34話 アズリア、子供らと森を探索する
──東の森。
依頼書には、森から目当ての甘露草を数株ほど採取し、組合へと届ければ良し……とあった。
依頼主は王都の薬師組合ということなので、報酬を踏み倒される心配もない。
それはよいのだが。
「まったく……この広い森の一体どこに甘露草が咲いてるんだい……」
東門から王都を出発してから、半日ほど。
この国に土地勘のないアタシは、少しでも依頼書に甘露草の生息地が記されていないかと思い。何度も読み返してみるのだが、結果は変わらず。
結局のところ、アタシとカイトら四人組で東の森を当てもなく散策することとなった。
「そういや、話は聞かせて貰ったけど……草が必要なのは、ネリの母親なのかい?」
「あ……は、はいっ!……あの、お母さん……わ、私を産んでから、身体が弱くなっちゃって……それで……」
ちなみに甘露草は日陰で青い花を咲かせる植物で、名前の通り根からは甘い汁が絞れるのだが。その根を乾燥させれば咳を止める薬にもなる便利な薬草なのだ。
なので、市場で買おうとするとそれなりの値が付き。一度ならともかく、毎日のように飲ませる量を購入するのは無理な話だ。
「ははあ……それで冒険者に、ねぇ」
だが、冒険者となって自分で採取するとなれば話は変わる。
上手く甘露草を採取出来れば、ネリの母親の病を和らげることが出来るし。余分に採取して高く売ることが出来れば、根本的に病気を治療するために母親を治療院に通わすことも可能になるかもしれないからだ。
……に、してもである。
「だから、わざわざネリのために優しいカイトらは冒険者になってやろうと張り切ったんだねぇ……ふうん」
アタシがわざとらしくカイトの名前を強調していくと、申し合わせたようにリノアもクレストも生温かい視線をカイトに向けていく。
「……な、なんだよ、悪いかよっ?」
そんな二人の反応から、おそらく最初はカイトが無理やりに冒険者へと二人を誘ったのだろう。
アタシと同じくつい先日、冒険者に登録したばかりのカイトら四人組の緊張を解すために。このような日常的な会話を交わしながら、東の森の探索を続けていたアタシだったが。
目当てではないが傷に効く薬草の葉を数枚、手に入れただけで。そろそろ日が落ち始め、辺りは少し暗くなってきた。
「そろそろ暗くなるねぇ……街に引き返して、明日もう一度探索をやり直すよ」
「え?……で、でも、傭兵のお姉さん……まだ甘露草は見つかって──」
そう四人に告げるとアタシは、今まで歩いてきた道を引き返し、王都へと戻ろうとする。
最大の目的である甘露草を見つけてもいないのだ、当然ながら納得がいかずに街へ帰ろうとするアタシを引き止めようとするリノアだったが。
「いや、魔物が出るかもしれないッてえ森に、何の野営の装備も持ってきてないアンタらが一晩過ごすのは、さすがに無茶だろうさ」
「あ、そっか、オレたち……」
見れば、冒険者組合にいた時からカイトら四人は装備を何一つ変えてはいなかった。さすがに採取用の布袋を持っては来ているようだが、野営のための屋根布や天幕、調理器具などを持ち運んでいるようには見えない。
「ネリが、雨を防いだり、装備を畳んで収納出来る魔法を覚えてたりってワケじゃ……」
「……い、いえ、そんな魔法、覚えてないです、ご、ごめんなさいっ……」
もしくは、魔術師の少女ネリが何らかの便利な魔法を幾つか会得しているのかと思い。アタシは彼女へと視線を向けてみたが。
肩をすくめて目を閉じ、顔を伏せて首を左右に振ってその可能性を否定するネリ。
アタシが一人で夜を過ごすのであれば、寝具がなかったとしても一晩程度なら過ごすことは可能だし。
森に棲む何らかの魔獣を狩ることが出来れば、それを食糧にすれば済むのだが。四人が一緒では下手に森の獣と一戦交えるわけにもいかない。
「納得したかい?……それじゃ、明日はもう少し早足で森を──」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
