79話 アズリア、思いもよらない提案
魔王様との会話を終えたアタシは、なるべくモーゼスの爺さんに顔を合わさないように城の外へ向かおうとするが。
そんなアタシの肩をがしっと掴む魔王様の手。
「……なあアズリア。先程、俺様に手を貸してくれると宣言したばかりなのに、一体何処へ行く気だったんだ?」
まさか魔王様に引き止められるなどと予想だにしていなかったアタシ。
だが、肩を掴んだままの魔王はさらにとんでもない事を口にしていく。
「帝国の連中は追い払ったが、おかげで今の俺様たちにはやらなきゃいけない問題が山積みなんだ。今から四天将を四人全員集めて話し合いをする。アズリア、お前も同席してくれ」
いやいやいや……ちょっと待て?
バルムートから聞いた話じゃ、確かモーゼスの爺さんは「剣鬼」と呼ばれる四天将で最強の席にいるらしい。
その四天将が、集結する会議にアタシが?
「……イヤだ。そんな会議絶対出ないよ」
「そう言うなアズリア……モーゼス爺には俺様からも口添えしてやるから」
「……ほ、ホントだろうねぇ……」
アタシが恐る恐るゆっくりと振り向くと、そこには肩を掴んだまま笑顔を浮かべた魔王様。
だが、その眼は笑っておらず。
アタシが無理やり肩の手を振り解こうとしてもいいように、掴んだ手にはしっかりと力が込められていた。
これは────逃げられない。
アタシは一つ大きく溜め息を吐いて諦めると。
「はぁぁ……わかったよ。まあ、魔王サマの心意気に負けたのと、アンタらの力になりたいのは本気だからね……こうなりゃ何処までも付き合うよ」
「いや、そう言ってくれると俺様も助かるぜ」
そんな魔王様は、アタシが途中で心変わりして逃げないようになのか、今度は肩ではなく手を握ると、先を歩いて会議を行う場所へと案内してくれる。
まあ、確かに魔王陣営が抱えている当面の問題とやらも把握しておきたいし。
四天将が勢揃いするということは、聖職者の格好をしながら火攻めを仕掛けようとした帝国の兵士の口から聞いた裏切り者、レオニールと初めて顔を合わせる事も出来る。
そして魔王様が、とある部屋の扉の前でピタリと足を止めると。
「ここが俺様たちが話し合いを行う部屋だ。アステロペやモーゼス爺はこの部屋を『討議の間』と呼んでいるが、詳しい事は俺様には分からん」
簡易的な部屋の説明を済ますと、魔王様の手が討議の間の扉を開けていく。
そこは、重々しい黒曜石を建材とした大きく四角い卓が部屋の中央に置かれ。部屋の入り口側には椅子はなく、その対面に一際豪勢な椅子が配置されていた。
その黒壇の卓の両端に二席置かれた椅子には、既にバルムートにユーノ……そしてモーゼスの爺さんまでもが既に着席しており。
一際豪華な装飾の施された椅子……多分にあそこが魔王の席なのだろう、椅子の背後には、アステロペが待ち受けていた。
「あっ、アズリアお姉ちゃんだっ!……おそいおそーいっ!」
「……遅かったのぅ、アズリアよ。それに魔王様、もう全員揃っておりますぞ」
……全員揃っている、だって?
アタシはモーゼス爺さんの言葉に耳を疑った。
何故なら、二度ほど数えてみたがこの部屋には、魔王様にアタシ、アステロペにモーゼス爺さん、バルムートにユーノと六名しかいない。
どう数えても、レオニールとやらの姿がない。
「いや……あのさ、四天将とやらは勢揃いって、アタシは聞いたんだけど……」
「うむ。どうやらモーゼス殿の話ではな、帝国からの三人の刺客が現れた時にはもうレオニールはこの城から姿を消していたらしいのだ……まさか、城から離れていたのに貴殿の言う通りだったとは、何たる慧眼」
アタシはバルムートからの話を聞いて、思わずモーゼス爺さんに視線を向けると。
爺さんは何も言わずに目を閉じて笑みを浮かべる様子を見て。
……アタシは、背筋に寒気が走るのを感じた。
確かにアタシは、内部に裏切り者がいる可能性をバルムートに示唆したが。
実際に「レオニール」という具体的な人物名を知ったのは、敵兵を尋問したからだ。
なのにこの爺さんは、帝国が満を辞して送り込んできた刺客を相手にしながら、裏切り者の存在を察知し、追い詰めたのか。
バルムートはアタシの事を「慧眼」……つまりは物事の本質や正体、裏表を見抜く能力に優れていると称賛してくれたが。
アタシからすれば、爺さんのほうが余程「慧眼」だ。
なので。
四天将と呼ばれている三人が席を埋めている両脇の席には、一席空きが出来ているのだが。
「それならあの席には、まだ座ってないアステロペが座るんだろ?……で、アタシはどこに立ってたらイイんだい?」
この討議の間に置かれた黒の卓の周囲に配置された椅子は計五席。その五つの席が全て埋まっているとなれば、アタシは会議の様子を何処かで立ったまま参加する事となる。
だが、着席した魔王様の背後に控えたアステロペは、席に座ろうとはしない。
「ふっ、アズリアよ。私はあくまで魔王リュカオーン様の側近として、常に何があっても対応出来るように傍にいなければならぬ。よって……その席は私が座ることはない、残念だがな」
裏切りが発覚して行方をくらませたレオニールの空席を埋めるのはアステロペだとすっかり思い込んでいただけに、その返事は意外だった。
だが、アステロペでないのなら、先程の魔王様の言葉には大きな矛盾が生じる。
「ん?……あれ、確かさっき『四天将を四人集めて』って言ってなかったっけ?……それじゃ誰がこの席に座る──」
「お前だよアズリア」
「お主じゃよアズリア」
「お姉ちゃんっ!」
「アズリア殿しかおるまい」
アタシの疑問に、アステロペを除く四人が同時に声をあげ、アタシを指差したのだ。
そして、一呼吸遅らせてアステロペが口を開く。
「……私としては甚だ残念ですが、魔王様がそう決めたのであれば、敢えて反対する理由はございません」
一瞬、何が起きたのか、理解に苦しんだ。
魔王様を含めて、この場にいた全員が一体何を言っているのか、頭に入ってこなかったのだ。
だから、間抜けにもアステロペ以外に指を差された事で、アタシ自身も指を一本立てて自分を指し示すうちに、徐々に状況を飲み込んでいき。
「────はああああああああッ⁉︎」
全力で驚きの声を上げてしまったのだった。




