようだ……手薄になった防衛線を狙い撃ちにされたわ」
まず第一の問題点として、防衛に回せる人員の不足を挙げるバルムート。
コピオスを倒したのはアタシだという事実は、既にバルムートには話していたが。
やはり現在、魔王陣営が直面している問題の原因を作ってしまったと思うと、胸がズシリと重くなるのを感じる。
「気にするでないバルムートよ。帝国は人員が手薄な場所をあらかじめ知っておったのじゃろう……内通していたレオニールからの」
「そうだ!……その裏切り者のレオニールが城から姿を消したという俺がアステロペから聞いた話、アレは本当なのか?」
防衛線の穴を突かれたのはバルムートの失策などではなく、人員の配置という情報が帝国側に知られていたため、と擁護するモーゼス。
その言葉で彼はあらためて、自分らを裏切ったレオニールの現状を尋ねてくると。
モーゼスは卓上に一枚の、羊皮紙より薄い材質の手紙のようなモノを懐より取り出し、それを公開した。
「……これは?」
「レオニールの部屋に置いてあったモノじゃ……まずは読んでみい」
卓に広げられたレオニールからの手紙を、バルムートが読み上げていく。
魔王様やユーノは席を立ち、卓上に乗り出し、手紙を覗き込みながらバルムートの口上を聞いていた。
『魔王様、そして皆さまへ。
四天将などという不相応な位を私などに授けてくれた事、大変感謝しております。
ですが、コピオス様のいない魔王陣営側に、私は留まる理由がなくなりました。
コピオス様を見限り、そして見殺したあなた方と自分自身を、私は決して許せない。
────裏切って、ごめんなさい。
レオニール』
バルムートの読み上げが終わると、部屋にいた全員が一様に悲痛な面持ちに変わっていた。
あのユーノですら、いつもの明るい笑顔ではなく今にも泣き出しそうな顔をしていたのだから。
「……レオちゃん、コピオんのこと大好きだったからね……」
短い文章。その中にはアタシがまだ顔を見たことないレオニールという人物が、どれ程コピオスに忠義を抱いていたか。
……いや、それは忠義よりも深い感情に起因するものだと、アタシはユーノのつぶやきを聞いて理解してしまった。
と同時に、レオニールが魔王陣営側を裏切った理由が「コピオスの死」にあるのなら、その責と憎悪はコピオスをこの手で討ち果たしたアタシに向けられるべきなのだ、と。
多分、この場にいる誰よりも重苦しい表情をしていたに違いないアタシへと掛けられた言葉。
それも一つではなく、二つも。
「……アズリア、本当ならコピオスは俺様が処罰していたハズなんだ、お前の責任じゃねえ」
「アズリア殿だけの責ではない。友であるコピオスを死地を赴くのを止められなかったのは俺も同罪だ」
魔王様。そしてバルムートまでもがアタシを擁護してくれる。
嬉しい……もちろん慰めの言葉は嬉しいが。
アタシが今、欲しいのは責を軽くするような、優しい言葉ではなかった。
「ふん、ならば今からでも遅くはない。アズリア……貴様がコピオスを倒した人間として、魔族や獣人族にでも紹介すれば満足か?」
アステロペの提案。
そう、今アタシが望んでいるのは。姿を消したレオニールという人物が抱く「コピオス関連の復讐心」を、真っ直ぐアタシのみに向けさせる事だ。
少なくとも、レオニールにはコピオスの死に関する真実を知る権利は、ある。
「ああ……そうしてくれるとありがたいねぇ」
アタシは、もしかしたら本気ではなかったアステロペのその提案に、首を縦に振って承諾した。
でないと、まだ顔の見た事のないレオニールという人物はきっと、周囲を巻き込みながら自身を破滅させていくだろうから。
もしコピオスを殺したのがアタシだと知れば、復讐の矛先がアタシ一人に変わる。
そのほうが、アタシも心が軽くなるし。
これじゃレオニールは……きっと救われないだろうから。




