63話 魔王、雷獣となり吼える
挑発を受けて、瓦礫の中から即座に立ち上がる竜王。
元々、竜鱗で爪撃自体は弾いているため、攻撃を受けたことによる影響は少ない様子だ。
首や肩を具合を確かめるように回して動かしながら、身体に付着していた瓦礫を振り払っていく。
「ぐぬぅ……一騎打ちでは勝てぬと知って、どういった理屈かは知らぬが分身を作り出し、参戦させるとは……卑怯だぞ、魔王」
二体横に並んだ魔王に、正々堂々と戦えと批難の声をあげる竜王だが。
「は、抜かせ人間。そもそもテメェはその黒爪とその鹿角、三人分で戦ってんだろ?」
「それを俺様が二人で戦ったら卑怯とか、笑わせてくれるぜ」
「ぐぬぬぅぅぅ……」
それぞれの魔王が頭の鹿角、そして黒い爪を生やした腕を指差して反論すると。
それ以上の言葉が出ずに、悔しさのあまり歯軋りをし、二人の魔王を睨む竜王。
だが、何かを思いついたかのように、歯軋りを止めて口端を釣り上げてニヤリと笑い出す。
「だが……二体に分身を出せるのだったら、バラバラに配置しておくべきだったな魔王────がああぁぁぁあああ‼︎」
突然口を大きく開き、予備動作もなく竜の吐息を放つ。しかも、放たれたのは先程見た光輝く閃光ではなく、竜属以外にもよく見る火炎の吐息だった。
まるで赤く伸びた舌のような火炎竜の吐息は、魔王本体と分身を引き離すように二体の間に放たれ。その思惑通りに、二体の魔王はそれぞれ左右に分断される。
「……やはり、あの吐息は。それならば」
背後から隙を伺っていたアステロペは、竜王ベオーグが口から火炎を吐き出す様子を観察していた。
その瞳の色を虹色へと変えて。
……そして確証を得た彼女は、仕掛ける絶好の機会を待つために、再び竜王の観察を開始する。
その間にも、竜王は左右に分断したそのどちらかが本体、その逆が分身……どちらが魔王本体なのか。
「──そちらが本体かあああっっ魔王っっ!」
少し迷った結果、彼は右側に吐息を避けた魔王こそ、分身でなく本体だと断定して、回避で崩れた体勢を整える前に追撃を仕掛ける。
もちろん何ら確証はない、単純な直感だが。
すると目の前の魔王は防御の姿勢を取り。
背後からはバチバチと音を鳴らした何かが迫ってくる気配。
前方の魔王への警戒を解かぬまま、チラリと背後に視線を向けると、迫ってきていたのは雷属性の魔力の塊だった。
おそらくは、身体に纏っていた魔力を切り離して直接放ってきたのだろう。
竜王は頭を使い、考えた。
これは、罠だと。
一見すれば目の前の魔王の分身が防御して攻撃を誘い、背後から本体が攻撃魔法で狙い撃つ戦法に思える。
だが、詠唱もなく放てるような攻撃魔法でこの竜鱗を貫通するような威力を出せるのだろうか。
答えは否だ。
となれば、真実はまるっきり逆、逆なのだと。
背後から雷撃を放つのが狙いではなく、その雷撃にこちらが迎撃を仕掛けた途端に、防御姿勢を取った目の前の魔王本体が動く算段なのだ。
だからこそ、敢えて罠に乗る。
こちらが背後の攻撃に反応し、防御姿勢を解除し隙を見せたその瞬間に、合計18発ものこの爪による斬撃を魔王本体へ叩き込んでやるのだ。
そして我らの悲願、魔王に勝利するのだ。
行動指針を決めた竜王は、まずは背後に迫る分身からの雷撃を迎撃するために、大きく口を開き、頭に生やした鹿角からの魔力を喉へと送り込む。
と、同時に。
遠巻きに控えていた女魔族が動き、詠唱を開始する。
虹彩の魔眼を発動させ、竜王の身体に巡る魔力の属性を察知して。
竜王が狙っているのは、吐息を放って雷撃の迎撃と、分身への攻撃を同時に行うこと。
幸いにも、まだ前方にいる魔王本体は防御姿勢を崩していないのを確認して。
「受けよ石化竜の吐息……かあああああああ‼︎」
「させんぞ外道、喰らい尽くせ────岩を喰らう魔口!」
竜王の口から白い煙のような吐息が勢いよく放たれるのと、竜王の眼前の空間に大きな空洞が空いたのは、ほぼ同時だった。
女魔族の対抗魔法で召喚されたその空洞は、先程何度も賢聖ロアスが発動させた高度な攻撃魔法と同じように、竜王の口から放たれた石化竜の吐息を、残さずに吸収していったのだ。
「な、何だと⁉︎……吐息を無効化した?そ、そんな事、魔術師に出来るはずが……」
そう、本来は不可能なのだ。
竜属に代表される吐息は、火炎や閃光といった魔法とよく似た効果を生み出すが、魔法とは別物なのだ。
本来の吐息は「火を起こす」現象を生み出す際に魔力を必要とはしていないのだ。だから如何にアステロペの対抗魔法が優れていようと、打ち消しようがない筈なのだ。
その原因とは、竜王がその身体に取り込んだ賢聖の鹿杖だ。
確かに、鹿杖の祝福によって最初に使った閃光の吐息以外にも、あらゆる属性の吐息を操ることが出来るようになっていたが。
それは本来の吐息というより、寧ろ無詠唱の攻撃魔法の特徴が色濃く出てしまい、結果的にアステロペの対抗魔法の効果を受ける事となってしまったのだ。
吐息を一度吐いてしまうと、溜めた魔力を全て放出するまでは口を閉じることは出来ない。たとえ眼前で吐息を全て無効化されていたもしても、だ。
それは……とても大きな、致命的な隙。
「────今です!魔王様っっっ!」
約束を果たしたアステロペが大声で叫ぶ。
その声に、いや彼女が果たした約束に応えるように、目の前の魔王、そして背後にいた魔王の双方が真上に向けて同時に大きな魔力を放ち、天井に穴を空けていく。
すると。
雲一つ見えない真夜中の黒い闇から、突然この決闘の場に一閃の落雷が降り注ぎ、その雷撃を真下で受け止めた魔王の両脚、両腕が雷光を纏っていく。
それは最初に使った「雷撃」を纏った姿に似てはいるが、その身体から放たれる魔力や威圧感がまるで違う。
……それが、前後に二体。
先程空に放たれたのは、雷属性の上級魔法である「降り注ぐ雷撃」。
それを身に纏う魔王リュカオーン独自の闘法、それが。
────雷獣戦態。
「……竜王。よくこの雷獣戦態の俺様を引き出したな……だから、見せてやるぜ」
「『西の魔王』の名を冠したその力の差、ってヤツをな……!」
『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉオオオオオオオオ‼︎』
魔王が言葉を口にするたび、空気が震える。
そして、竜王にではなく、天に向かって二体同時に大きく吼える。
その咆哮に、その威圧感に。竜王の膝は震え出し、その場に立っているのがやっとの状態だった。




