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60話 賢聖は、心の支えを失う

「はっは、竜王なんて大層な二つ名を名乗るだけあって、案外頑丈(タフ)じゃねえかお前……というか、その竜の鱗か?」


 一方で城内では、魔王リュカオーンが背後から直撃させた「雷針(らいじん)」の効果で身体が麻痺し、一歩も身動きが取れず、何とか両腕で防御の姿勢を取るのがやっとの竜王(ティフォーン)ベオーグへと。

 雷撃を纏った拳や爪撃を何発、いや何十発と矢継ぎ早に叩き込んでいた。


「……その程度か。は、噂に名高い魔王リュカオーンとはいえ、さすがに腕一本で竜の鱗を叩き割ることは出来なんだか」


 だが、竜王(ティフォーン)は耐え凌いでいる。

 麻痺して身動きが取れないとはいえ、竜王(ティフォーン)元来の竜鱗(ドラゴンスケイル)による防御は健在だ。 

 攻撃を受けながらも余裕の笑みさえ浮かべながら。


 もちろん、魔王(リュカオーン)とて本気ではない。

 アズリアと対戦した時に発動させた、上級魔法(エンシェント)の雷撃を身体に纏う「雷獣戦態(モード・マルドゥーク)」を使えば。

 如何な、頑強極まりない竜の鱗とはいえ、この爪で鱗ごと竜王(ティフォーン)を斬り裂くことが出来るだろう……だが。


「……さすがに城内で全力の雷獣戦態(アレ)を使おうもんなら、この城の地上(うえ)の部分が丸ごと吹き飛んじまうからな……」


 ……心の声が、口から思わず漏れてしまう。

 言葉が飛び出てしまったのは、竜の鱗の防御を突破出来ずにいる自分への苛立ちもあった。

 それを聞いた竜王(ティフォーン)ベオーグは、その言葉を鼻で笑いながら。


「はっ、人間の仇敵、冷酷な魔王がよもや、自分の居城の心配事とはな。だが……安心しろ、もうすぐその心配も必要なくなる」

「ほう……この俺様に勝てる、そう言ってるみたいじゃねえか」

「……もちろん我一人では無理だろう。が、人間とは貴様ら魔族とは違い、神セドリックの祝福(チカラ)を同じく授かりし仲間がいる」


 そう言って、先程の竜の吐息(ドラゴンブレス)を吐くための予備動作として大きく息を吸い込んでいく竜王(ティフォーン)だったが。

 口を大きく開き、吐き出したのは光輝く吐息(ブレス)ではなく。


賢聖(ミーティア)っ!……それに剛毅(パワー)よ!……今こそ我が元に集えっっ!」


 城内に響き渡る程の仲間を呼ぶ大声だった。

 竜王(ティフォーン)が、仲間に救援を求めてさほど時間も掛からずに、城内の石畳を走ってこちらへと接近してくる足音、そして小さな人影。

 そして独特の形状をした漆黒の魔杖(ケルヌンノス)


 一番乗りで姿を見せたのは「加速(アクセル)」の魔法で、少年とは思えない速度で駆ける賢聖(ミーティア)ロアスであった。


「……ベオーグ。剛毅(パワー)は……姉さんは?」

「いや、まだ来ていない。おそらくはまだ手間取っているのだろう」


 魔王と対峙する竜王(ティフォーン)の元へと辿り着いた賢聖(ミーティア)ロアスは、周囲を確認するように見渡してから、まだ姿を見ないもう一人の仲間であり。

 賢聖の少年(ロアス)の実の姉である、剛毅(パワー)の名を授かった女戦士の行方を尋ねたが、竜王(ティフォーン)も首を横に振る。

 

