71話 アズリア、敵への違和感
そしてアタシは歩幅の関係で一、二歩遅れて横に同行するユーノと、集落を大きく右回りに駆けて敵集団へと接近していく。
「お姉ちゃんっ、そのよこに敵がいるよっ!」
ユーノが掛ける声と同時に、繁みから立ち上がり飛び出してくる二体の人影。どうやらユーノに隠れているのを看破された事で諦めたのか、濃緑色の外套を脱ぎ捨て、白い司祭服を晒していく。
「わかって……るってえ────のッッ!」
もちろんアタシも、その繁みに帝国兵が息を潜めていたのは気付いていたので。
周囲に立つ樹の幹に当たらないように、構えていた大剣を大きく横に振りかぶり、姿を見せた人影の胴体を二人いっぺんに薙いでいくと。
帝国の神職者ら二人は短剣を構える間もなく、胸板を真横に斬り割かれて勢いよく赤い血を辺りに撒き散らしながら、身を潜めていた繁みに身体を沈めていった。
もう一度大剣を振り、刃に付着した返り血を拭い、声を掛けてくれたユーノに礼を言おうと横を見ると、そこに彼女の姿はなく。
辺りを見回してユーノの姿を探すと、アタシが脚を止めずに二人を一撃で屠っていた間にその先にいた敵に向かっていた。
巨大な黒鉄の籠手による一撃を、まだ自分の位置が把握されてないと樹の幹の背後に隠れていた敵兵に繰り出していき。
「ぐふぅううう⁉︎……ば、馬鹿な、木ごと……だとぉ……」
ユーノの鉄拳が命中した樹の幹が粉々に吹き飛んでいき、幹に隠れた背後の敵兵を拳が捉える。
鉄拳がその身体を直撃し、敵兵の肋骨が砕ける音。
口から血を噴き出しながら、真後ろへとめちゃくちゃな体勢で軽々と吹き飛ばされていき、そのまま動かなくなった。
そんな一撃を放ったユーノの背後から、猛烈な速度で繁みから飛び出して、手に握っていた短剣で突撃してくるもう一つの人影。
「……大きな攻撃の後では避けられまい!」
確かに、本当に不意を突かれていたのならば、その通り回避は困難なのだろうが。
ユーノはこの付近に四体の敵が潜んでいることを、あらかじめ察知しているのだ。
だからユーノは慌てることなく、左脚を軸にして身体を回転させて、真後ろに突進してくる刺客の凶刃へ、籠手の手甲部分を容赦なく叩き込んでいく。
寧ろ不意を突かれたのは、反撃はおろか回避や防御など出来ないと思い込んでいた敵側であり。真横から襲い来る凶悪な威力の拳が頭部に直撃し。
首から上がなくなった身体が、走り込んだ惰性でユーノを通り越していき、そのまま地面に倒れ伏していく。
……どうやら、拳を受けた頭は何処かへ飛んでいってしまったようだ。
「えっへん、って……あああっ!……お姉ちゃんにてかげんしろ、って言われてたんだっけ……すっかり忘れちゃってたよぅ……」
「いや、よくやったよユーノ。なあに、敵はまだ五体もいるんだ。そのうち一人を生け捕りにすりゃイイんだから気にしなさんな」
アタシの頼み事を忘れ、二人の敵兵を一撃で躊躇なく殺めてしまったことを気にするユーノの頭をポンポンと軽く撫でて、言葉を掛けていくと。
「お姉ちゃん……うんっ、つぎはがんばるからっ!」
落ち込んでた顔が、すっかり笑顔へ変わる。
うんうん、やっぱりユーノには笑顔が似合う。
そもそもアタシだって、生け捕りを頼んでおきながら、顔を出した二人を一撃で斬殺してるんだからユーノに何か言えた義理じゃないが。
さて。
生け捕りには失敗したが、幸いにもここには四体の敵の死体が丸々残っていたりする。
先程は、この連中が白い司祭服を着ていた事に気を取られ、連中の持ち物まで調べはしなかったのだが……アタシの失策だった。
攻勢に出る前に、ユーノがわざわざ察知してくれた12体の敵の配置は、明らかにこの集落を包囲する位置取りだった。
