35話 アズリア、小鬼の襲撃
「──来るよッ!」
アタシの掛け声と同時に、全員が視線を集中させていた茂みから姿を現したのは。
小鬼と呼ばれる、カイトらと同じ体格で腰布以外に纏っておらず。粗雑な造りの棍棒を握っている小型の下位魔族の一種だ。
体格に見合った筋力しかなく、小柄な割に俊敏というわけでもないし。動物程度の賢さしかない連中は、罠も魔法も使ってはこない。
今回、遭遇したのが剛力を誇る群長熊だったり、群れで奇襲を仕掛けてくる群野犬の集団なら脅威だったが。小鬼程度であれば、組合で見たカイトらの実力なら一対一の戦闘で問題なく勝てるだろう。
「あ……あれが、ご、小鬼……ごくっ」
「ひ、ひぃぃっ……こ、怖いよぉ……」
だが、前衛に立つカイトやリアナが構える武器や盾が度を超した緊張のためかカタカタと震えている。
見れば、アタシの横に並ぶ射撃役のクレストは恐怖で身震いさせていたし。魔術師のネリなどは、持っていた魔法の杖を支えにして何とか立っていた状態だ。
……思えば、生命を取られる心配のない組合の模擬戦ですら、戦う前に怯えていた四人組だ。
それが下手をすれば生命を奪われる魔物との戦闘の前にしては、無理もない話だ。
「な──……いや」
一度は子供ら全員に声を掛け、緊張や恐怖を和らげてやろうとしたが。直ぐに思い留まり、子供らをそのまま放置する。
「初めて生命賭けの戦いに挑む一歩……そこは、アタシが背中を押しちゃいけない」
見捨てたのではない。
あくまで手出しをせず、見守るのだ。
カイトら四人はこれからも冒険者として、いずれは自力でこの東の森に甘露草を採取しに来る必要があるかもしれない。
かく言うアタシも、である。
初めて武器を持ち、相手の生命を奪った時は思わず握っていた武器を落としそうになるほど動揺したものだ。
だからこそ、だ。登録試験の時は手を貸してしまったが。初めて生命の奪い合いをするという恐怖を、自らの意志と決意で踏み出さなければ意味がない。
次にカイトらに難題が降り掛かった時に、必ずしもアタシのような救援が来るとは限らないのだから。
勿論、カイトらが恐怖や緊張を克服するのが間に合わず。先に小鬼の攻撃が届きそうになったら、さすがにアタシの出番……だが。
それは本当に最後の手段だ。
「頑張るんだよッ……カイト、ネリ、それに……リアナにクレストも」
それにアタシがカイトらと一緒にいたのは少しだけだが、あの子らが「ネリの母親を救いたい」と願う気持ちは本物だ。だから、信じてる。
あの子供たちなら恐怖に打ち勝てる、と。
──その、四人組はというと。
「こ、怖いよ……ま、魔法を唱えようにも、か、身体が動かないよぅ……」
「ど、ど、どうしようカイトっ?」
焦るリアナ、無言で固まるクレスト、涙目で怯えるネリだったが。
「ふぅ……っ、はぁぁ、ふぅぅ……っ、はぁぁ、ふぅぅ……っ」
何度か深く息をすることで気持ちを落ち着けたのか、膝や盾の震えをいち早く止めたのはカイトだった。
そのカイトが、まだ気持ちが動揺している三人に対して声を掛けていく。
「……安心しろ、みんな。小鬼だろうが何だろうが、攻撃は全部オレがこの盾で止めてやる!」
「「か、カイト……っ」」
「いいか、オレたちはあの元・二等冒険者のメノア婆さんから一本取ったんだぞ、それを思い出せっ!」
カイトの激励の言葉に、リアナやクレストは身体の震えが止まり。何とか小鬼が動き出す前に、体勢を立て直せたようだったが。
元々、気弱な性格のネリはまだ魔法を唱えられる精神状態には回復していない様子だった。
だが、ネリが落ち着くのをただ待っていては、小鬼が接近するのを許してしまう事態となる。
