39話 アズリア、弱き者たちの晩餐
アタシは、敵意がないことを示すために何も持ってない両手を開き。
目の前で焼けた肉をお預けされている苛立ちを隠すように、精一杯の笑顔を作ってみせた……のだが。
「………………え」
一瞬、何が起きたのか分かってないような、キョトンとした表情から固まったまま動かなかったが。それが動き出すと、結局はまた怯えたり構えたりと、堂々巡りを繰り返す。
いや、もしかしたら態度が悪化したかもしれない。
緊張感で張り詰めた空気の中。
突然、この場に鳴り渡るのは空腹を告げる腹の音。
……最初はアタシの腹かと思ったが、先程赤葡萄酒に赤葡萄酒煮を二杯ほど平らげて、腹具合は落ち着いていた筈だ。
どうやら腹の音を鳴らしたのは、アタシではなく子供らだったようだ。
「何だ、腹減ってるのかい?」
そうアタシが尋ねると、一瞬答えるのを躊躇ってはいたが、恐る恐る首を一度だけコクンと縦に頷いていく。
そういえばこの子供らは最初、アタシなど目にも入れずに煮込みの入った鍋に駆け寄っていた。今思えば、空腹から煮込みや肉の焼けた匂いに釣られて、子供らは此処まで来たのだろう。
……楽しみにしていたが仕方ない。
アタシにはまた次も、そのまた次の機会もある。
女性や老人らが緊張しながら遠巻きに、アタシが熾火に晒しておいた革で包んだ肉を取り出すのを見ていたが。
そのアタシは、包んだ革の外套を開いていき中身の肉の塊の火の通り具合を、短剣で少し表面を削っていき、断面を見て確かめると。
「ほら、焼けた肉食べさせてやるからこっち来なよ」
その肉を切り分けていき、空腹で腹を鳴らした子供らに差し伸べていく。
アタシはどうも、自分が幼少期に親からも見放され、食うのにも一苦労し常にお腹を空かせ、飢えていたという過去の実体験から。
どうにも「子供が飢えている」のを目の当たりにすると、何とかしたくなってしまうのだ。
……それで路銀を全額失う事もしばしあったが。
「……え、い、いいの?……で、でもお姉ちゃん人間で、お、オレ……魔族」
「知るか。魔族だって人間だって腹は減るだろ?……それとも肉、食いたいの食いたくないのかどっちなんだい?」
「……ま、待てっ、そう言ってその食糧には毒が入っていたりするのだろう?」
少しばかりの葛藤。
揺れる子供を制するように一人の老人が焼けた肉を指差して、毒が盛られているのではないかという疑念を口にする。
だが腹の鳴る音に続き、焼けた肉を目の当たりにして、今度は唾を飲み込み喉を鳴らす音。
「食べる……食べるっっっ!」
「お、オレも食べるっ!」「あたしもあたしもっ!」
一人が食欲に負け、食べる事を受け入れるや否や、他の子供らも一人残らず一斉に、アタシと肉の周りに集まってくる。
アタシはそんな子供らへ、肋骨肉を食べやすい形に切り分け、配っていった。何故、肋骨肉にしたのかというと。骨ごと切り分けていくと、ちょうど肋骨の骨の部分が手で持つには都合の良い形状をしているからだ。
それによく育った猪豚一頭分の肉だ。子供ら相手にいくら切り分けても、無くなるのを心配するような量ではない。
早速、切り分けられた骨付きの肋骨肉に目を輝かせながら、勢いよく喰らいつく子供ら。
「ふおおおおお!……う、美味ええっっ!」
「何コレ何これえ!こんなの食べたことない……」
一口、二口食べた子供らが素直に、アタシが丹念に調理した肉を「美味い」と、何度も絶賛してくれているのを見て。
何となく胸の奥がじんわり暖かくなった。
そんな子供らが美味しそうに肉を頬張る姿を見ていた女性や老人らが、先程まで警戒し近寄ってすらこなかったアタシに歩み寄り、声を掛けてきたのだ。
「……子供たちに食べ物を施してくれたこと、礼を言わせてくれ……ありがとう」
「なら感謝ついでに聞かせてくれないかい。アンタらに帝国の連中が何をしたのかを、さ」
「ん?……どうやらあなたは見たところ、人間のようだが。その口振りでは帝国の者ではないのか?」
アタシはその台詞に頭をぽりぽりと掻きながら。
この島にいる限りは、初対面の時に必ずアタシがここ魔王領に来てしまった理由を説明しないと色々と誤解は解けないのだろうな、と半分諦め。
魔王様に召喚されたこと、そして今は魔王城でモーゼス爺さんに連日厳しい訓練を受けて過ごしていることを話していく。
花嫁候補だったことや、城の地下で大地の宝珠を発見したことなんかはアタシの事情を説明するにあたり、色々と誤解を深めそうなので黙っておくことにした。
「……なんと。それではあなたは人間ながら、魔王様の味方として動いている、そういうことですな?」
「うーん……味方ってのはちょっと違うけど。少なくともアタシはアンタらに敵対する意思はないよ」
そのアタシの言葉を聞いた老人や女性らは、互いに顔を見合わせて何かを決意したように頷くと。
全員がその場にいきなり膝を地面に突いて、頭を低く伏せていき。
「お願いでございます……子供らに食事を分けていただきながら厚かましいのは承知の上ですが。我らにもあなたが用意している食事を分けてはいただけないでしょうか」
その申し出は当然ながらアタシも想定していた。
普通、食事を満足に取れない事態でも大人や老人は優先的に子供に僅かな食糧を分け与える筈だ。その子供があれだけ飢えていたのだ、大人の空腹度はその比ではあるまい。
「住んでいた住居を帝国の兵士どもに焼かれ、男らは我らを逃すために犠牲となり……帝国から隠れながら助けを求めるために魔王城へと向かい、もう丸二日は何も口にしておらず……」
それを聞いて、思い当たるのは先に交戦し追い払った帝国の連中と、アディーナという白の修道女だ。
あの連中はもしかしたらこの地域一帯の集落を襲撃して回っていたのかもしれない。それならば、こちらの話も聞かずに襲い掛かってきたのも納得がいく。
幸いにも熾火の中には、まだ手付かずの肩肉と尻肉の塊があるし、鍋には赤葡萄酒煮も充分な量が残っている。
もちろん、ここにいる全員が腹を満たすまで食べればアタシの口にする分は残らないだろうが。
「頭を上げなよ、事情は飲み込めた。だから……アタシがここに用意した料理、全部アンタたちで食べて腹を満たしてくれよ」
「これを、全部?…………よいのですか?」
頭を下げていた獣人族の老人や魔族の女性らに、熾火から二種の肉を取り出して包みを開き、よく焼けた肉の塊を提供していく。
二日も何も食べてない空腹に、これだけ美味そうな香ばしい匂いを漂わせた肉の塊があるのだ。それに、この肉に毒など仕込んでないのは、先に子供らが肉を全力で頬張る姿でわかって貰えた筈だ。
先程まで地面へ膝を突き頭を下げていた女性や老人らは、アタシの呼びかけに応えるよう立ち上がると。
何人かの女性が懐から短剣を取り出し、肉を切り分けるのを手伝ってくれた。
ああ、さようなら……アタシの主菜よ。
「さあ、アタシ渾身の出来だ、思う存分食ってくれッ!」




