36話 アズリア、子供らを護る
新たに茂みから出現した小鬼は三体。
「そろそろ二人で遇らうにゃキツい数だね……さて、アタシも手伝わなきゃいけないかねぇ」
そう呟きながらアタシは。まだ怯えて身体を震わせるネリと、彼女を落ち着かせていたカイトの二人へと視線を向ける。
防御役であるカイトと、ネリの風属性の攻撃魔法の支援がなければ。小鬼らの相手をするのはリアナ一人では無理だろうから。
……だが。
「だ、駄目っカイトぉ……わ、私っ……震えが、震えが止まらないよお……」
「オレだって怖いさっ、でもネリっ、ここで敵に立ち向かえないと、オレたち冒険者を続けられないんだぞっ!」
「わかってるよおっ!……でもっ、でも……負けたら、カイトもリアナもクレストも、皆んな死んじゃうんだよっ?」
震えて屈んでいたネリの肩に手を置いて、不安を取り除こうと努力していたカイトだったが。
ネリの庇護をやめて盾を構え、前線を維持するリアナを援護するために小鬼へと突進していく。
「アズリアさんっ、ネリを頼みますっ!」
だが、あくまで小鬼には自分ら三人だけで対処するつもりなのだろう。
背負っていた大剣の柄に手を掛けたアタシに、ネリの庇護を。つまり「手を出すな」と主張してきたのだ。
「ああ、わかったよ。こっちは安心して任せておきなッ」
アタシは、握っていた大剣の柄から手を離し。カイトの代わりに震えるネリの肩と背中にそっと手を置いてやると。
カイトの心意気を買って、三人と小鬼との戦闘を後方から見守ることにした。
「……くそっ、外したか」
小鬼に接近を許すまでの僅かな時間で、敵に向け矢を放つクレストだったが。先程までがあまりに上手く行き過ぎていたのか、矢は小鬼には当たらず空を切り。
接敵した小鬼の棍棒が、リアナ目掛けて力任せに振り下ろされる。
「あ、危なっっ⁉︎」
と言いつつ、余裕を持って背後に跳び小鬼の攻撃を避けるリアナだったが。
クレストの射撃で動きを牽制が間に合わなかった小鬼が、連携して回避したばかりのリナアを襲ったのだ。
余裕と思い、大きく跳んで避けたことで体勢がまだ整っておらず。咄嗟に両手の小剣を構えていくが。
「待たせたなっリアナっ!」
「か、カイトっ……遅かったじゃないっ?」
小鬼の棍棒をしっかり止めたのは、間に合ったカイトの構えた盾であった。
しかもカイトはただ攻撃を受けただけでなく。盾を前方に突き出して小鬼の身体を押し、体勢を崩していく。
「へぇ、カイトもやるモンじゃないかい。なあ、ネリ?」
「カ……カイトっ……」
以前、冒険者組合で職員の婆さん相手に認定試験を受けた際に。カイトには少しばかり、傭兵流の盾の使い方を伝授しておいたのだが。
咄嗟にしては流暢な動きだったことから、あれから練習したのだろうと感心してみせた。
「このお、倒れろおっっ!」
体勢が崩れた小鬼の首筋を狙い、リアナの小剣の一撃が放たれる。
リアナもまた、自分の攻撃の威力では小鬼に有効打を与えられないのを先程の一戦で把握し。自分なりに戦い方を改善していたのだ。
急所を斬られれば、子供の腕力でも倒せる。
リアナに首筋を断たれた小鬼は、首の傷から大量の黒い血を流してその場に倒れる。
──これで、残りは二体。
「「ギェェェヤアアアアアア゛!」」
だが、仲間を殺られたのに怒りを露わにした残りの小鬼が揃えて吠え声を上げる。
その奇声に怯んだ子供らに、棍棒を振りかぶり突撃を敢行する二体の小鬼。
「く、くそっ、この、魔物がっつ!」
だが一番に我に返ったカイトが、二体の進路を妨害するように盾を構えて立ち塞がる。
盾で小鬼の体当たりを止めた……まではよかったものの。もう一体の小鬼がカイトを避けて、その後ろにいた射撃手のクレストに向かっていた。
「クレストっ、逃げろっ!」