意を決した軽戦士のリアナは、後衛である射撃手のクレストと一緒に前に出ると。
「カイト、あんたはこの場で待機っ!……ここでネリを励ましてやって?」
「小鬼は……僕とリアナで何とかする」
リアナは両手に小剣を握り、クレストは弓に矢を番えると。
茂みから姿を見せ、ようやくカイトら四人組とアタシの存在に気付いた小鬼が二体。
『ギェェェヤ──アアアアア‼︎』
粗悪な出来の棍棒を振り上げ、奇声を発しながら襲い掛かって来る。
素早い動きのリアナも、さすがに小鬼二体に左右に挟まれれば攻撃を避けるのは至難の業となるが。
それでも背後でネリを励ますカイトに小鬼が向かわないように、一度に二体の相手をしようとするリアナ。
二体の小鬼に割って入る前に、一度クレストに目配せをして。
彼女の合図に、一度だけ小さく頷いたクレストは。構えた弓矢で一体の小鬼の頭に狙いを絞り込む。
リアナが敢えて、小鬼に挟み撃ちになるように移動したのか。それはきっと、射撃手であるクレストを警戒されないよう、注意を自分へと引きつける狙いがあったのだろう。
緊張と恐怖を振り切ったとは言え、随分と無茶な作戦を取ったものだとアタシは感心し。
「さあ、クレスト……これだけ頼りにされたんだ。この場面で外したらアンタ、この先ずっとリアナの尻に敷かれちまうよッ」
小鬼に気付かれまいと、手早く弓の弦を引き絞るクレストの背後に回ったアタシは。
激励というよりは、挑発めいた言葉でクレストを奮起させていくと。
「わかってますっ。でも、絶対に外しませんよ……この一撃だけは、絶対に」
矢を番えるクレストの眼に、静かに闘志が灯る。
そして──矢が放たれ。
山なりの軌道を描き、風を切り裂き飛んでいったクレストの矢は。
リアナを挟み撃ちにしようとしていた小鬼の左目を捉え、一直線に突き刺さる。
「ギェェェグワアァァァァァ⁉︎」
突然に視界を奪われた小鬼は、矢が刺さったままの左目を押さえ。絶叫しながら地面に倒れて転げ回る。
挟み撃ちされる心配がなくなったリアナは。迫る小鬼の棍棒を大きめの動作で回避しながら、小鬼の背後へと回り込むと。
「……これでっ!」
小鬼が背後に回り込まれたことに気付くよりも前に、リアナの小剣が背中を斬り裂いていった。
だが、刃の部分が短い小剣と非力なリアナでは、さすがに一撃で仕留めるとはいかず。
斬られた小鬼がリアナへと激怒した様相で背後へと振り向くが。
「ギュエ──⁉︎」
ちょうどクレストに背を向けてしまった小鬼の側頭部に、彼から放たれた第二射の矢がプスリ!と突き刺さり。
頭を貫かれた小鬼は、力無く地面に倒れて身体を痙攣させていたが。すぐに動かなくなる。
「さっすがクレストっ、上出来すぎるじゃないっ!」
「……へへ」
二体の小鬼を見事に撃退してみせたリアナは。後衛から決定打を放ったクレストへと駆け寄っていくと、その活躍を讃えるように互いの手を合わせて勝利を喜んでいた。
だが、喜んでばかりもいられなかった。
何故なら、先程二体の小鬼が姿を見せた茂みの奥から、さらに小鬼が数体ほど追加で現れたのだから。
◼️小鬼その他の下位魔族について
この世界にはかつて「魔族」と呼ばれた種族が、ラグシア大陸にも多数暮らしていたが。
数百年以上も前に、大陸の覇権を握った人間種によって。大陸から遠く西に離れたコーデリア島にまとめて追放され。
何とか追放を逃れたものの、散り散りとなった魔族は文化的生活を失い、やがて獣と同等の知能にまで退化した者も現れた。それが下位魔族の始祖である。
下位魔族には、小鬼の他にも。豚鬼や犬鬼、食人鬼や岩巨人など種族は多岐に渡り。
小鬼の中にも力の強い戦鬼、小鬼王、血帽子といった亜種や、魔法が使える賢い個体が誕生することがある。




