46話 アズリア、追従する気配に気付く
少し考え事に浸りながら、木を切り倒し蹄や足で踏み固められてはいるが、石畳などで整備されていない道を南東に向かって駆けていると。
ふと、アタシに接近してくる気配に気付く。
「……やっぱりいるね。背後から一体、それに、横から一体ってところかねぇ」
背後から迫ってくるのは蹄の音。
そして、横に並ぶ木々に隠れるようにアタシへと迫る気配を感じ取っていた。
アタシは別に他者の気配を敏感に感知出来るような特技はない、なのに気配を感じ取れたということは……後ろから迫る二人は明らかに気配を隠す気がない、という事だ。
「さて、どうしたモンかねぇ」
一度立ち止まって、迫る気配の正体を判別するという手もあるが。
もし追っ手が帝国の連中だった場合、30以上の弓兵隊で倒せなかったアタシをたった二騎で追撃してくるなら。それは先程のアディーナ級の相手である可能性が高い。
そんな相手と交戦していては、村の救援に間に合わなくなるだろう。
だが一方で、そんな連中を引き連れて救援に到着しても、村での戦況を余計に悪化させないだろうか?……という可能性も否定出来ない。
立ち止まるか、無視するか。二つの相反する案がアタシの頭の中でせめぎ合っていたのだが。
────うじうじと悩んでても結果は出ない。
アタシは背後に反転し、踵を地面にめり込ませながら加速の乗った身体を停止させて。
背中に背負っていた大剣を握り、身構えながら。
「追いかけっこは好きじゃないんでねえ!姿を見せなよッ!追ってきてるのは分かってんだッ!」
背後から迫ってくる気配に向けて大声を張り上げた。
すると、蹄を鳴らしながらこちらへと駆けてくる軍馬に騎乗していた相手の姿を、ようやく目視することが出来たのだが。
その相手というのは……バルムートだったのだ。
「おお、立ち止まって待ってくれたのか、いや……貴殿は凄いな。俺の馬は、この身体を乗せるに見合うだけの強靭な身体と速度を誇っていたのだが。アズリア殿の脚に敵わんとはな、がっはっはっ!」
……いや、ちょっと待て。
バルムートは先程、難民の護衛についた部隊の指揮のために一緒に城へと帰還したのではなかったのか、というアタシの疑問は。
「いや、やはり貴殿を単騎で帝国兵にぶつけるなど、俺は承伏しかねてな、指揮は部下に任せておいた。それに……これは俺個人の好奇心とでも言おうか、貴殿の戦いぶりを是非この目で見ておきたくてな、がっはっはっ!」
といって、豪快に笑い飛ばされてしまった。
……まあ、確かにそんな領の内側にまで、帝国の兵士が入り込んでいる可能性は低いだろうが。
それに指揮を任せてきたのは、同じ四天将のユーノだろう。
バルムートと同じく彼女とも、つい先程会話を交わしただけの相手だが。口調こそ幼いものの、妙に鋭い部分や敢えて空気を読まない部分があったり、意外に頼りになる存在なのかもしれない。
だが、ここで先程のバルムートの言葉に違和感を覚えたのだ。
さっき彼は指揮を任せたのを「部下」と言っていた。もしユーノに任せたのなら、彼女を部下呼ばわりするだろうか?
いや、部下のために涙を流せるバルムートの気性や性格から、同じ四天将という立場のユーノを部下とは呼ばないだろう。
アタシは悪い予感がした。
何故なら、背後からの蹄の音の正体がバルムートなのは判明したが。横からアタシをピタリと追走していた気配の正体は、まだ分からず終いなのだ。
そして、その正体が予想通りだとしたら──
「アズリアお姉ちゃああああんっっ!」
茂みから突然飛び出してきて、アタシに両手を広げて抱きついてきたのは、まさに今その気配の正体だと予想していた、ユーノだったのだ。
「えへへっ、お姉ちゃんについてきちゃったあ!」
「ちょ、ちょっとユーノッ……そ、そんなに顔すりつけてくんなよッ!」
真正面から抱きついてきたユーノは、そのまま自分の頬をアタシの頬へとピタリと着けると、そのまま上下に頬を動かし、うっとりとした表情を浮かべていた。
どうも、短いやり取りの間に理由はわからないが彼女に懐かれてしまったようだ。
「それで……着いてきた、ってのはどういうワケだいユーノっ。アンタも四天将だったら──」
「うんっ。だからバルちゃんといっしょにお姉ちゃんをてつだって、ていこくのニンゲンたちをおっぱらつまてやるってきめたんだっ!」
その話を聞いて、アタシはバルムートへと視線を向けると、そのまま彼を睨みつける。
ユーノの話が本当なら、バルムートは自分が指揮を放棄しただけではなく、ユーノを止めるどころか彼女がアタシを追いかけるよう扇動した疑いがあるからだ。
そんなアタシの視線を、顔を逸らして躱すバルムート。その顔には明らかに「ユーノを煽りました」という表情が浮かんでいた。
どうやら四天将という立場の割に、この二人は良く言えば立場に囚われない自由奔放さを持ち合わせていると言えるが。
……本音で言えば、考えが子供並みなのだ。
四天将ということは、あと二人いるのだろうが。バルムートとユーノ、この奔放な二人と同僚となるあと二人のまだ見ぬ四天将に同情を禁じ得ない。
さて、アタシを追走していた気配が懸念していた帝国の増援や伏兵でなかったことには一安心なのだが。
問題は、この二人をそのまま連れて行くかだ。
「とはいえ……ここで『帰れ』なんて言おうものならユーノは間違いなく泣きそうだねぇ……それにバルムートは梃子でも戻りそうにないし」
選択肢は、一つしか残されてなかった。
アタシは頭を掻いて溜め息を一つ吐き出すと、やる気に満ち溢れている二人を真っ直ぐ見て、声を掛けていく。
「はぁ……ついてきちまった以上は仕方ないか。よし、バルムートっ!……それにユーノっ!」
「────応っ!」
「なになにナニっ、アズリアお姉ちゃんっ?」
戦斧を嬉しそうに素振りしているバルムート程ではないが。
アタシも巨躯の魔族や獅子人の少女が、どういった戦い方をして、どの程度の強さなのか、アタシだって興味を持たないわけではない。
「……一緒に帝国の連中を討ち倒して、村人たちを助けてやらないとねッ」
そのアタシの言葉に含まれていた「一緒に」という単語から、同行を認めてもらえたと認識したユーノは満面の笑顔を浮かべて。
「うんっ、まかせてっ!……ボクの力、お姉ちゃんにみてもらうんだからっ!」
「コピオスを倒し、魔王と互角に張り合ったという貴殿の力も見せてもらうぞ、がっはっは!」
「それじゃ────────行くよッッ!」
アタシとユーノは地面を蹴り。
バルムートは自分の軍馬に騎乗し、馬の腹を軽く蹴って高らかに一鳴き嗎くと。
再びアタシ達三人は、南東にある帝国軍に襲撃されている集落へと向かうのだった。