先程の小鬼の奇声で動揺し、番えた矢を落としてしまっていたクレストは。慌てて拾い上げた矢を再び番えるも。
カイトが咄嗟に飛ばした指示が、さらなる動揺を誘い。矢を射つ動作と回避、どちらを優先すべきかで混乱し、その場で立ち尽くしてしまう。
「うあ……ああ……あああっ?」
「……さすがにありゃ、不味い状況だねぇ……ッ」
この事態を黙って見ているわけにはいかず、アタシがクレストを庇おうとネリから離れようとした──その時だった。
「クレストから離れてえっっ!────風の渦‼︎」
絶叫とともにネリが立ち上がり、持っていた魔法の杖から巻き起こる突風。
猛烈な勢いで一直線に進む風は、小鬼の棍棒がクレストに届くより前に小鬼へと直撃し。
命中した小鬼を背後に弾き飛ばす。
「クレスト大丈夫っ?……こん、のおおっ!」
遅れて小鬼の奇声の影響から回復したリアナが、殴られるのを覚悟し地面にへたり込んだクレストを心配しながらも。
ネリの魔法を喰らい吹き飛んだ小鬼に跨がり、再び首元に小剣を突き刺す。
「──うおおおおっ!」
小鬼と一対一、となっていたカイトも。盾を上手く使い、問題なく小鬼を斬り伏せることが出来。
これで茂みから現れた五体の小鬼全員を無事、倒すことが出来たようだ。
「……はぁ、はぁ、か、勝った、勝ったぞおっ!」
「うん、うんっ、あたしたち四人組の初勝利っ!」
「は、はは……死ぬかと思ったよ……」
小鬼との戦闘の勝利を喜ぶ三人。
アタシは、魔法を使った後に緊張が解けたのか、再び魔法の杖を支えにへたり込んでしまうネリの背中をポン、と叩き。
「あ……お、お姉、さんっ……?」
「ほら、カイトたちのとこに行って、一緒に戦って勝ったのを喜んできなッ」
「は……はいっ」
晴れやかな笑顔を浮かべたネリは、まだ足元がおぼつかない歩き方でカイトら三人に混じり。今度は四人で勝利を喜んでいた。
アタシはそんな四人の様子を見守る一方で。
まるで気配を隠すことなく背後に潜みながら、ずっとカイトらを覗いていた連中に向けて口を開く。
「コイツは警告だよ。五つ数える間に、ここから立ち去らないなら……敵だと見做してアンタら三人を始末するよ」
実は、潜んでいる三人の気配は、王都を出た時から察知していたのだが。
おそらくは組合でのカイトらのやり取りを聞いて、甘露草を採取する場所を横取りしようとする連中なのだと思い。
出来れば、カイトらに気付かれないよう|処理して
(・・・・)組合に連行しようかと思っていた。
というのも……他人が受けた依頼を横取りするのは冒険者としては「掟破り」とされ。下手をすれば組合登録の抹消という罰が下される。
そうなればその都市ではもう冒険者としては活動出来ない、冒険者としては本当に厳しい罰だ。
「五つ……四つ……三つ」
「──ひいぃぃぃっ⁉︎」
背中の大剣に手を伸ばし、本当に五つ数え始めた途端に。
背後の茂みや木の裏から悲鳴が上がり、隠れていた連中は三人とも王都の方向へと逃げ出していった。
あの背中や顔には少し見覚えがあった気がするが、誰だったのかは結局思い出せなかった。
「よし、それじゃそろそろ陽が暮れる。急いで王都に帰るとするよッ!」
「「はいっ!」」
どうやらカイトらには、連中の存在は気付かれていないようだ。
薬草の採取に小鬼との戦闘で時間を費やしたためか、空の色はもう赤と黒に染まっていた。この空の様子だと、直に夜が訪れるだろう。
おそらくは初めての魔物との戦闘で、四人組も疲労しているだろうが。魔物との遭遇の危険のある地域で、疲労したカイトらをゆっくりと歩かせるほうが危険だ。
カイトらはまだ若いし、王都に到着すれば休養は存分に取れるのだ。
アタシは四人の背後に回ると、カイトらの背中を押して急かしながら。
周囲が夜の闇に包まれる前に、無事に王都に帰還することが出来た。