 やがて、魔王様(リュカオーン)髭面の大男(ベオーグ)と一対一で邪魔なく戦えるように、他の二人を分断し。

 その内の一人賢聖(ミーティア)と、魔法合戦を繰り広げていたアステロペが、息を切らしながらかなり遅れてこの場に姿を現わす。


「……はぁ、はぁ……き、貴様、い、いきなり背を向けて逃げるとは……ちょ、ちょっと待て……はぁ、はぁ……」

「……なあ、お前は魔法の腕こそ一流だが体力はからっきしなんだ。その……何だ、無理するな」


 何とかこの場に到着したアステロペだったが、既に肩で息をする疲労困憊の状態に、魔王様(リュカオーン)は戦闘の緊張を解いて、思わず苦笑し。


「ふむ、ここまで体力がないのは親として見過ごせんのう……アステロペよ、明日よりお前もアズリアと一緒に鍛錬じゃ」


 同じく、壁に空いた大穴に現れた老執事(モーゼス)までも苦笑し、娘であるアステロペに叱咤の声を掛ける。

 そして、魔王陣営の戦場に似合わず和んだ空気に困惑する竜王(ティフォーン)賢聖(ミーティア)の二人へと。


剛毅(パワー)とか言ったかの、あの女戦士ならばいくら待っていても永遠に来ぬよ」

「ぱ、剛毅(パワー)を……姉さんをどうしたあっ!」

「……わからぬなら教えてやるぞい、小童(こわっぱ)


 城外を戦場にして、剛毅(パワー)との一騎打ちを繰り広げ、そして勝利し対戦相手の生命を断ってきた老執事(モーゼス)は、自分の実姉の安否を気遣うあまり憤慨する賢聖(ミーティア)……いや、少年ロアスに。

 城壁に空いた大穴から、城の真下ほどの地面の辺りを指を差し示すと。


「ほれ、あの女戦士ならばあの通り……死んだぞ(・・・・)


 少年ロアスは、その一連の会話そのものがもしかしたらこちら側に隙を作らせるための言葉の罠……などという思考を挟む余裕などなく。

 老執事(モーゼス)の指の先を、大穴から身体を乗り出して視線を向けた。


 その視線の先に……血溜まりに倒れた実姉(あね)の姿。

 急遽ロアスは、漆黒の鹿杖(ケルヌンノス)を掲げて魔法の詠唱を始める。


「……天より降り注ぐ生命の鼓動、我が前にて横たわる傷付き倒れし者へ、奮い立つ活力を」


 その詠唱を聞いてアステロペが、発動する魔法の妨害をしようと対抗魔法(カウンターマジック)の準備に入ろうとするが。  

 横に立っていた魔王リュカオーンが首を横に振りながら、左腕で制してくる所作にアステロペは詠唱を止める。


「蘇れ、姉さんっっ!────生命の水(アクアオペール)


 杖の先端に魔力が集中していき、やがてその魔力は一筋の青い光の帯へ、そして倒れた女戦士の唇へ一滴の水となり吸い込まれていくが。

 その身体は微動だにしない。


 ────少年は理解していた。

 流れ出た血の量から、既に姉は死んでいる、と。


 賢聖(ミーティア)の頭の中には、自分一人では分断してきた女魔族(アステロペ)にすら力が及ばなくとも。

 神セドリックに祝福を授かった三人が協力し、連携すれば魔王リュカオーンを倒す算段があったのだ


「……あ、ああ、ああああ……ああああああああ」


 ……それが今、頭の中で音を立てて崩壊した。

 殺される。

 僕も、姉さんのように魔王らに殺される。


 神セドリックに祝福を授かる前は、ただ騎士の姉を持つ市井の子供だったロアスの心の支えだったのは、同じく祝福を授かった実姉(あね)セシルの存在が大きかったのだ。


 それを失った今。

 ロアスの心は恐怖と絶望感で埋め尽くされていた。

加速(アクセル)

戦闘時の反応速度を上昇させる身体強化魔法(ブースト・エンチャント)の一つ「敏捷上昇(スピードアップ)」とは違い。

風の魔力を背中と脚に纏い、接地する足裏の摩擦係数を減少させ、背中から風を放出して推進力とすることで移動速度を大幅な上昇する効果を発揮する。

等級としては中級魔法(エキスパート)に類される。


一応、戦闘時にも活用出来ないこともないが、風の魔力による推進力を微調整するには高度な魔力操作を必要とするため。戦闘時での使用は推奨されていない。


生命の水(アクアオペール)

この世界での治癒魔法は、神聖魔法(セイクリッドワード)が一般的なのだが。

これは大気中に散らばる生命力や魔力を、水属性の魔力で一滴の雫に凝縮して対象である負傷者の口に直接注ぎ入れる水属性の超級魔法(ハイエンシェント)。 


重傷や病気すら治癒するこの魔法の一番の短所は、対象が注がれる雫を飲み下せる状態でないといけないという点である。

意識がなかったり、喉を傷つけられるなどして水滴すら飲めない状態では効果を発揮しないのだ。

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