70話 アズリア、帝国に興味を示す
敵の襲撃を待つ事なく、こちらから攻勢に出るために集落を離れたアタシとユーノ。
とりあえず、こちらから接敵していけば何らかの行動に出ると踏んだのだが。
「……なあ、ユーノ。連中の動きや位置なんかに変なところはあるかい?」
「うん、ボクたちが近づいたら、ヤツら足音をたてなくなったよ……もっとも、ボクにはバレバレだけどね。いるよ、そっちにみっつ」
ユーノの話だと、アタシらが接近すると帝国の斥候、もしくは先行部隊は気配を殺して息を潜める行動に出たのだ。
それでも、ユーノの鋭敏な五感を潜り抜けられはしなかったのは連中の誤算だろう。
ユーノが指し示す方向へと駆けていると、ようやくアタシも敵である存在の気配を察知出来る。
息を殺し、帝国の連中が好んで纏う白ではなく、濃緑色の外套に身を包み、木陰や茂みに隠れているのを発見する。
その数は……三人。
明らかに戦闘距離にアタシが踏み込んでいるのに、何も動きを見せないということは。このままやり過ごす気なのか、それとも背後から襲撃する気なのか。
だが、この距離はもう……アタシの大剣が届く間合いなのだ。
アタシは背中に背負ったクロイツ鋼製の大剣を片手で構え、右眼の筋力増強の魔術文字を発動させていくと。
物陰に潜めた気になっている敵兵の頭部に狙いを定めると、さらに加速を付けてからの刺突を繰り出していく。
「────⁉︎」
肉と骨に刃が沈む感触と、鈍い衝突音を鳴らしてアタシが真正面に放った大剣の切先は、隠れていた敵兵の額を貫通し、頭をカチ割っていた。
仲間が一撃で斬殺された様子を見て、隠れていた敵兵が動き出し、腰から真っ白い刀身の短剣を抜き放ち、繁みから立ち上がるが。
アタシは前面に突き出した大剣を、そのまま横に振り抜き、立ち上がった兵士の首を刎ねていく。
「────ほい、まずは二体」
ユーノが察知した敵兵は、あと一人。
どうやらアタシの大剣の間合いからは離れていた地点から頭を出す敵兵が、「ひぃ」という恐怖の声をあげて、背中を見せ逃走を始める。
「逃がさないよ────黒鉄の礫っっ!」
アタシの背中から放たれたのは高速の黒い塊。
集落を離れる前にユーノが得意とする「鉄拳戦態」を発動し。
あらかじめ黒鉄の巨大な籠手を両腕に装着した彼女が撃ち出したのは、その籠手の指の一部。
その黒鉄の指が背中を貫通し、胴体に大穴を空けた敵兵は断末魔をあげる間もなくその場に崩れ落ちる。
「お姉ちゃん、こっちはもういないみたいだよ」
「ああ、撃ち漏らした敵を倒してくれてありがとな、ユーノ」
「う、うんっ!……えへへっ、ボク、お姉ちゃんにほめられちゃったあ」
この方向にはもう敵兵はいない、とユーノの五感を完全に信用しているアタシは、一旦この場で呼吸を整えながら。
一人仕留めたユーノの頭を撫でてやっていた。
……しかし、魔王様の「雷獣戦態」にも驚いたが。
ユーノの「鉄拳戦態」にも驚くことばかりだ。
まさか、巨大な籠手による攻撃と防御力の強化だけでなく、籠手の破片を飛ばす遠距離攻撃までこなせるとは。
さて、ユーノが次に敵が集まっている場所を探している間に、アタシはもう息をしていない敵兵の濃緑色の外套を剥いでいくと。
中から出てきたのは、血に汚れてはいるが真っ白な司祭服や女性用の司祭服だった。
兵士ならともかく、神職者がたった12人で?
明らかに違和感しかない、この襲撃者の正体。
考え込んでいたアタシに、敵の居場所を割り出すのを終えたユーノが身体を揺さ振ってくる。
「……お姉ちゃんお姉ちゃん、どうしたのお姉ちゃんっ」
「あ……ああ、悪いねぇユーノ」
「お姉ちゃんだいじょうぶ?……すごくむぅ、って顔してたよ?」
そこで、アタシは一つ思い浮かべていた
確か……ユーノやバルムートら魔族の部隊と辺境の森で遭遇する少し前に、帝国軍の弓兵隊と交戦したその直後にアタシの背後に姿を見せ。
まるで暗殺者のような振る舞いを見せた、アディーナと名乗る修道女のことを。
何故、今それを思い出したのかと言えば、ちょうど今この襲撃者が纏っていた白の司祭服を、アディーナも身に着けていたからだ。
少し考えてみたら、アタシはまだこの帝国や、セドリックとかいう神様が何なのかを、ほとんど知らないのだ。
さすがにバルムートと一緒に行動していたとしたら「帝国兵を生け捕りに」なんて猛烈に反対されるのが予想出来る。
当然だ。帝国側に住人や自分の配下が既に何人、何十人と殺されているのだから。
だから、もしこの機会を逃すと。
後は単独でグランネリアへと潜入するくらいしかその疑問を解消する手段がなくなってしまう。
「なあ、ユーノ……ちょっと連中から聞き出したい事があるから、一人は生きたまま捕まえらえないかねぇ」
「んー……わかったよお姉ちゃんっ。むずかしいけど、ボクなんとかがんばってみるねっ!」
とは、ユーノに言って反対されなかったのは僥倖だったが。
……正直言うと、アタシも手加減は苦手である。
昔、冒険者として「盗賊を生け捕りにする」という依頼を受けたことがあったのだが、何しろアタシの得物はこの重量だ。
刃を立てずに刀身の腹の部分で殴ったとしても、気絶どころか頭の骨が砕けてしまうし。ならば……と大剣を使わずに拳で戦ったが、不器用なアタシは結局一人も生け捕りに出来ず、依頼を失敗させたのは苦い思い出である。
「……でね、お姉ちゃん。むこうにみっつ。それに……あっちにはよっつ、そこがいちばん敵がいるみたいだよ。どうする?」
ユーノが、両手で二つの場所を指差していく。
その位置は、この場所の三体を含めればちょうど集落を囲んだような配置になっていた。
ユーノの前では、感知魔法の使い手も舌を巻くだろう。何しろ気配を消しているつもりが、ここまで正確無比に位置を把握されてしまっているのだから。
「それじゃ……ここから近い右側の三体からさっさと片付けるよ、ユーノっ」
「うんっ!ボクとお姉ちゃんは無敵なんだから!」
 




