69話 アズリア、第二波へと攻勢に出る
炎の悪魔族のゴードンの手から放たれた激しい火炎の波が、住人たちがいる木造の建物へと直撃する。
たちまち木の壁面に引火し建物が燃え上がる……と、放ったゴードンを始め、見ていた誰もがそう思って足が動いたのだが。
「な、何だと?……俺の魔炎で木の家が燃えないどころか焦げ一つつかない、だと……一体何がどうなってやがる……」
巻き起こる炎が消え去った後、木で作られた建造物にはゴードンの言う通り、炎が直撃した部分にすら木の壁面焦げ目一つつかず、無事な姿で立っていたのだ。
もちろん、建物の中にいる住人らも全員が無事だ。
「……いや凄いですぞ、あの激しい勢いの炎が建物の周りを覆っていたのに、建物の中は全然熱くなかった……」
とは、窓口から顔を覗かせた住人らの言葉だ。
どうやら建物の中に炎の熱が伝わっていた、という事もまるでなかった様子だ。これなら襲撃者が火矢を放つなどしても、建物の中にいる限りは大丈夫だろう。
「な?だから言っただろ、大丈夫だって」
「……あ、ああ……あんた、俺の傷を治癒したり、こんなスゲぇ防御結界を張ったり、何ていうか……疑って、済まねえ……」
アタシは、納得の言っていない表情のゴードンの背後から肩に手を置いて声を掛けていく。
……いや、本音で言えばゴードンの放った炎の勢いが予想以上に強かったので、これだけ大きな建物を丸ごと守り切れるのか、内心はヒヤリとしていたのは内緒だが。
「うむ。俺も内心ヒヤッとしたが、さすがはアズリア殿、見事な防御結果だ!これで住人らの護衛の手が足りない問題も解決した……あとは連中が姿を見せるのを待つだけだな」
この場にいる全員が、アタシの魔術文字の効果をその目で確認してくれたことで、後方の憂いが解決した、という意思表示を。
一番声の大きなバルムートが言葉を発することでそれを共有することが出来た。
さすがは四天将、と呼ばれる男だと感心した。
勇猛、というよりは猪突猛進な印象のあるバルムートだが。このような時に全員の精神的な支えとなる発言を、最適の機会に宣言することが出来るというのは彼の大きな才能なのだろう。
すると、もう一人の四天将であるユーノは何故か先程から黙っていたが、どうやらアタシたちがこんなに騒がしい状況でも、目を閉じて耳を傾けながら、敵の動きを察知している様子だったが。
「……ねえバルちゃん、お姉ちゃん。帝国のヤツらこのあたりをぐるぐると回って、ぜんぜん近づいてこようとしないの」
くりくりとした可愛い目を開いて、とてとてと近寄ってきたユーノからの襲撃者の現在の動向の報告を受けるアタシとバルムート。
「むう……アズリア殿。貴殿は敵の動きをどう見る?」
「……そうだねぇ。12名っていう数の少なさから偵察部隊ってコトもあり得るかもしれないね」
何しろ襲撃した部隊は誰一人として帰還してないのだから、帰還しなかった部隊に果たして何が起きたのかを確認するために、偵察のための斥候を先行させるのは戦場ではよくある事だ。
だがその場合、後方にまるまる部隊が控えているのが普通だが、ユーノがその部隊の気配を一切察知出来ていないのは妙な話だ。
そもそも帝国側に、ユーノのとんでもない感知能力の範囲を正確に把握している者がいる筈もない。だから、ユーノに感知されない範囲外に待機しているとは考えにくい。
それに、もし襲撃者の連中が何か作戦があって集落の周囲でそれを実行している最中だとしたら、ここで相手の出方を待っているのは得策ではない。
そこでアタシは、ユーノに目線を合わせるために屈んだ状態で、彼女の両肩を掴んでいった。
急にアタシに肩を掴まれたユーノは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げ。
「え?ええっ?な、なになになに、アズリアお姉ちゃんっ?」
「なぁユーノ。アタシと一緒にあの連中をブン殴りに行かないかい?」
この集落の周囲は木が繁っていて、いくらモーゼス爺さんに叩き込まれた影響で、それなりの距離ならば相手の気配を察知出来るとはいえ、ユーノの鋭敏な感覚には到底敵わない。
……ただし、ユーノを単騎で向かわせた場合、手加減抜きであの巨大な鉄拳で殴り飛ばして、話が聞けなくなってしまう可能性が高い。
もしアタシとユーノが攻勢に転じたことを勘づかれて襲撃者が集落を攻撃してきても、集落側にはバルムートやゴードン、その他魔族の兵士を配置しておく。
加えて住人らが避難する建物には、魔術文字による防御が施されていれば、何も心配はいないだろう。
「……うんっ!ボク、お姉ちゃんと一緒に戦うっ!」
「ああ、頼りにしてるよユーノっ」
「お、おい……アズリア殿。俺は、一緒に連れて行っては貰えんのか?」
ユーノに同行をお願いするアタシに向けて、自分にも誘いの言葉はないのかと情けない顔を浮かべていたバルムート。
……先程の言葉に感心したアタシの気持ちを返せ。
「は?バルムート、お前さんまでこの場を離れたら、誰が住人を守るんだい?……誰がゴードンら魔族を指揮するんだよっ?」
「むう……確かに。そう言われたら、確かにその通りなのだが……うむ、わかったのだ……」
と、情けない顔をした巨躯の魔族へ喝を入れる。
それを聞いて、渋々納得はしてくれた様子で引き下がってはくれたようだが。
……そう言えば、最初にバルムート率いる魔族の部隊と遭遇して、アタシが抱えていた難民を城へ保護を頼んだ時のことを思い出していた。
あの時もバルムートは部下に護送を任せて、アタシの戦う姿に興味を示し、この集落への救援に無理やり同行してきた、という経緯があったからだ。
「わかったわかったバルムートっ。それじゃ、アタシとお前さんが無事に城へ帰れたら、その時は手合わせでも何でも付き合ってやるよ……それで──」
少々面倒ではあったが、ここでバルムートにこの場を離れて同行されでもしたらもっと面倒だ。
アタシはバルムートとの模擬戦を約束すると「それで満足かい?」と言いたかった言葉に被せるように。
「おお!それで構わないぞ!……ふっふっふ、それを聞いて俄然闘る気が出てきたわい。がっはっは!」
そこまでアタシと剣を交えるのが楽しみなのか、大声で笑いながら戦斧を担ぎ、建物と集落の防衛に回っていくバルムートだった。
それにしても、そこまで戦闘意欲に溢れているのなら、バルムートもアタシと一緒にモーゼス爺さんの鍛錬を受ければよいのに。
城に帰ったら、爺さんに打診してみようか。




