55話 魔王、竜王と拳を交える
主人公不在の話が続きます。
「────なあ、離してやってくれねぇか。そいつは魔王陣営の大事な仲間なんでな」
魔法部隊長の身体を持ち上げていた「竜王」の右腕が、不意に何者かの手に掴まれると。
「竜王」の腕が徐々に下がっていき、魔法部隊長の足の先がようやく地面に着くようになると、釣り上げられる胸の圧迫から逃れた隊長は、大きく息を吐き出す。
「ほう……我の腕力を凌ぐとは。何者だ、貴様?」
どうやら髭面の大男の興味は、貧弱な魔法部隊長から自分の腕を掴んだ何者かに移ったようで。
胸ぐらを掴んでいた手を離すと、完全に拘束から逃れた隊長は尻を突いて倒れながら、転がるようにしてその場を離脱していく。
だが、最早興味を失った対象がどうなろうと関心はなく、髭面はその強面で、新しい興味の元へと視線を向ける。
そこには。
大男とは対照的な、如何にも軽薄そうな銀髪に金色の瞳を持つ、獣人族の若者がこちらに不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
傍らには、黒髪の魔族の女を侍らせながら。
「俺様が、お前さんが探してるその魔王だと言ったらどうする?」
「……面白い。本当の魔王ならば是非もない……お相手願おうか、この竜王がな」
そう、大男が口にした瞬間に。
大男が握り込み、振りかぶった拳と、その動きに反応して咄嗟に繰り出した魔王の拳の一撃が衝突する。
それも、一撃ではなく二撃、三撃と連続で互いに拳を繰り返し、空中で拳同士が衝突する激しい衝撃音が響き渡る。
「……ほう。我が竜の拳に均衡するとは、魔王と名乗るのは伊達ではないらしいな、若造」
「はっ、それはこっちの台詞だ。で……わざわざ俺様の城を訪ねてきたのにその程度か?」
自分の拳撃が相手の身体に一度たりとも有効打を与えていないにもかかわらず、髭面の大男と魔王はお互いに満足気な笑みを浮かべていた。
不意に、申し合わせたように攻撃が止む。
「我は『竜王』のベオーグ。魔王、我が討ち倒す者の名を聞いておきたい」
「いいだろう、よく聞けよ……俺様はこの魔王領を統べる魔王リュカオーン。誇り高き虎人族と魔族の半血よ」
「魔王リュカオーン、か……では、いくぞ。我ら人間は神セドリックの恩恵を得、魔王……貴様を打倒する」
「はっ────やってみな」
互いに名乗りを挙げ、言葉を交わし終えると。
二人は本格的な戦闘準備を着々と整えていく。
「我が神セドリックから授かりし祝福、その身に味わいながら────死ね、魔王」
髭面の大男、ベオーグの剥き出しになった赤銅色の肌の表面には、鱗だと一目でわかる異物が浮かび上がり。彼の頭部にも角のような突起物が生えてきたのだ。
眼力鋭い男の眼は、人間のものから蜥蜴や蛇に類似した形の眼に変貌していく。
「アズリアといいテメぇといい、面白え……面白えぞ人間っ、それなら俺様も少しは魔王と人間との圧倒的な力の差って奴を……教えてやらねぇとな」
一方で魔王リュカオーンは、一度無詠唱で発動させた雷魔法「雷撃」を手に溜めた状態で。
本来ならば、もっと強力な攻撃魔法で発動させ、その魔力と威力を身体に纏う「雷獣戦態」を数段弱体化させて、その雷撃を両手両脚へと纏っていき。
先程まで立っていた場所の足元の石畳が爆発したように砕け散り。
確かに速度こそ目に追えない速さだが……一直線に、それも真正面から「竜王」へと突進していく魔王リュカオーン。
「馬鹿めが……竜の怒りを、閃光の吐息を喰らって────死ねえええ!」
先程、豚鬼の集団を一瞬で消し去った、大男の口から吐き出された、魔法ではないが凄まじい衝撃と閃光。
その正体とは「竜王」の名と一緒に大男が授けられた祝福の一つ。
竜属が使用する、竜の吐息そのものであった。
大きく開かれた竜王ベオーグの口から放たれた膨大な量の閃光は石畳を削り取りながら一直線に、真っ向から突撃してきた魔王の姿をしっかりと捉えていた。
魔王が接敵するその速度から、回避はほぼ不可能。
直撃した、と……この場に居合わせた誰もが、そう思った。
「……ま、魔王様あああっっ!」
迫り来る閃光に、防御も回避も間に合わず、なす術無く飲まれていく魔王。
その状況を黙って見ていた、魔法部隊長の魔族や女魔族は思わず魔王の名を叫んでいたのだから。
「……ふぅ、魔王と仰々しく名乗ってはいたが。竜の怒りの前には魔王など敵ではなかった、というわけか」
吐息を放ち終え、地面が一直線に抉り取られ、正面の石壁に大穴がぽっかりと開けたその威力を満足気に眺めながら。
「──終わってねぇよ、竜属の紛い物ごときが」
だが、突然背後から声が聞こえてくる。
それは、先程まで言葉を交わしていた魔王の声。
「……何だと?……あの状況で我の吐息を躱し切れる筈が──ぬ!……ぐおおおおおお⁉︎」
完全に吐息で捉え、倒したと思い油断していた竜王の背中へと、鱗を貫通し突き立てられるのは、魔王リュカオーンの鋭い爪撃。
しかもただの爪撃ではない、爪に纏わせた雷撃を同時に解放し流し込んでいくその一撃は、アズリアも一度ならず喰らったことのある技だった。
────その名を、雷針。
「どうだ、ついでに俺様の魔力……存分に味わっていってくれよ────なあああああっ!」
竜王ベオーグの背中の鱗を貫いた魔王の爪から、身体の自由を奪う「雷撃」という名の猛毒を体内へと流し込まれ。
苦悶の表情、そして呻き声を喚く竜王。
「閃光の吐息」
吐息による攻撃の中でも、特に稀有な光属性の光輝く高熱を含んだ衝撃波を放つ。
属性を有しているとはいえ、吐息とは純粋な魔力ではなくあくまで「現象」を塊として放っているので、魔術師の持つ魔力感知や、魔力障壁の対象とはならない、実に魔術師泣かせな攻撃方法である。
吐息を使う代表的な魔物といえば、竜属が挙げられるが、他にも焔の猟犬や飛竜なども吐息を攻撃手段に持つ。




