53話 裏切り者、正体を現わす
今回は〇〇〇〇〇視点での話です。
────コーデリア城。
現在、ここ魔王領側の本拠地であるこの城郭に残存している戦力は。
中核である「四天魔王」が一人、西の魔王リュカオーンを筆頭に、僅かばかりの周囲の高位魔族のみである。
四天将でも、魔族に与する兵隊らを指揮する役割である「剛嵐」。
そして、戦力としてだけではなくその優れた感覚で、何かと私の情報収集の邪魔になりそうな四天将の一人「鉄拳」も、帝国軍が魔王領内の集落への襲撃に備えて、二人とも出撃している最中だ。
かなりの戦力が出払っていて、城郭の守備はかなり薄くなっていると言える。
これは、好機だ。
いつ決起しようか、と考えていると。
私の頭に聴こえてきたのは、魔王様に替わる私の新しい御主人様の神託であった。
「────そちらの首尾はどうかしら?」
「あー……はいはい、こっちは魔王城っスが。前線で必死に戦ってくれてる人間の兵隊さんたちのお陰で、太っ腹に四天将を二人も投入してガラガラっス」
……私の名前はレオニール。
元四天将はコピオス様に支える、猫人族と魔族の半血だったのですが。
コピオス様が海を渡り、人間の住まう大陸へと勇猛果敢に、そして大々的な侵攻を実行したのですが。
……その結果は、散々たるモノでした。
コピオス様が率いていた、三万もの魔族や兵隊、魔獣らは大陸の人間らによって壊滅の憂いに遭い、一人、一体たりとも帰還することはありませんでした。
そもそも、何故コピオス様はすぐ足元にある人間らの国である神聖グランネリア帝国を攻め落とさずに、わざわざ海を渡り、大陸の国に手を出したのか。
その理由は、我々魔族と獣人族がラグシア大陸からこのコーデリア島に隔離、追放されたその経緯にあった。
このコーデリア島は、海の底が盛り上がって出来た島であり、強く海水の塩を多く含んでいる土壌では植物の生育が悪く。
自生する植物こそあれど、追放され集められた魔族や獣人族が生活を続けるだけの食用に適した植物があまりにも少なく。農業にも不向きと来たら。
魔王領が慢性的な食糧不足に苦しんでいたのは言うに及ばすだろう。
要はコピオス様は、人間が住まう豊かな恩恵のある土地を得るために、無謀とも思える海を渡っての大陸への、人間への大侵攻に踏み切ったのだ。
ここで一度、私レオニールに視点を戻す。
私はコピオス様の副官として、何としてでもこの大侵攻を成功させたかったし、そのためならばいくらでも泥を被る覚悟でいた。
海を渡る大侵攻には様々な大きな障害があった。
三万もの魔族が海を越える手段。
海の向こう側にある人間たちの国が有する戦力。
課題は山積み。解決策など出る筈もなかった。
だから私は、大陸へと攻め込む助言とその知恵を帝国へと求めたのだ。
最初は、当然ながら話を聞いて貰うことすら出来ずに追い払われた。今まで互いに憎き敵として戦場で血を流してきた相手だ。そのような反応をされるのは理解していた。
だが、私は諦めることなど出来なかったのだ。
我々魔族だけならば、海を飛んで渡ることなど容易いだろうが、下位の魔族、食人鬼や小鬼ら、飛ぶことの出来ない魔獣など大多数はそうもいかない。
舟、と言っても我々が製作することが出来るのは精々が木を切り倒し、その幹をくり抜いて作る一人二人が乗る程度の小さなものが限度なのだ。
だから私は、帝国の人間にこう説いたのだ。
コピオス様の大侵攻が見事に成功し、我らが大陸に移住することが叶うのなら、この島の利権は好きにしろ、と。
帝国の巫女ネレイアは、私の提案を受け入れて風を受けて海を進む、大きな建物のような木製の船の製作法と、実際の大型船を数隻、快く提供してくれたのだった。
ただし、交換条件として。
私はこの大侵攻には参戦出来なかった。
帝国、いや巫女ネレイアとしては自分らと通じた私を、いずれ島を明け渡すその時のために間近に残しておきたかったのだろう。
……だが、大侵攻は失敗した。
コピオス様は、帰還することはなかった。
そして私は、もうコピオス様が二度と帰還する事のないここ魔王領で、契約通りこの島全土を帝国へと譲り渡すため、帝国へと情報を売り渡していた。
「────それと巫女サマ」
「何?……何か、計画に支障をきたす不安要素でもあると言うの?」
「……あ。いえ、何でもないっス。それでは計画通りに、ってことっスね」
私の脳裏にふと浮かんだのは。
つい先日、私も初めて知ったのだが。この城郭の地下に眠っていた「大地の宝珠」の存在だった。
しかも、その宝珠が普通に起動し、島全土にその大地の魔力の恩恵を巡らせているそうだ。
上手くいけば、実り僅かなこの不毛の大地が海の向こう、コピオス様が生命を賭けて手に入れようとした大地の恵みを得られるようになるそうだ、この島で。
その事実を巫女ネレイアに暴露してもよかったが、少し考えて……言わずに黙っておくことにした。
そして、頭に聴こえていた神託が消え。
と、同時に誰もいない部屋でボソリと呟いた。
「……皆んな、消えてなくなってしまえばイイのに」
私はコピオス様に、全てを捧げていた。
身体も。
心も。
魂さえも。
だから、コピオス様を見限った魔王や他の四天将への復讐に、私は帝国へと同志を売り渡す。
同様に、私をコピオス様と一緒に死なせてくれなかった巫女への。
これが私の、せめてもの────復讐。




