42話 アズリア、剛嵐と鉄拳と語る
……にしても。
「四天将」という立場が、魔王陣営の一体どの程度の地位なのか、アタシが考え込んでる様子を見かねたのか。
横からオルニスが、小声で話しかけてくれた。
「……バルムート様もユーノ様も、魔王様の配下で特に能力に優れた四名に与えられる『四天将』という称号を持った方々でございます」
「……つまりはあの二人は、相当上の立場だと」
オルニスは、アタシの言葉に軽く頷く。
もう一度アタシは、巨躯の魔族とその肩に乗る小柄な獣人族の少女に視線を向ける。
すると、顎に手を当てながら先にアタシを観察していたバルムートと目が合ってしまい、何か思うところがあったのか口を開く巨躯の魔族。
「アズリアといったな。貴殿は大陸から来た、と言っていたが……ならば貴殿は、コピオスという名前の魔族に覚えがないであろうか?」
早速、この質問が飛んでくるとは思わなかった。
正直言って、この問いにどう答えるべきなのか……今でもアタシは迷っているのだ。
というのも、単純に考えると馬鹿正直に「アタシが倒しました」と回答すれば、仲間を殺した仇敵と認識されてしまうかもしれない。
一方で、アタシが魔王様に初めて遭遇した時に、彼がわざわざ大陸まで足を運んでいたのは「先走った連中の始末をつけるため」だと記憶している。
となれば、魔族陣営も一枚岩で意思が統一されていたわけではなく、寧ろ魔王領に残った側はコピオスに反感を持っている可能性もある。
それならば素直に事実を喋ってしまったほうが、アタシも隠し事をせず楽に過ごせるというものだ。
────アタシは決断を迫られ。
「ああ、アタシがいた砂漠の国を大群を率いて襲ってきた魔族だね、もちろん覚えてるさ。何しろその魔族を討ち取ったのは……アタシなんだからね」
そして、バルムートに事実をありのままに告げていくことを選んだ。
「そうか……貴殿がコピオスを」
アタシの告白を聞いたバルムートは当然ながらその事実に驚いた表情を浮かべ、眉間に皺を寄せて腕を組み、考え込む様子を見せ。
難しい顔をしたまま、歩を進めてアタシとの距離を詰めてくる。
もちろんここから目の前の魔族が激昂し、先程までアタシに突き付けていた戦斧で襲い掛かってくるかもしれない。
そうなればアタシは今この場で、巨躯の魔族と獣人の少女の四天将二人を同時に戦う羽目になるだろう。
……あの爺さんが両手足に装着したとんでもない重量の手枷足枷を付けたままで。
そんな、最悪の予想を裏切って。
巨躯の魔族はアタシの前で足を止めると、背筋を正して大きく頭を下げていく。
「ひやわああああっ⁉︎」
肩口に乗っかったままのユーノが、自分の足場が急に傾いたことに驚きの声を上げ、地面に転がり落ちる。
「い……いたたたぁ、もうバルちゃんっ!あたまうごかすならボクにちゃんといってよねっ」
地面に打ち付けた腰をさすりながらバルムートへ文句を言っているが。
頭を下げたままの魔族は、その批難の言葉に耳を貸すことなくアタシへと言葉を投げる。
「まず、貴殿にはあの者、コピオスらが貴殿ら人間に迷惑を掛けた謝罪を言わせて貰いたい。誠にすまなかった。そして……」
……どうやら最悪の事態にはならずに済みそうだ。
アタシは身構えた姿勢を緩めて、続くバルムートの言葉に耳を傾ける。
だが、まさかあの魔族大侵攻の謝罪をアタシにされても、困るというのが本音なのだが。
「元、四天将にして我が友だったコピオスの暴走を止めてくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう……俺では奴を止められなんだ」
頭を上げたバルムートの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。きっとこの魔族とコピオスは言葉の通り、友情があったのだろう。
だがバルムートは魔王領に残り、コピオスは決起し大陸へと侵攻してきた。その間、この二人には様々な葛藤なんかがあったのだろう。
その涙は、今までの記憶が凝縮したモノなのだ。
────大陸において。
しばし魔族はその優れた身体能力や魔力などから、人間を見下し、人間らが決めた規範から外れた行動が目立つために、問答無用で有害な種族だと扱われているが。
このように、魔族にも友情や愛情はあるのだ。
アタシは、この魔王領に来て一番の収穫はまさにそれを体感出来たことなんじゃないかと思っていたりする。
「にひひっ、そりゃそうだよバルちゃん。このお姉ちゃんはホンキの魔王サマとひきわけちゃうくらいのつよさなんだからっ」
「……おいユーノ、何を馬鹿な。いくら今の魔王が腑抜けていてもそのような冗談は──」
突然、横からユーノが発した言葉に。
アタシと巨躯の魔族の双方が驚いた顔を見せる。もちろん驚きの内容が二人とも違うのだが。
バルムートはすぐさま、ユーノの言葉の内容を否定しにかかる。
「う、うそなんかじゃないもん!だって、みてたんだからボク。魔王サマとアズリアお姉ちゃんがバチバチたたかってるの────だよねっ?」
バルムートに否定されて感情的になるユーノ。
その彼女は、困ったような表情でアタシへと視線を送り、自分の言葉を証明して欲しいんだと、潤んだ目で訴え掛けてくる。
「…………お姉ちゃん」
「……う、ぐ」
「……………………アズリアお姉ちゃん」
過剰な反応をされるから、あまり触れたくなかった話題を……巨躯の魔族といい獣人の少女といい、何でこうも簡単に触れてくるのか、偶然とはいえ少しうんざりとしながらも。
「……ああ、わかったわかった。正直に話すよッ」
アタシはコピオスの事を話す覚悟を決めたついでに、ユーノから暴露されてしまったその話題についても、肯定することに決めた。
「確かに……アタシは魔王様にコピオスを倒した腕を見込まれて、ここ魔王領まで連れて来られて腕試しをした……その結果は、今ユーノが言った通りさ」
それを聞いたバルムートとユーノは、一度アタシに背を向け、二人で顔を見合わせながら、多分アタシには聞こえないように、小声で話しているつもりなのだろう。
「……腕試し、なるほど……だがユーノは今、魔王が本気で戦っていたと言っていたが?」
「……だって魔王サマ、『雷獣戦態』どころか『三重閃影』までつかっちゃってたもん……あれぜったいホンキだったよ」
「何と!……いや、それは間違いなく魔王の本気だな……それで互角に競り合ったと言うのか、むうぅ……先程の握手で只者でないと思っていたが、アズリア、そこまで凄腕の剣士だったとはな」
「ボクもおどろいたよお……バルちゃんとちからくらべしてあっさりかっちゃうにんげんなんてはじめてみたかも」
一字一句しっかりと聞こえてしまってはいるのだが。
……その事は二人には黙っておこう。