アタシは丁寧に森に引き返す理由を説明し、引き止めたリアナや母親の事で焦るネリを何とか納得させ。
今度こそ王都に帰路に着こうとした矢先、四人組の中でも口数の少ない長身の少年クレストが再びアタシを呼び止めたのだ。
「何だい……まだ納得がいかないッてのかい?」
「ひっ!……い、いえ、違うんですっ……あ、アレって──」
旅の経験が違う、と最初から分かっていたとはいえ。今しがた引き返す理由を説明したというのに、まだ納得しないのには少しばかり苛立ちを隠しきれず。アタシはつい語気を荒げて言葉を返してしまったのだが。
そのクレストはと言うと、怯える悲鳴を上げ、震わせた指でとある場所を指差していた。
「……おや?」「え?」「嘘っ?」「あ、あれって」
クレストの指が指し示す先を見たアタシら全員は思わず驚いてしまい、声を漏らしてしまう。
何と、クレストが指差した先にあったのは。
木陰の暗がりでひっそりと、小さな青い花をいくつも咲かせた植物だった……それも一株ではなく、無数に。
「あ、あのっ、え、ええっと……も、もしかして、あの青い花って?」
アタシはまず、生息する場所に危険がないかを確認するために。お目当ての甘露草かも……と興奮する四人をその場に待機させ、アタシ一人が青い花の元へと向かい。
青い花がいくつも連なる植物を地面から引っこ抜き、その根を少し歯で噛んで、果たしてアタシの知る薬草なのかを確かめてみる。
……その結果。
「ああ……ま、間違いない、こりゃ……この根は甘露草だよ、うん」
口の中に広がる蜂の蜜とはまた違ったスッキリとした甘さと、その後スッ……とした清涼感で。この植物が今回の目的である甘露草なのだとアタシは確信し。
また、周囲には何の危険もなかったことから、待たせていたカイトら四人に手招きをしていくと。
「「や、やったああああ甘露草発見んんん‼︎」」
「帰る間際に見つけるなんて……やるじゃんクレストっ!」
「あ……う、うんっ」
互いの手を合わせながら喜ぶカイトら四人組。
中でも、青い花が咲いてるのを見つけたクレストの手柄をまず真っ先にリアナが背中を叩いて歓迎していたのを見て。
アタシは微笑ましさに、つい顔がニヤけてしまう。
「ふぅん……意外や意外だねぇ、ははッ」
カイトがネリに少なからず異性としての好意を持っているのは、先日の認定試験で知っていたが。
どうやらリアナとクレストの二人もまた、互いに異性として意識している様子だったからだ。
「しかも見てよっ、この花の数……これなら、ネリのお母さんの分を引いても、かなり残るんじゃない?」
「ああ、これなら……報酬で色んな装備を買うことも出来るぜっ」
こうして帰り際ギリギリに、目的だった甘露草を見つけることが出来て喜びに湧くリアナとカイトだったが。
実はその横で……アタシだけではなく。
斥候役のクレストと魔術師のネリも、周囲の異変に気が付いていた。
「あ、あのっ……お、お姉さん……そ、そのっ」
「大丈夫だよネリ、わかってるから。どうだい……クレスト?」
アタシの小声での問い掛けに。クレストは言葉を発さないまま、異変を察知したおおよその方向を指で指し示していく。
指の先に見える茂みからガサ……ガサ……と音がしたのだ。それも、風に吹かれ葉が揺れ鳴った音ではなく、茂みの中で人間大の大きさのものが動いた音だ。
「な、何っ? 今の……音っ」
つい先程まで浮かれていた二人にも、途端に緊張感が走り。四人がそれぞれ、背中や腰にあった武器や盾を構えていく。
余談ですが。
英語名で「リコリス」と言えば、通常だと彼岸花を指すのですが。
漢方薬の甘草の原料でもあるスペインカンゾウもまた「リコリス」と呼ばれるものでして。本編に登場するのもその近似種となっております。
ちなみに彼岸花の根……というか鱗茎には強力な毒が含まれておりますので。
決してかじってはいけません。




