68話 アズリア、第二波に対策する
「……けほっ、はぁ……うう、まだ目の前がチカチカするねぇ……敵襲の前に危うくユーノに絞め落とされかけたよ……」
あの後、建物から様子を見ていた住人の子供らが、顔を真っ青にして首に巻き付いていたユーノの腕を、外して欲しいあまりにパンパンと叩いていたアタシを見て。
慌ててユーノらに指摘してくれたおかげで助かったのだが。
喜び勇んでの行動だっただけに、ユーノに悪気がないのは分かっているのだが。
一歩間違えたら、アタシは気を失っていただろう状態にまで追い込んだ責任を感じて。
「……ううう、ごめんなさいお姉ちゃん……」
先程まで満面の笑みを浮かべたその顔を、しょんぼりと顔を俯かせて反省している様子だった。
……少しばかり気まずい雰囲気が周囲に流れる。
それを撃ち破ってくれたのは、先程アタシの視線による救援要請を見事に黙殺してくれたバルムートだった。
「落ち込んでる暇はないぞユーノよ。なぁに、失敗したというのなら、これから攻めてくる帝国相手に活躍して見せればよいだけのことよ。だろう、アズリア殿?」
それはそれは見事な配慮だったので。
アタシは先程黙殺した恨みを忘れることにした。
「ああ、そうだね。期待してるよ、ユーノっ」
「……うんっ!ボク頑張るから見ててよっ!」
バルムートとアタシの言葉に、ようやく顔を上げて笑顔に戻ったユーノ。
重くなった空気が、その笑顔で一変する。
さて。
アタシら戦闘要員の準備や心構えは出来ているが、問題はまだこの集落に留まっていた住人らをどう護衛するか、だった。
昨晩、アタシが魔術文字で治療した中には元々この集落で帝国の兵士と交戦していた魔族らや、バルムート配下の上位魔族ゴードンがいるが、アタシやバルムート、ユーノを加えてもその数は両手の指より少ない。
対してユーノ曰く、襲撃者の数は十二体。
建物にいる住人らは三〇人を悠に越え、その全員を護衛するには圧倒的に人手が足りな過ぎる。
どうやら、その点はバルムートも気が付いているようで。ゴードン以下の配下となる魔族らにまず住人の無事を優先するよう、支持を出しているようだった。
その指示を粗方終えたバルムートが、建物から大剣を取りに戻り、背中へと背負ったアタシへと近寄ってくると。
「さて、そろそろ襲撃者がこちらへと到着する頃だが……やはり、住人らを守りながら襲撃者と対峙する、というのは無理があるぞ?」
と、いうのも。
昨晩、事情を聞くために治癒したゴードンが炎の悪魔族であり、得意とするのは広範囲の火炎魔法で、護衛任務には不向きなのだとバルムートに聞いていたのもあった。
「だが、先程から貴殿には焦りの色が見えないのだが、アズリア殿には何か策があるというのか……?」
「……うーん、まあ、ねぇ。ある、って言っちゃあるんだけど……もし失敗してもアタシを責めないでおくれよ」
バルムートのその指摘は、ある意味では的中しているが、ある意味では間違っていたりする。
何しろ想定している事はあるが、確信がないからだ。
それでもバルムートには配下に護衛を徹底させる以上の策は思い付かなかったのだろう。アタシのその確信のない策に、あからさまな興味を示していた。
「それじゃ皆んなっ……この建物に入って、戦闘が終わるまで、何があっても絶対に外に出るんじゃないよっ!」
アタシは住人らに声を掛けて集まってもらうと、唯一まともに焼け残り昨晩は全員で寝床とした建物に入るように指示をし。
住人全員が建物に入ったのを確認すると、その建物の壁に、指を噛み切って流した血を使い、一つの魔術文字を刻んでいった。
「よし……我は赤檮に誓う。全てを護る盾よ────yr」
魔術文字に魔力を流し込み、仕上げに力ある言葉を唱えて効果を発揮させる。
その様子を不思議な顔で見ていたユーノが、疑問に思ったことを質問してくる。
「ねえ、お姉ちゃん?……昨日のよるにつかってた魔法だよね、これ?これって、みんなのキズを治してくれる魔法じゃないの?」
「……よく見てみなユーノ。昨日アタシが描いてたのと形が違うだろ?コレはまた違う効果の魔術文字……魔法なんだよ」
「……へえええ」
今回使った魔術文字は「赤檮の守護」。
修道女エルへの吸血鬼の暗黒魔術を防ぎ。魔王様の一撃にも耐え得る防御効果を発揮する魔術文字だ。
さて、どの程度の防御効果があるのか。
一番確かめておきたいのは……と。
アタシは炎の悪魔族であるゴードンを指差して、一つ頼み事をする。
「それじゃ早速だけど……この建物に一つ炎を撃ち込んでみせてくれないかい?」
「……は?な、何を言いだすんだアンタ、いや……傷を治療してくれた恩義はあるが、俺に村人を殺せと命令するならばそれは断固拒否させて──」
「防御魔法を使った」
本当なら住人が中にいない状態で試してみるべきなのだが。
一つは襲撃までの時間がないこと。
もう一つは、防御結界を張った後に建物を出入り出来るのか、出入りして効果が切れたりしないかが一切不明だからだ。
「……言っておくけど、アタシの防御魔法はあの魔王リュカオーンの一撃を完璧に防ぎきった効果だ。それにアンタの炎を防げないようじゃ、今から戦術を大幅に変更しないといけないからね」
「……本当に、住人は大丈夫なんだな……?」
ゴードンの問い掛けに、無言で頷くアタシ。
もちろん万が一、という事態も想定していないわけではない。その時は、もう一つ準備してある魔術文字を発動させるまでだ。
ゴードンは、視線をバルムートへと向けると。
「やれいゴードン。何があっても責任は俺が取る」
直属の上司からそう言葉を返されてしまうと、断る事も出来ず。
「……くそっ、どうなっても知らねえからなっ!──喰らい……やがれっっ魔炎‼︎」
覚悟を決めたゴードンが無詠唱で、その手より燃え上がる火炎を生み出し、建物へと放っていった。




