33話 アズリア、子供らと東の森へ向かう
会話に突然割り込んできたアタシに、当然ながら老齢の組合の職員とカイトら四人の視線が集まる。
「し、試験の時のお姉さんっ?」
「あ、あんた……確か、アズリアだったかいっ」
職員の女性が、いきなり登場したアタシの顔とカイトら目当ての依頼書とを交互を見やると。
「い、いや……四等冒険者のあんたなら、問題なくこの依頼を任せられるけどさ……」
「なら、決まりってコトだねぇ」
職員に「問題ない」と許可を貰ったのだ。
アタシは早速、壁に貼ってあった甘露草を東の森から採取する依頼書を剥がして、懐にしまい込むと。
依頼を横から取られて呆然と立ち尽くしていたカイトら四人組へ声を掛ける。
「何してんだい、さっさとついて来なよッ……甘露草が欲しいのは、そっちの
女の子なんだろ?」
「「……え?」」
アタシの呼び掛けに疑問符を口にしたのは、招いたカイトらだけではなく。組合の職員も、であった。
「ちょ、ちょっと待てあんたっ?……ま、まさか、このひよっ子どもを森に連れて行く、つもりかいっ?」
「アタシとあの四人組が森で甘露草を採取する……それに、何か問題でもあるのかい?」
もし、王都の冒険者組合の掟で「四等以下の冒険者は森に入れない」とされているのなら諦めもつくが。
こういう場合は大概、一人でも条件を満たしているなら格下の冒険者の同行を許可してある事がほとんどだ。
というのも、冒険者には普段の雑用や荷物持ちなどをこなす役割の人間と行動を共にしている者も少なからずいる。そういった役割の人間の同行を認めるために、多少は掟を甘くしておく必要があるのだが。
アタシは今回、その掟の甘さに賭けてみた。
……結果はというと。
「い、いや……別に組合としちゃ問題はない、何の問題も……ないよ」
「と、いうコトだ。もちろんアンタらがアタシに頼らず、四等冒険者に格上げされるのを頑張るってのなら……まあ、無理強いはしないけどさ」
アタシは振り返ると、職員とのやり取りをまだ呆然と見ていたカイトら四人に向けて右手を伸ばしてみせる。
勧誘は一度きり。ここで四人に拒絶されたなら、それ以上に彼ら彼女らに世話を焼くことはしないつもりだったが。
「お……お願い、しますっ……お母さんを、お母さんを、どうしても助けたいんですっ……」
どうしたらよいのか困惑するカイトよりも先に、立ち上がってアタシの手を掴んできたのは魔術師の少女ネリだった。
先程まで泣いていたからなのか、まだ震えるネリの手を握り返し。彼女の頭をポンポンと軽く撫でてやる。
「ふぅ……やっぱ子供にゃ甘いねぇ、アタシ」
どうしてもアタシは、子供が泣いたり悲しんだりするのが我慢出来なかったりする性格らしい。
というのも、自分が右眼に宿した魔術文字のせいで周囲の大人以上の怪力を持っていたことと。故郷では滅多にない濃い褐色の肌であったことから、アタシは子供の頃から実の母親をはじめ、周囲の人間から冷たく扱われてきた……という過去があり。
だからこそ、泣いている子供にあの頃の自分の心情を重ねて見てしまう部分があるのかもしれない。
「……で。どうするね、そちらの三人はさ?」
少女ネリは同行する意志をしっかりとアタシに伝えたが、まだカイト以下三人の子供らが着いて来るとは彼ら彼女らの口から聞いてはいない。
アタシの再度の呼び掛けに、隊長格のカイトはその他二人、リアナとクレストと顔を見合わせ。何かに納得したかのように三人で頷いて見せると。
「お願いしますっ、オレたちを……東の森に連れて行って下さいっ!」
「「お……お願いしますっ!」」
まずはカイトが頭を下げ、その後残りの二人もカイトに続けて深々と頭を下げて森へ一緒に行くことを了承してくれる。
朝早いが、組合にはアタシらや数名の職員の他に数組の冒険者らもいて、今までのやり取りは全部聞いていた筈だ。
アタシはそんな三人に笑顔を浮かべながら側に来るよう手招きをすると。
招かれるままに寄ってきた三人をまとめて抱き締めていくと、組合にいた全員に向けて高らかに宣言した。
「と、いうワケだ。アタシとこの子らはこれから甘露草の採取に東の森に行ってくる……イイねッ?」
「あ、ああ。ま……任せたよ、アズリアっ」
アタシと子供らの振る舞いに呆気に取られながらも、首を縦に振るう組合の職員である老齢の女性を一瞥しながら。
アタシは、少女ネリを加えた四人の背中を押すように冒険者組合の建物を後にした。
「さてと、それじゃ……東の森に行くんだから、当然東門に向かわなきゃ、だねぇ」
大陸最大の城塞都市としても有名なここ、王都シルファレリアは。大型の馬車が出入りする正門の他にも、小型の馬車や人や馬が通る東西南北四つの門が都市を取り囲む城壁に配置されている。
当然ながら東の森に一番近いのは、東門だ。
アタシとカイトら四人組は東門に向けて、街の大通りを歩いていたのだったが。
その道中で、アタシはチラッとカイトらが装備している武器や防具などを確認していく。
まずは勝ち気そうな少女のリノアだが。革製の胸甲鎧と小剣という威力より手数で勝負という装備。
あの試験官の攻撃を素早く回避していた彼女には向いていると言える。
そして長身で、何処となく呆けている雰囲気のする少年のクレスト。彼は四人組の中の斥候役ということで、リノアと同じく革鎧を纏い。背中には簡素な木製の弓矢を用意していた。
風属性の魔法を使う魔術師の少女ネリは、先端に魔力を増幅する効果のある宝石を嵌めた魔法の杖を握っている。この四人の装備の中では、彼女の杖が一番高額だったろう。
このことからも、彼女がこの集団で愛されてる存在なのが垣間見える。
さて、隊長格のカイトだが。
試験官との模擬戦でアタシが助言したことを覚えていたのか、背中に背負っていたのは大きめの盾だった。
三人の防具が軽装なのが気になったが、試験の時の助言でカイトが防御役になるつもりなのだろうか。
このくらいの年頃なら、誰よりも前に出て戦いたい血気盛んな性格だとしてもおかしくないというのに。
「……うんうん。お姉さんの言うコト、きっちり覚えててくれたんだねぇ」
隊長格の少年の心意気にすっかり感心したアタシは腕を組みながら。組合での認定試験の時に彼らに口添えをした行動は決して間違ってなかったと、心の中で密かに自分の選択を褒めていたりするのだった。




