73話 アズリア、部隊長を尋問する
「いや、何とか一人を生け捕りに出来て助かったよ……また手加減間違えて殺しちまうとこだったからねぇ」
あまり背中のユーノに負担がかからない体勢から
の目標に突撃しての刺突を繰り返していたら、手加減を忘れ、いつの間にか残すのは一人となっていたからだ。
だから、最後の一人が姿を現わした途端、アタシは手加減を思い出し。逃げるために翻した敵の背中に、刀身の平たい腹の部分を叩き付けてやったのだ。
どうやら、ユーノを背負っていた事で全力で剣を振るえなかったのが良い方向に働いたようだ。
これで倒した襲撃者の数は、ちょうど12体。
口から血の泡を吹いてはいたが、まだ息はあるのを確認したので、アタシは身体に巻き付けていた麻縄を解き、一度ユーノを背中から降ろすと。
解いた麻縄で、倒れている襲撃者の生き残りを早速縛り上げて生け捕りにしていく。
「さて、と……バルムートたちにいつ迄も襲撃者が来る気苦労を掛けっぱなし、ってワケにもいかないからねぇ。早いトコ聞きたいこと聞いておかないとね」
しっかりと麻縄で拘束出来ているかを確認してから、アタシは気絶している男の頬を何度か引っ叩いていく。
「ほら、起きなよ……それとも、指の一本くらい切り落とせば激痛で目を醒ますかい?」
もちろん、本気で指を切断する気などないが。
尋問を避けるために、本当はもう目を醒ましているのに気絶している振りをしているだけかもしれないので、少々物騒な脅し文句を加えてみたのだ。
「……わ、わかったっ!わかった目を醒ますっ!だから指を切り落とすのだけは勘弁してくれえっ!」
どうやら脅し文句の効果は覿面だったようだ。
折角こちらを怖がってくれているのだ。アタシは男から情報を聞き出しやすくするために、精神状態をさらに追い詰めるため、男へと厳しい表情を作り、さらに脅し文句を並べていく。
「……それじゃ、アタシがこれから質問する。アンタはそれに嘘偽りなく答えるんだよ……もし、嘘を吐こうものなら……」
と、アタシは先程、首を大剣で突き刺して絶命させた男の仲間の、血溜まりに沈んだ物言わぬ身体を指差していく。
仲間の成れの果てを見てしまった男は恐怖に怯えた様子で、何度も首を縦に頷かせる。
「まず最初の質問だ。セドリックって神について、アンタの知り得る事を聞かせて貰おうじゃないか」
「…………へ?」
想定していた尋問の内容ではなかった事に、拍子抜けしたかのような声を出す司祭服の男。
「いや、ねぇ……アンタも見てわかるかもしれないけど、アタシは人間なんだよ」
「そ、そうだっ!な、何故人間が魔族どもに混じって我々を、よりにもよって神セドリックの加護を持つ我らを攻撃しているのかっ!」
「……いや、そこなんだよ、アタシも知りたいのは」
昨晩も。森で遭遇した弓兵隊もだが、この集落から逃げ出そうとした連中も、まるで自分たちが「人間のために」戦っている口振りだったのが疑問だったのだ。
「アタシは大陸から来たんだが、セドリックなんて名前の神は聞いたこともないんだよねぇ、知ってるのは精々が有名な五柱の神様だけさね」
五柱の神とは、ホルハイムで一緒に旅をした修道女エルが信仰している大地母神イスマリアや、吸血鬼騒動の時に一時的に保護してもらった月の神ヴァルナを含む、ラグシア大陸で広く信奉されている神様の総称だ。
「……ふ、ふふふ。当然だ、我らも元は大陸の出身だ。そんな事は百も承知だが、魔族や獣人族ら異端が支配するこの島には、如何な五柱の神とはいえ、その加護は届かなかったのだ」
神の加護が届かない、か。
まあ、アタシには元々そんな加護は備わってないから確かめようもないが、もしこの場にエルがいて神聖魔法が使えなくなる、なんて弊害があったりするのだろうか?
「だが、他の神が見捨てた我らを救ってくれたのが神セドリックなのだ!……神セドリックは人間を救い、人間に祝福を与える人間の神なのだ」
男の主観はともかく。
魔族しかいないここ魔王領に流れ着いた人間たちが、どれ程の苦労で国を建国したのか。
その心の支えがセドリックという神への信仰心だったという事だけは理解出来た。
「……じゃあ二つ目の質問だ。魔族らはアンタら人間がグランネリア帝国なんて大層な名前の国を自分らの島に建国し、侵略戦争を仕掛けてきていると主張してるんだが……それは何でなんだい?」
魔王様の陣営とグランネリア帝国。
この魔王領で起きている、二つの勢力の血を血で洗う抗争のきっかけは、帝国の人間が領地を拡大し、いずれはこの魔王領から魔族と獣人族を追い払うつもりだと。
ここまではアステロペからの説明で、アタシが何とか知っている魔族側の事情だ。
そして、今度はこの司祭服の男から、帝国側の事情を聞き出す。
「……はっ、知れたことよ。神セドリックは我らに神託を下されたのだ。この魔族に支配されたコーデリア島は我ら人間のモノなのだと……だから我らは神セドリックの加護の下、正しい行いをしているだけに過ぎん」
すると、先程まで指を切り落とされるかも……と怯えていた自分を忘れたかのように、自分たちの正当性を饒舌に語り出す男。
そして、なおも男は口を開くのを止めずに。
「……それとだ。グランネリア帝国ではない!我らの国は神聖グランネリア帝国だ!」
「いやいやいやっ、何も違わないだろ?」
「違うっ!いいか……我らの国は神セドリックの加護ありきで建国出来たのだ。我らはその感謝を忘れず、その偉業を後世にまで讃えるために命名したのだ、それを否定するなっ!」
何故か麻縄で拘束され、生け捕りにされているという立場を忘れて、国の名前を間違えたアタシを非難し始める。
怒鳴られたのもあるが、アタシはアステロペの客観的な説明や、魔族や獣人族らがアタシを別段嫌悪している態度を見せなかったのに対し。
この男と帝国側のあまりに身勝手、かつ自分らの非道な行いすら信仰するセドリックという神に責任を押し付けるかのような主張を聞いて、徐々に腹が立ち。
アタシは男のよく回る舌と口を黙らせるために、男の首筋に大剣の刃をピタリと当てる。
「……自分の立場を勘違いするんじゃないよ、アンタはアタシが質問したことだけを答えればイイ……わかったかい?」
「……わ……わかった……」
途端に饒舌だった口が止まり、男の顔には再び怯えたような表情が戻ってきた。
そう言えば。
一月以上もエルと接していて、あまり気に留めずにすっかり忘れていたのだが。
大陸中を7年旅をして出会ってきた聖職者というのは得てして、普通に接している時には感情を律し、人格者であろうとするのだが。
自分の神の教義を語る時には、相手の事情を顧みる事無く熱心に勧誘を始めたり。
信仰する神が違う聖職者が顔を合わせると人格者の仮面を脱ぎ捨て、街中で激しい言い争いになる事も暫し見てきた。
生け捕りにしたこの男も、その特徴に漏れることなく当て嵌まっていたのだ。
一つ大きく違うのは、この男が最初から人格者の仮面を被っていなかったという事だが。




