74話 アズリア、木の実の疑問
さて、この勢力争いの構図は大体理解した。
ここから先は本題だ。
……アタシは一度、ユーノがまだ木の実の煙を吸い込んだ影響で寝ていることを確認した上で。
「それじゃ、三つめの質問だ」
アタシはまだ敵の懐から奪い取ったままの謎の木の実を取り出し、司祭服の男に見せると。
「昨晩、この集落を襲撃した連中は誰一人として持っていなかったこの木の実、コレって……ユーノに目標を絞り込んだ対策だよねぇ?」
アタシの質問に、男は木の実から目線を明らかに逸らして口を閉ざす。
だが、その態度がアタシの仮定を「正しい」と証明してくれているのに、男は気付いてはいない。
何しろただの木の実ならば、保存食だとか神のお守りだとか、いくらでも嘘のつき様はあるだろう。
「ユーノの弱点を知っているのに、昨晩の連中は持っていなくてアンタらは持っていた……さらにはユーノの弱点は掴んでるのに、あの娘の感知能力はさっぱりだ。おかしい……色々とおかしいよねぇ」
アタシは一度、息を吸い込むと。
構えた大剣を片手で持ち替え、腰に挿していた短剣を抜いて、司祭服の男の肩に突き刺してから、平然と男に問いかける。
「……へ?……ぎ、ぎゃああああ!血、血がぁぁ!」
「さて、質問だ。アンタ、ユーノの弱点をどこから仕入れたんだい?」
痛みと出血に叫ぶ男の髪を鷲掴みにして、無理やりにアタシの顔の真正面へと向かせて。
先程よりも低い声で、男へと言葉を言い放つ。
「……言っておくけどアタシは必ずしもその答えを知りたいワケじゃないし、大概の予想は付いてる。だから、答えたくないのであれば黙っていてもイイよ……」
アタシは掴んだ髪を乱暴に解放してやると、立ち上がって短剣を腰へ戻すと。
今度は指ではなく、大剣の切先でもう一度仲間の死体を指していき。
「その代わり、あの連中の仲間入りさせてやるだけさ……何なら拘束したまま魔族に引き渡すってのも、アリだねぇ」
男の喉から、唾を飲み込む音が聞こえてきた。
昨晩、集落を襲撃した連中が、戦況が不利に傾いた途端に逃走し始めたように。
この男が先程、饒舌に語ったように神のために戦う、という崇高な目的を掲げてはいるが、いざ自分の身が危険になった際にまで崇高でいられるとは、アタシは思ってもいなかった。
「アタシが五、数を数え切るまでに決めな……一」
だから、後もう一押し。
交渉時は、相手に深く考える時間を与えない。
「ニ……三……」
「いや、我らは神セドリックの名の元に正義を行っていた筈だ……それが、何故こんな責め苦を味合わねばならぬ……?」
まだ、男は勝ち気な言葉を吐いているが。
麻縄で拘束された身体をもぞもぞと動かし、何とかこの場から逃げだそうと落ち着きのない様子が伺える。
アタシは先程見せた死体とは別の、一撃で喉元を突いて絶命させた司祭服を着た男の死体に近寄ってみせる。
やはりこの男の死体の懐を探ると、複数の油壺と連中が持っていたのと同じ木の実が複数個出てきた。
出てきた木の実を、まだ沈黙を保った男の目の前へとちらつかせていく。
「……四…………ごぉ──」
「わかった!喋るっ、俺の知っている事は全部話す、だから生命だけは、俺の生命は助けてくれっっ?」
────狙い通り、男は折れた。
「……聞かせてもらおうか。アンタらにユーノの弱点を教えたのは、誰か」
アタシは元々、バルムートらに語っていた。
魔王陣営に、帝国と通じている裏切り者がいると。
しかもそれは、相当魔王様に近しい人物なのだろうと予想はしていた。
ユーノの弱点もだが、ゴードンの話からするにその裏切り者はきっと遠距離でも帝国側と情報を伝達し合う魔法か魔導具を使用して、その都度その都度情報をながしていたのだろう。
「……魔族ども異端にも、我が神セドリックの教義に殉じて我ら神聖帝国に与した者がいたのだ」
「だから、それは誰なんだいッ!」
アタシは返答を勿体振る男に痺れを切らし、男の足元へと大剣を突き刺していった。
馬車の部分ほどの重量のあるアタシの大剣は、男が予想していた以上の衝撃音を立てて、地面にめり込んでいった。
「……これ以上は待たないからね」
「わかった……我ら神聖帝国に通じていたのは……四天将は「幻惑」のレオニールだ」
男の口から語られたのは、アタシがまだ聞いたことのない二人の四天将の名前だった。
四天将と言えば、ユーノやバルムートと同じ立場の魔族もしくは獣人族の筈、それが魔王様を裏切り、帝国へ情報を流していたとは。
だが同時に、それ程の立場ならば仲間であるユーノの弱点も知っているだろうし、魔王陣営がどのように防衛部隊を配置、動かしているか当然のように把握しているだろう。
魔王陣営の裏切り者の名を暴露した男は、アタシへ向けて媚びたような、安堵しきった表情を浮かべながら。
「な、なあ、約束通り俺は聞かれたことを全部話したよな?……な?なら、俺は助けてくれるんだろ?だったら……早くこの麻縄を解いてくれかいか?ど、どうした?」
そんな男へ、アタシは襲撃者が木の実と一緒に持っていたもう一つのもの……獣脂の入った油壺を取り出して、男へと見せる。
そして、その油壺の中身を男へ向けて撒いていく。
「は、な、何を?……こ、これは……脂?」
男は、自分にかけられた液体の正体にすぐに気付いたが。その後アタシがどういった行動に出るかまでは分からなかったようだ。
「それじゃ、最後の質問だ。アンタらはこの獣脂を使って、この集落をわざわざ取り囲んだ配置を取って……一体どうしようとしたんだい?」
アタシは、油壺に灯せし灼炎の魔術文字を描いて発動させ、目の前の壺に火が灯る。
そこでようやく男は、自分がこれからアタシに何をされるのかを把握して、麻縄で縛られた身体を懸命に動かして、アタシから距離を取ろうとするが。
アタシが火の付いた油壺を持って歩み寄ると、懸命にもがいて離した距離は簡単に詰められてしまう。
「答えられないならアタシが答えてやるよ。こうやって、集落の魔族らを火攻めにしたかったんだろ?……って、もう聞こえてないか」
アタシはその火の付いた油壺を、逃げ惑う男の頭から浴びせてやった。
獣脂塗れになっていた男の身体に、油壺の火がたちまち燃え移り、一気に燃え広がる炎の勢いは男の断末魔をも打ち消していく。
激しい炎を上げて、麻縄で拘束されていたためか、燃えた状態で地面を転げ回る男へ……アタシは言葉を漏らす。
「────まさかアンタ、住人を焼き殺そうと企んでたのに、自分は助かるとでも思ったのかい?」