しかも、自分たちからはなかなか襲撃を行なってこないという妙な行動までしていたのに、アタシは敵を殲滅する事ばかりに気を取られていた。
「……やっぱりな」
連中の持ち物を探ってみれば、四体全員から共通して出てきたのは、獣脂の入った油壺が数本と。
アタシも知らない種類の木の実だった。
油壺の用途はわかる。
要はこの連中、まず逃げ場のないように集落を囲むように獣脂を撒いて火を放ち、そのままアタシらを焼き殺そうとしたのだろう。
獣脂を使うのは、大量に撒くのに植物から絞り出した貴重な油を使用するよりも安価で持ち運びやすいからだ。
問題は、全員が持っていたこの木の実だ。
木の実といってもその大きさはシルバニアの金貨ほどで、表面は硬い殻に覆われている。
「でも……この木の実は一体何だろうねぇ?アタシも長いこと色んな場所を回ったけど、こんな種類の木の実は見たことないよ」
四人が全員持っていたのだから、何らかの意図があって所持していたのは確実なのだが。
最初はこの実に毒が含まれていて、燃え盛る火に投げ入れると毒の煙が発生し、集落の住人らにさらに追い撃ちをかけるつもりなのかと思い。
アタシは試しに、この場で灯せし灼炎の魔術文字を発動し火を起こして、木の実の一つをその火に投げ入れてみた。
すると、火の中の木の実がパチパチと爆ぜ、表面の殻が割れる音と、香ばしい匂いが漂い、想像していたように毒の煙が上がる様子は一向に見られなかった。
「……ふぅん、もしかしたら帝国の連中が好んで食べる木の実だっただけなのかねぇ……」
起こした火に足で土をかけて消していき、残る五体の敵へと向かおうとユーノに声を掛けようとした時。
……アタシは、初めてその異変に気付いた。
「……お、お姉ちゃぁぁん……ぼ、ボクぅ、めのまえがなんだか……クラクラしちゃってるよぉ……はにゃああああ……」
顔を真っ赤にして、足取りが覚束ない様子のユーノ。それはアタシにも度々覚えのある感覚、酒に酔った様子によく似ていたのだ。
アタシは腰にぶら下げていた葡萄酒を入れておいた鉄筒に手を伸ばす。が、葡萄酒は猪豚を調理した際に全部使ってしまったので、勝手に飲まれたり間違えて飲んだということではないようだった。
と、なれば。
理由は、この木の実を燃やした煙なのかもしれないと思い、アタシはあと三つ残っていた謎の木の実の一つをユーノに近付けてみた。
「……くんくん、くんくん……ふにゃあぁぁぁぁ……」
顔は満面の笑みを浮かべる反面、もう立っていられなくなったのか、その場でペタリと両膝を地面に突けてから仰向けに倒れてしまった。
どうやらこの木の実、ユーノにとって酒に酔ったような状態になる一種の毒のようなものらしい。
ならば何故、この連中は全員がユーノの毒になるような木の実を所持していたのか?
「……ちょっと待て。確かアタシは一人も逃がさないで全滅させたハズなのに、何でこの連中はこの集落にユーノがいることを知ってたんだ……?」
聞けば、帝国と魔王様らとの戦いは今に始まった事ではないそうだから、ユーノの弱点やその対策をしている事自体はそう驚く程の事ではない。
それ程ユーノが連中にとって看過出来ない戦力なのは、アタシも認めるとこだ。
問題は、何故この連中が全員でユーノの弱点の木の実を所持していたか、ということだ。
帝国の連中が常にユーノの弱点を持っているのなら、昨晩の戦いで使用していてもおかしくないのに、昨晩の敵兵は誰一人この木の実を使用した形跡は見られなかったのに、だ。
────今回の襲撃、何かがおかしい。
この木の実ですが。
要は「木天蓼」の事です。
効果は強力ですが。




