52話 アズリア、老執事の正体を知る
「「──裏切り者が城の内部にいるう⁉︎」」
アタシが出した結論を聞いたバルムートとユーノの二人は揃って声を上げる。
「しッ!……静かに二人ともッ。どこで聞かれてるか分からないんだからね」
「あ、う……ごめんなさい、お姉ちゃんっ」
「わ、悪いアズリア殿っ……しかし、それは突飛過ぎると言うか……」
先程、治療を終えてアドニス隊が壊滅する一部始終を聞いたアタシが出した結論とは、こうだ。
最初は、魔王領の内部事情を偵察し、部隊の編成やそれを構成する魔族らの詳細な能力などの情報を密かに収集している密偵や、それに準ずる役割の人間が潜入している可能性も、確かに考えたのだが。
……正直言って、アタシら人間がどこまで頑張って気配を消したとしても、だ。
獣人族である魔王様やユーノ、それに……あの爺さんの眼や耳から逃れられるとは到底思えない。
対して、裏切り者が内部に堂々といる可能性だ。
バルムートやユーノ、それに魔王様といい、魔王領の連中は何奴も此奴も、人間であるアタシのことを信用してくれている人の良さなのだ。
……もう少し人を疑う事を覚えてもよいくらいの。
なので、人間が数々の障害を乗り越えて潜入するよりは、同族である魔族や獣人族の裏切り者が情報を帝国へ渡すほうが、難易度が格段に低いと踏んだのだ。
「いや、それにしても……我らの中に帝国と通じている者がいる、というのはさすがに言い過ぎなのではないのか、アズリア殿?……確かにアドニスらが帝国の小賢しい戦法にはまったのは口惜しいが」
バルムートが疑念を抱くのは当然の話だ。誰だって味方に裏切り者がいる、などと言われたらにわかに信じがたいだろう。
それに、あの連中が信奉しているセドリックとかいう存在が、何らかの能力を発揮して、魔族たちの動向を察知したという可能性だってある。
「ああ、だから確証はないよ。確かにアタシは魔王サマの周囲にいる連中のすべてを知ってるワケじゃないからねぇ……」
そうなのだ。
アタシが西の魔王領に召喚されてから、顔を見たことがあるのは魔王様の他はと言えば、女魔族のアステロペとモーゼス爺さんだけなのだから。
四天将ということは四人いるのだろうが、あと二人の事すら知らないのだ。
「それで、二人に頼みがあるんだけど……城に帰還してからでイイから、他の四天将とやらをアタシに紹介して欲しいんだよねぇ」
アタシは帝国の連中に刃を向け、アディーナとかいう暗殺者にも目をつけられている。
何より、まだモーゼス爺さんの鍛錬を中途半端に放り出すのも気が引けるというものだ。
今さら全部見なかったことにして、海を渡り一人ラグシア大陸へ戻る、という選択肢はない。
「え……あ、お、お姉ちゃん?」
「い、いや、ああ……それは構わんが……なあ?」
密かにそんな決断を下したアタシの頼み事を聞いたバルムートとユーノの二人が、何故か不思議そうな表情を浮かべ、互いに顔を見合わせていた。
「あのさ、お姉ちゃんって……城に来てからずっと、お爺ちゃんにいっぱい、いっぱい教わってる……よね」
「お爺ちゃん……ああ、モーゼスの爺さんに何だか目をつけられちまったみたいでね。毎日のように厳しい稽古をつけてもらってるさ」
突然、ユーノが聞いてきたのは。もはやアタシの日課となってしまっているモーゼス爺との剣の鍛錬の話題だった。
聞かれた以上は返答していくが、何故今モーゼス爺さんの話が出てくるのか、今度はアタシが不思議に思っていると。
「アズリア殿はもしや知らんのか……四天将、最強の座に就く『剣鬼』とは、貴殿が言うモーゼスその人なのだぞ」
「は?…………はあああぁぁぁぁッ⁉︎」
驚きのあまりアタシは取り乱し、二人に「静かにしろ」と言っておきながら、大声を挙げてしまう。
「う、嘘だろ?……い、いや確かに、そう言われてしまえば色々納得出来るんだが……」
「あの老人のことだ、きっと貴殿を驚かせようと思っていたのだろう。しかし……知らぬとはいえ、確かにアズリア殿のあれ程の腕前を見れば、あの老人が動かぬわけがない、か。はっは」
まさか、あの老執事が四天将だったとは。
だが、それならばあの地下に配置されていた「大地の宝珠」のあった部屋に、魔王様と一緒に登場したのか、ずっと疑問だったその解答がようやく出た気がする。
と、そうなると。
アタシがまだ知らない四天将は、あと一人。
それを紹介して貰えるとなれば、億劫だと感じていた魔王城への帰還も、少しは楽しみに感じるというものだ。
……あれ?
色々とありすぎて、何故アタシが城を出てきたのか、すっかり忘れてしまったが。
重要なことならば城に到着すれば思い出すだろう。




